じーじのレオンハルトより
拝啓
じーじへ
オルトヴィーン・レヴェルトのところへ旅だってから、半年が経とうとしています。
海ではそろそろ、フタクチザメが獲れるころでじーじの銛がやつらの口のひとつをスコンと貫いて仕留めている姿が目に浮かびます。
じーじのレオンは今、学術都市スタンフィールドの王立騎士魔導学院にいます。
スタンフィールドは岩山と、その一帯に作られた大きな街です。ノーマン・ポートの10倍くらいはありそうな、正しく大都会です。目に見えるのは茶色のものばかりですが、ところどころに植樹された緑が目立ちます。見慣れた海の青や、林の緑はありませんが空の青さと雲の白は変わりありません。寂しくなったら空を見上げれば、その下に俺はいます。張りのない生活になってぽっくり逝かないよう、気をつけてください。
騎士魔導学院でも、俺は超優秀です。
剣を用いた戦闘訓練で俺に敵うものはいません。じーじの銛捌きに比べれば、ハエが止まりそうなもので手応えがなくて相手をしてやるのも一苦労です。
俺が所属しているのは騎士養成科のため、周りは貴族ばかりです。見栄を張ることと、耳障りだけが良い口上を考えることに脳みそを使っているアホどもが大半を占めています。俺はそういうボキャブラリーに乏しいので半笑いで聞き流していますが、つい先日、俺に突っかかってきたから負かしてやった相手を適当にぶっ飛ばして「さんべん回ってワンと言え」と言ったら涙目になっていました。ヘタに考えた口上なんかより、よほど痛烈に胸に刺さったんじゃなかと思うと気分が良いです。
ただ困っていることもあり、それは実技以外の科目です。歴史や地理や法の勉強なら、まだ分かります。
でも、詩をそらんじるとか、食べものについていちいち論評めいた文句をつけるとか、騎士の在り方だとか、そういうのはさっぱり理解できません。超優秀ではありますが、そういうところは手抜きです。やれないのとはやらないのは全然違うとだけ、言い訳はしておきます。その真実はじーじなら分かると思うので詳しく語らないでおきます。
騎士魔導学院での一日は実に堅苦しいものです。
寝泊まりをしている寮は身分の低い貴族の子弟と、元は平民である魔法士が集っているから気楽ですが、学院ではそうもいきません。
学院では暗黙の了解で、12、3歳程度が入学適齢期となっているようで、それくらいの子どもが多いのですが、中には15、6くらいで入学をしてきたりする者もいます。しかも、こいつらは大概、何度か入試に落ちているにも関わらず、年齢が上で、体もデカいというだけで威張り散らすことが多く、見てるとアホらしいです。そのくせ、学年による年功序列がやんわりできあがっているので、年下の先輩に対しては、苦悶の顔で接しなければならないのです。威張り散らしてるから、素直に頭を下げられなくなってるのに気づかず、その先輩が去ってからツバを吐くようなアホどもです。観察してると、地味な楽しみがあります。
逆に俺と同じように、入学適齢期を前にして入るようなやつもちらほらいます。こういうのは大きく2つのパターンに別れています。
一方は、己は優秀であると胸を張ってはばかる鼻高野郎。
もう一方は、健気に年上のクラスメートを尊敬し、努力をする良い子です。こっちの方が優秀なこともあります。
ちなみに俺は超優秀だけど、突っかかってくるアホ以外には普通に接しています。増長するバカどもの見苦しさは周りに溢れ返っているから、仲間にならないように謙虚にしています。偉いだろう?
授業は先にも書きましたが、歴史・地理・法をメインに、あとは教養みたいなのばかりです。
実技を伴う授業の方が俺の性には合っています。剣術の実技で、俺は間違いなく学年では1番でしょう。本当は銛を使った方が実力が出せるけど。あ、そうだ。剣だけでなく、槍を扱う授業もあります。銛と似たようなものなので、本当にこっちの方がぶっちぎりです。
他に実技は乗馬だとか、武具の手入れ、剣なしでの格闘もあるし、捕縛術とかいう武器を持った相手を無力化するようなものもします。ただ、この武具の手入れという名の授業は、体よく学院の備品の武具を整備させられているような気がしています。1年坊主しかやらされないようだし。
あと忘れてならないのは、魔法の授業。
オルトヴィーンのところへ行った時に発覚したのですが、俺は魔力欠乏症というものだそうです。じーじも言ってた、魔力がないってやつです。その授業の初日で、俺は見事にこれがバレたので、さらに突っかかられるようになりました。
ちなみに俺は魔力欠乏症のため、この授業の最中はやることがないです。必須科目ではあるようですが、魔力欠乏症の俺には最低の成績をくれてやるそうです。ありがたいことですが、やっぱり魔法のひとつくらいは使いたいので、こっそり練習はしています。野いちごサイズの火なら、1秒もせずに消えるけど出せるようになっています。
やつらの俺に対する罵倒のテンプレートは「能無し」です。
やい能無し、から大概は始まります。それでちょこっとだけ使える魔法で遠くから、ちょっかいを出してきます。さすがに距離があるとやり返すのも難しく、証拠も掴めないので、その内ボロクソに叩きのめしてやろうと思っていますが、とりあえず耐えています。面と向かって突っかかってくるやつなら叩きのめせるのですが、陰からこっそりやってくるやつは誰がやってるかも分からないので困りものです。
うんこをしてたら上から水をバシャーっとぶっかけられた時はさすがにキレて、出てきた俺を遠巻きからあからさまに嘲笑してた連中に八つ当たりという名目で、ボコボコにしてやりました。
でも、それきり、本当に俺にバレないようにと手口を変えてきたので面倒臭いことになってます。いつか見てろよ、あのクソどもめ、と滾っているので、虐められてるのかと心配はしないでください。ないと思うけど、じーじが乗り込んできたらこじれるし、俺がみっともないので。ちゃんと仕返しはするから任しとけ。
まあでも、悪い連中だけでもありません。
寮でルームメイトになったロビンという獣人族の12歳の子は、それはそれは素晴らしい尻尾を生やしています。獣人族は尻尾を無闇に触れさせてはいけないらしいのですが、心優しい彼は俺に毎晩、尻尾をもふもふさせてくれています。魔法士養成科の学生で、意外と優秀なやつらしいです。少し気弱で押しにも弱いところはありますが、笑うと犬歯がチャーミングなやつです。
それに感情がすぐ尻尾に出てわかりやすいので、見てると飽きません。
もちろん、良い意味で。そして、変な下心のある意味でもありません。安心してください、俺はノーマルです。じーじにはこういう話題は分からないか? まあいいや。
あと、クラスメートにマティアス・カノヴァスというのがいます。カノヴァスというのはけっこうな家柄らしいのですが、こいつは入学初日に俺に絡んできました。だから分かりやすく、俺の方が強いんだよばーかと教えてやって、でも少しやりすぎた感じがあって舎弟にでもしようと思っていたけど、友達になろうということで手を打っておきました。
この一件で、どうやら早々に作っていた取り巻きには手の平を返されて孤立してしまったようでした。でも俺は友達だから、変わらぬ態度で接してやりました。じーじのように俺は器の広い男です。最初こそ、プライドをへし折られて、取り巻きにも手の平クルーをされて参っていたようですが、今は割と何でも言い合える間柄です。つい先日も、俺が武具の手入れをしている時、どこかのクソ野郎が磨くための布を、ちょっと席を離れていた間に炭に変えてしまっていたのですが、マティアスはツンデレさながらに、無言で、俺に布の予備をくれました(ちなみにこの布は、強制的に学院に買わされたもので俺はケチって1枚しか買ってませんでした)。
騎士養成科は俺の知る限り、女がいません。別のクラスのことは分からないから何とも言えないけど。
だからむさ苦しい毎日ですが、まあ楽しくやっています。
じーじは体を大切に、ずっと俺の尊敬する、海の男でいてください。
卒業したらじーじのところへ一旦帰るのでその時は山ほどの獲物を用意しておいてください。
敬具
追伸
リュートという楽器を、オルトヴィーンの従者のファビオに入学祝いで買ってもらいました。
絶賛練習中なので、帰ってきたらこれを使って山ほど作った歌をじーじに聴かせてあげます。エンカもいっぱい用意しておくのでお楽しみに。
じーじのレオンハルトより




