慢性もふもふ症候患者レオンハルト
「いーい? 獣人族にとって、尻尾はとっても大切なものなんだよ。
そりゃあ、これがない人族には珍しいのかも知れないけど、その……び、敏感なところだから、ここを触り合うっていうのはその……エッチなことで、まだキミには早いことなんだよ」
12歳の少年に、性的なことでお叱りを受ける日がくるとは思ってもいなかった。
……性的、かどうかは、いまいちピンとはこないが、ダメなことらしい。顔を赤くしながら、それでもしっかり教えてあげないと、と意気込んで見えるこの少年はロビン・コルトー。
そして正座させられている俺は、そう、レオンハルト。6歳。
6歳なんだし多めに見てほしいし、今さらそんなことを言われても困る。
俺はクララに白昼堂々、なんてことをしていたんだと糾弾されかねない。若さゆえの過ち、ってやつで勘弁してもらいたい。尻尾がそんなに大事なところだとは思ってもなかったんだ。
「そこをどうにか……」
平伏しながら頼んでみても。
「ダメです」
「…………」
久しぶりに嘘泣きでもしてやろうかと思ったけどやめといた。
そうか、そこまでアカンことだったのか。知らなかったとは言え、悪いことをした。クララはそういうの知ってたのか? まあ、まあ、うん……彼女が大人になってから悶えてもらうことにしよう。でも、そうなると俺がぞんぶんに尻尾を堪能するには獣人のガールフレンドを作らないといけない。
ああ、めちゃくちゃヘコむ……。
俺の癒しを見つけたと思ったのに。毎晩尻尾をもふりながら安らかな夢の世界へ旅立つつもりだったのに。
まずは大人の世界に飛び込まないといけなかったなんて。
「約束だよ?」
「……はーい」
「よくできました」
返事をすると、満足そうにロビンは尻尾を振った。
かわいい尻尾しやがって!! 誘ってんのか、こんにゃろう!! いかんいかん、レイパーの台詞だ、これは。
「何はともあれ、これからよろしくね」
「よろしく……」
「困ったことがあったら、何でも相談してね。相部屋の人がこんなに小さい子だなんて思ってなかったよ」
「おれもこんな、なまごろしのめにあうとは……」
「……そ、そんなに、尻尾さわりたいの?」
「だあーって、きもちよさそうだし……」
尻尾がそわそわと揺れている。あれは悩んでるサインか?
もしかして、案外押しに弱い――いやいや、けっこうエロいことらしいし、男同士だしな。
いやでも。うーん、しかし。
おっぱいだと思えばどうだ。それが好きなのは男の性であって、恋愛感情とは無関係だ。そう、仕方なしに純粋に求めてしまうもの。おっぱいとは母性の象徴だ。
ならば尻尾とは獣の象徴だ。
そこにむしゃぶりつきたく――もとい、もふりたくなってしまうのは性なのだ。
正当化できた気がする。
「……ちょっとだけ」
「…………だ、ダメです」
しゅんとする。
うぐっ、と落ち込んだ俺を見てロビンもやりづらそうにする。
「…………はぁーぁ……」
露骨に落ち込んだため息をしてみる。哀れまれている。
構うものか、俺は魔力欠乏症だ。そんな視線はこれから幾万と浴びる覚悟があるッ!!
「……だ、ダメだったら、ダメだよ。
キミにはまだ、ピンとこないかも知れないけど……尻尾を触らせるっていうのは、お、大人がするようなその……あ、あいぶと、同じ、なんだから」
愛撫? 愛撫だと?
めちゃくちゃエロいことみたいな感じに顔を赤らめながら、尻尾もふもふが、愛撫程度だと?
そんなもんキャバの姉ちゃんが客ゲットのためにボディータッチする延長上じゃねえか。
そんだけじゃねえかよ。それでエクスタシーになっちまうようなもんでもねえだろう。
「…………ロビン」
「う、うん! 何? どうかした?」
「ロビンは……そういう、おとなのすることをしっかりしってるの?」
「うぇえええっ!? し、しし、し、知らない――こともないけど、そんな、ぼ、僕はまだ、そういうのは……」
ははーん? ほうほうほう……。
つまりあれだ、こいつはまだまだ汚れの知らない純情ピュアボーイってわけか。
ずっこんばっこんとか言ってもピンとはこないけど、聞きかじった程度のエロいことは知っているってだけか。よくよく見ればマスかきまくってます、っていう風のマセガキにも見えねえし……。
「ロビン……ロビンはしらないだろうけど、おれはしってるんだ。
ほんっとーにエロいことっていうのはべつにある。むしろだよ、しっぽをさわるなんてのは、むしろけんぜんだ」
「えっ? い、いやでも……」
「じゃあロビンは、だれかにあたまをなでてもらうことがいや?」
「それは……うーん……」
「いやじゃないはずだ。なぜならっ! それはコミュニケーションだから! じゃあハグをすることはふけつかっ!? こたえは、いなっ! だんじて、いなであるっ! そして、しっぽにふれるというのも、それとおなじことなんだっ! だからこれはけっして、エッチではない!」
熱意を込めて語るとロビンは気圧されるようにおののいた。
俺はバンと床板を踏み、拳を握ってさらに訴える。
「むしろロビン! そんなコミュニケーションのひとつもとれないんじゃあ、このさきがしんぱいだ!」
「ええっ……で、でも、このさきって――」
「だまらっしゃい!」
「だ、だまらっ……?」
「すなおに、ひととひとがしんこうをふかめる! こうしてルームメイトになったのも、なにかのえんだっていうのに、ロビンはそれさえもきょひしてしまうのかっ!? ああ……レオンハルト、かなしい……」
おろろ、と泣き真似。はらりと涙が……こぼれたら良かったけどダメか。
でもロビンは目に見えてうろたえている。初めて押しつけられた価値観には恐怖もあるだろう、不安があるだろう。だがしかしっ!
「……おれ、ひとりでここきてて……なかのよかった、じゅうじんのともだちは、いやなかおしないで、しっぽさわらせてくれて、うれしかったんだ……。ほんとうのおやもどこにいるかわからないし、それでもさみしくなると、そいつはいつも、しっぽでおれを……」
「れ、レオンハルトくん……」
「でも……ロビンが、そこまでダメなら、いいよ……。さらば、ひとにあまえられていたかつてのおれ。こんにちは、とかいのつめたいひとびとにもまれて、めがしんでいくおれ……」
「レオンハルトくんっ……! 僕、僕、間違ってたよっ! そこまでだなんて、思ってなかったんだ!」
ぎゅうっとロビンに抱き締められる。しめしめ。
「ごめんね……僕で良ければ、僕の尻尾で、キミが心細さをやわらげられるんなら、いいよ」
「いいの……ロビン?」
「うん……」
もふっ。
「ひゃう……うぅ……」
もふもふ。
「う、ううぅぅ……」
クララよりも毛の質は硬いが、それでもしっかりした弾力を持っている。
ごわごわも強めだけど、むしろこの反発が良い。触れれば押し返してくる心地よさ。強すぎず、柔らかすぎず。毛の密度がクララと段違いだな。手触りも滑らかだ。手でふんわり押さえつければ包み込むように……。
「たんのうさせてもらいました」
「ううう……」
涙目になって恥ずかしがってるロビンには、ちょっと悪いことをした気になった。
「ほ、他の人には……内緒だからね……?」
「オーケー、しんゆう」
ちょろいし、最高の尻尾を持ったルームメイトをゲットした。
それに素直な子どもっていうのは見てると何か和むしな、うん。可愛気があるのはけっこう。
「まいばん、よろしく」
「ま、毎晩っ!?」
声を裏返しながら驚いたロビンだが、よしよし、と頭を撫でてなだめると複雑な顔をしていたのが嘘のようにとろけていった。クララも頭なでなでには弱かったが、獣人ってのはここに性感帯でもあるのか?
「――って、僕の方がお兄さんなんだから、気軽になでなでしないでよっ!」
「えー?」
「むぅ……はい、僕の番だよ」
頭をなでられる。
まあ、案外悪いものではなかった。
威張り散らした貴族がルームメイトだったら面倒臭そうだとか、頭の片隅で考えてたけど現状では最高のルームメイトだった。