ママンと姉ちゃんと使用人
レオだの。
レオ坊ちゃんだの。
レオンハルト様だの。
そんな風に俺は呼ばれる。
最近になって、ちょっとずつ言葉も分かるようになってきた。
「レオー、あそんであげるっ。ほら、見ててね……ファイアボール!」
「あーう、あうあう」
ミシェーラは、お姉ちゃんぶっちゃあいるがほほえましいほどにお子様だ。けっこう明るめの茶色の髪はかわいらしく2つに結わえている。いい年した大人がやってるとゲロを吐きそうになるが、これくらいの年ならかわいいもんだ。顔立ちはまだ子どもだからアレにしろ、ママンを見れば美人になりそうな具合だ。お胸の成長はどうか分からんが、ママンを見ると少し不安になる。
まあでも、かわいらしいし、明るいし、お調子者なとこもあったりしていいお姉ちゃんだ。
そんなミシェーラお姉ちゃん、ファイアボールしか使えないらしい。同時に3つまでの。しかも俺が睨むに、覚えたてって具合だ。それが嬉しくて、でも見せびらかす相手があんまりいないもんで俺に毎日見せつけてくる。
俺は毎度、ご機嫌な風に喜んで見せて観察する。――が、どうやってるのかは全然分からない。
ヘイ姉ちゃん、それってどうやるんだ、ベイベー。
なんて言えたらいいんだけど、俺は喃語しか喋れない。いや、喃語未満か。あーとかうーとかおーとかしか言えない。ばーぶーぼー、も言えるか? 言うに含んでいいかは分からないけど。
でも泣くのは得意だ。2秒で涙が出てくるくらいになった。赤ん坊の嘘泣きって、これ最強の武器なんじゃあるまいか。鬼に金棒レベルのゴールデンペアかも知れない。……まあ、それは置いといて。
「あーうー」
「どうしたの、レオ?」
まだハイハイはおろか、ずりばいもできないし、座るのもできない状態。
何かを伝えるにはいかにも意味がありげに適当に声を出して、どうにかこうにかがんばって腕を伸ばすくらいだ。ふよふよ浮かぶ火の玉へ俺が手を伸ばすと、ミシェーラはぱっと消してしまう。消すなよ。
「…………」
「レーオー?」
火の玉を出せ、出したらまた反応してやるから。
そんな想いは通じず、ミシェーラは首をひねっている。なかなか、コミュニケーションというのは難しい。じろーっと睨んでいたが、つんつんと頬を突つかれた。敏感肌だからやめてほしい。ちょっとならいい、けども。
つんつんつん。
つんつんつんつんつん。
つんつんつん、つん、つんつん、つんふにふに、つんつんつんつん。
リズムになってもねえんだよ!!
つつくんならもっとこう、いい具合につつけよ!!
文句は言えぬ身――いや月齢なので、泣いて抗議したらミシェーラはわーわーと慌てふためきながらあやしてきた。でも今の俺には大人気なんて必要ない。ぎゃん泣きしまくってママンを召喚して、ママンに甘えることにした。生みの親ってのは、やっぱり落ち着くもんだ。
で、このママン。
これがまあ、美人だ。髪はミシェーラと同じ色。少し痩せすぎの感じもあって、顔色もあんまり良くないって感じだけど綺麗な人だ。額縁の中に閉じ込められてても違和感がないくらいの美人。いかんせん、おっぱいは残念な具合ではあるが。
「レオっておかあさまに抱っこされると泣きやむよね」
「そうね」
「あーう」
「あっ、おへんじしたよ!」
この母ちゃん、何か弱そうな感じがあるのだ。
あんまり出てこないし、俺の世話は偉いメイドにけっこう任せてたりする。顔色が悪かったりするし、たまに咳き込んでるし、体が悪いのかも知れない。だから俺はママンを召喚しては甘えておく。手のかかるお子様がいりゃあ、くたばるわけにはいかんとがんばってくれるかも知れない。
俺はママンがいなきゃ泣いちゃうぜ。
だから俺の誤解であってくれよ――てな具合に。
それにしても。
どうにか早いとこ、固形物を食べたい。
せめて乳歯でも生えてくれなきゃダメっぽいが。
使用人は4人いたが、気がついたら3人になってた。辞めたのか、臨時バイトみたいなもんだったのか分かんないが、いなくなったのは偉くないメイドだ。ぶっちゃけ地味だった。大した仕事をしてる風にも見えなかった。……まあ、俺の目に見えないとこで汗水垂らしてたのかも分からんけど。
俺が生まれたての臨時だったのかもな。どっかよそよそしい感じもあったし。
そんなわけで、使用人は現在3名。
鬼メイド長の名前がブリジット。御年推定還暦!! ぶっちゃけばあさん。
だけど、使用人の中ではボスだ。背筋は常にビシッと伸びてて、動きにはムダがない。でもって俺の世話がめちゃくちゃ迅速。泣こうものならすぐさまおしめを確認して、それに異常がなければ空腹かと疑って、俺が惰性で泣いてりゃ腕に抱き上げてくる。でもってブリジットに揺られるとすぐさま眠たくなって意識を刈り取られる。まさに鬼メイド長!
このブリジットにつけている鬼という一文字は、鬼のように怖い、の意味もある。それ以外の意味としては、鬼というのをすごいとかヤバいって言葉に置き換えてもらってオーケー。
で、この怖さってのは教育だ。下っ端メイドの教育係をやってるらしくて、それがドジっ娘なもんでドンガラしてるとガミガミではなく、淡々と叱る。あれがいけないのです、これがいけないのです、あれをこうしておけば良かったのです、頭を使いなさい、場当たり的にやっているからいつまでも一人前になれないのです、改善が見られないようならば解雇も考えます――なんて感じで淡々と粛々とお説教をする。
ついつい下っ端が可哀想になってぎゃん泣きしてやったけど、俺をあやしたらまた説教に戻っていた。すまん、俺の泣き力が足りなかった。
で、ドジっ娘の下っ端メイドがマノン。お気に入り。娯楽に飢えている俺にはこのマノンがあたふたしているのを見るだけで楽しめる。1日1回のドンガラガッシャンは最早ノルマだ。絨毯につまづいてバケツの水をぶちまけたり、窓を一生懸命拭いていたかと思えば窓用じゃないので拭いていてブリジットに叱られたり、俺をあやそうと高い高いをした日にゃあほんとに上へ放り投げてくるからビビるし。
ドジだがマノンは一生懸命だ。叱られても数分すればスイッチを切り替えたようにまたせっせと仕事を始める。俺が泣いて真っ先に駆けつけるのはミシェーラ姉ちゃんかマノンだし、たまに来るのが遅くてもドタバタと足音を鳴らしながら大急ぎで駆けつけてきてくれたりする。
一生懸命やってる人間は見てて清々しい。ころころ表情が変わるのもいい。だから、俺はよくからかう。ぎゃん泣きして呼び寄せて、あやしてもらってから、さあおねんですよとベビーベッドへ戻された瞬間にまた泣いたり。ブリジットやミシェーラにパスしようとしても泣きわめいてマノンがいいと駄々をこねたり。
うん、お気に入りだ。
最後にコック兼唯一の男手である、イザーク。
こいつは1番絡みが少ないからよく分からないが、判明している限りだと無口だ。口が利けないわけではないっぽいが、喋ってるところを見たことがない。何かを言いつけられれば頷くし、時には首をぶんぶんと左右に振って拒否したりもするが、家ん中でいきなり男のむせてる声が聞こえて、壁越しにイザークを心配している声もしたから、きっと喋れないってわけじゃない。……はず。
ぶっちゃけ分かんない。謎。
年齢も読みにくい。30台になってるか、なってないか。まあ若い方だろう。ガタイが良くて、筋肉もけっこうもりもりで腕力がありそうだ。
でもイザークは俺の世話には割かれない人員だから、やっぱよく分からんやつ。
そんな感じの家に、俺は生まれたらしい。
しっかし、早く動き回れるようになりたい。折角生まれ変わったのに、俺が知ってるのは16畳くらいのこの部屋だけだった。




