リュカの占い〜シオン〜
「シルヴィアさんから、リュカ殿に占ってもらったとお聞きしまして。
いまだに記憶の戻らぬ身ですが、何か占いでその手がかりが見つからないものかと思って参りました。もしよろしければ占っていただけませんか?」
「……いいけど」
シオンがやって来た。
シルヴィアとシオンは2人とも学校で先生をやってるから、そういう話をしたのかも知れない。
学校が休みの日、シルヴィアを連れ回すのが最近の日課になりつつある。島にはいっぱい仕事があるから、連れて行ってシルヴィアにできることさせてあげて、って回る。それが、いつかシルヴィアの助けになるかはまだ分からないけど――やらないよりマシだと思う。
今日は港に船がやってくる日だったから、運ばれてくる荷物の管理の仕事を手伝わせてあげてって頼み込んできた。で、帰ってきたらシオンがすぐにやって来た。
「占いで、手がかりを探したいってことは……んー、過去と今の、占いって感じでいいよね?」
「はい。リュカ殿が最善と思うものでお願いします」
そんなこと言われても困るのに。
この前シルヴィアを占った部屋にシオンを通して、絵札を出した。
それをシャッフルし、今回の占いでは円になるように絵札を並べた。
「じゃあ、ここから最初に1枚選んで」
「はい」
「それはまだ見ないで、脇に出しておいて。
で、もう1枚」
「分かりました」
シオンが選び取った2枚を並べて横並びに置く。
「さらにもう1枚だけ、選んで」
「はい」
最後の1枚は、シオンから見てあらかじめ出しておいた絵札の奥へ配置するように置く。
「シオンから手前側の2枚が、これまでのシオンの生き方」
「この2枚ですね……。では、その上の1枚は?」
「これからどうしたらいいかを占う絵札」
「なるほど。分かりました」
「じゃあ、最初にこの2枚見るよ」
両手で、絵札を表に返した。
出てきたのは軍神と海神。どっちも正位置。
「この札は?」
「こっちが軍神ティール。で、これが海神エナリオス。
軍神は炎と繁栄の神様。海神は混沌と寛容の神様。この占いは、出てきた2柱の神様から、結果を導き出すんだけど……何この組み合わせ……?」
「よろしくないのですか?」
「どっちもすごく強い力を持った神様なんだよ。十二柱神話の神様で、武闘派――っていうのも変だけど、強い神様って言ったら主神の天空神ウォーダンとか、雷神ソア、戦女神ワルキューレ、それにティールとエナリオスって感じなのね? 強い神様って、それだけやることも苛烈で、この占いで、出てこられちゃうと……何か、すごく強い運命だとか、巡り合わせがあったっていうことなんだ。
だけど、普通、出てきても1柱で充分なのに、2柱も出てきたし……神様同士のパワーバランスで、分かるって占いの内容が変わったりとかで変化もするんだけど……んー、軍神と、海神、だから……」
難しい。
そもそも、この占いって、占われる側の人からあれこれ言ってもらって、じゃあこういうのが当てはまるから、今後はこうだよって言うようなものでもある。だけどシオンは昔のこととかをすっかり忘れてる感じだから、そういう進め方もできなくて、うーん……。
シオンがじいっと俺を見てる。
こういうの苦手。神官だから人前で偉いお話とかしなきゃいけないけど、こういう目をされると、何だかむずむずしてきちゃう。
「とにかくハッキリしているのは、シオンは強い運命だとか、想念だとか、そういうものがあったはず」
「強い運命、想念……ですか」
「軍神と海神っていう強い神様が出てきたから……何かの争いごとの中に、いたのかも。
軍神ティールはどっちかって言えば争いごとを肯定するような神様で、欲しいものがあれば戦って勝ち取れっていうスタンスなのね。
海神エナリオスはすごく寛い心の持ち主なんだけど、一度怒るとめちゃくちゃで誰も手がつけられないっていうくらいの災害をもたらしちゃう、多分、トップクラスに強い神様なんだ。ウォーダンとソアとエナリオスの3柱で、1番強いのは誰なんだろうってよく言われるんだけど、そういう、すごく強い神様。同時に混沌の神様でもあって、何かもう……めちゃくちゃなんだよ、エナリオスは」
「めちゃくちゃ、ですか?」
「頭のおかしい人とかをわざと選んで神官にしたり、何をされても全然絶対に怒らないって人を神官にしたり……。風神エルメィスとか、不覊神フリッカっていう、ある意味自由を象徴するような神様とは、何か違った意味で……奔放っていうか、自由っていうか、めちゃくちゃ」
「はあ……」
「だから……シオンは、普通の人には到底理解できないような、何かすごいことに直面してきたとか……それが強い運命とか、気持ちによって巻き込まれてきたとか……そういう、感じだったのかも。
普通に喋れるのに昔の自分の記憶だけすっぽりなくなってるなんて、おかしいことだし……。そういうことだと思う」
「なるほど……。漠然とはしていますが、ただ者ではなかった……という感じでしょうかね?」
「自分で言うの?」
「……すみません、言ってからちょっと恥ずかしさが……」
「別に恥ずかしくはないけど」
「そ、そうですか?」
「うん。じゃ、次の絵札めくるよ」
絵札を手にし、ひっくり返す。
戦女神ワルキューレの正位置。
「ワルキューレかあ……」
「ワルキューレとは?」
「戦女神ワルキューレ。勝利と安寧の神様。とにかく強い人が大好きなんだよ。
ワルキューレは強い人が大好きで、戦争が起きる度にワルキューレはそれを見て、好きな人がいる方を勝利させるとか言われてるの。特に英雄って言われるような人が大好きで、そういう人って少なからず悪いこともすることがあるから、死んじゃった時に無限の責め苦を与えられるのが可哀想だって、ゆりかごを作ったんだ。死んだらそのワルキューレのゆりかごで眠ることになって、生きていたころの苦しみを忘れさせてからまた生まれ変わらせてくれる」
「なるほど……。それで、ここで戦女神の絵札が出てくるのは、どういう意味が?」
「……軍神、海神、戦女神だから、とりあえずシオンは……戦うことばっかりの人生っぽい」
「体が剣を覚えていたのは、その影響かも知れませんね……」
「でもワルキューレは正位置で出てきたから、これはワルキューレに愛してもらえるっていういい結果だよ。でも、ワルキューレが嫌うような弱くて臆病な心を持ったら見放されて、もっと大変なことになっちゃうかも知れないから気をつけた方がいいかも」
でも、これじゃあシオンの記憶の手がかりなんて、あんまり分からない。
何か過激な人生って感じに見えるけど、別にシオンがこれまで戦うことなんてなかったし……。これから待ち受けてたり、過去がそうだったっていうだけなのかな。
シオンは3枚の表向きになった絵札を見ながら難しい顔で考えている。
軍神、海神、戦女神。
強い神様のオンパレード。強烈な運命を持ってるっていうことになる。
「自分は一体、どこから来たのでしょう……?」
「さあ……? 海神が出てるし……海とか?」
「確かに、このベリル島の海岸に流れ着いたようですが……」
「でも戦女神が出てきてるし、大丈夫だよ。ワルキューレに愛されたら勝利することができるんだから」
「そうですか……。分かりました、前向きに考えてみます」
「うん」
占いは終わり。
カードを束ねて、よくシャッフルをしてからテーブルに置き直す。
「ああ、それと……占いをしていただいたお礼に、こちらを」
シオンが無造作にお金を出してきた。エンセーラムのお金。銀貨1枚。
「高いよっ、いらないよ」
「いえ。神官のリュカ殿に今後の指針をいただいのですから、どうぞお納めください」
いらないって言ったのにシオンは強引に俺に握らせ、行ってしまった。
それから数日し、ぽつぽつと色んな人が礼拝堂へ来るようになった。占ってほしい、って人ばかり。その度に、人によって違うけどお金を置いていっちゃって、またお金の収入が増えてしまった。
物を作ったり、売ったりはしないから、こうやってお金をもらえるのは助かるけど――何だかもらいすぎな気がしてくる。
礼拝堂の地下室にお金を持っていって保管しているけど、数えてみたら、金貨換算ですでに20枚近くなっていた。これって、普通に暮らしてたら何年間暮らせちゃうんだろう――?




