初めてのけっとー
「殊勝だな、臆して刻限ギリギリまで来ないと思っていたぞ」
岩に腰掛けて待っていたら、カノヴァスくんは手下を増やしてやってきた。
10人くらいはいそうだ。もしかしたら、カノヴァスってのは相当な貴族なのかも知れない。俺は貴族についてはさっぱり知らないから分からんが。にしても、まだ制服着てるのかよ。
「まちくたびれたよ、カノヴァスくーん。がんりゅーじまのこじろうなきぶんだ」
「は?」
「……きにすんな」
岩から降りて、じいさんの銛を握る。
これを物干し竿に例えたら、まんま小次郎かも知れない。ま、俺は燕返しなんて使えないけど。
「何だそれは? 剣はどうした?」
「こっちのほうがしっくりくんの。けんなんかつけやきばだ」
「っ……負けた時の言い訳にはするんじゃないぞ」
カノヴァスくんが剣を抜いた。やっぱり、実用性がなさそうな剣に見える。
それでも、他の連中が持ってるごてごてとも少し違って、そこまで邪魔になりそうな装飾は見えない。
でも細いし、切れ味はありそうだけど見た目ばっか先行してるような印象だ。見た目も大事だとは思うけど、それが銛に負けたらお笑いもんだな。
「立ち会いは僕の友人達が務める」
「どーぞごかってに」
「一本勝負だが、死んでも文句は言わせんぞ」
「あっそ」
「……生意気なチビめ」
生意気もチビも認めよう。
悪い子じゃないつもりだが、別に良い子ちゃんってわけでもない。
「さっさとはじめよーぜ」
「ふんっ、泣きっ面を拝んでやる」
カノヴァスくんが剣を構え、俺も銛を構えた。
向こうから剣を軽くぶつけてきて、決闘が始まる。
「てやぁああああっ!」
「ばーか」
大上段からカノヴァスくんは振りかぶって迫ってきたが、そこは俺のリーチ内だ。
銛をくるりと回して、持ち手側を突き込むと簡単にカノヴァスくんの下腹部を打つ。軽めにやったが、向こうからの勢いがあったから、ぐふっと息を詰まらせていた。
弱い。
カノヴァスくんの平たい腹に当てたまま、俺は地面を蹴ってさらに突き込んだ。カノヴァスくんが足をもつれさせながら仰向けに倒れ、俺は跳ぶ。中空でくるくると銛を回転させ、遠心力をつけながら一気に振り下ろす。
ドゴォォォッ!!
カノヴァスくんの顔の横に銛の先端が叩きつけられ、土塊が飛んだ。
動けないカノヴァスくん。見下ろす俺。唖然としながら眺めている取り巻きAからJ。
「まだやる?」
魔鎧を使うまでもなかった。
まあ、これから実力を身につけようっていう貴族のお坊ちゃんだもんな。じいさんにボコボコにされて、ファビオにもボコボコにされ続けていた俺じゃあ勝負にもなりゃしない。手ぬるすぎる。
「っ……」
悔しそうにカノヴァスくんは息を飲む。
屈辱なんだろうな。6歳児に負けて、しかもカノヴァスくんは偉そうな貴族だし。
自分から負けを認めるんじゃあみっともないんだろう。
ま、容赦しないけどな。
「あれあれー? まいりましたってきこえないなー?
きしって、たとえまけてもあいてのぶゆーをたたえるもんじゃねーのかなー?
それともまさか? おれみたいなちんちくりんにまけちゃったことがわかってないのかなー?」
煽るとカノヴァスくんの顔が赤くなった。
叫びながら握った剣を、振ろうとしてきたが、銛の柄の部分で頭を横から叩いてやると転がってしまう。
「おーじょーぎわがわるいんじゃねえの?
ぼくはレオンハルトにまけました、っていえよ。しんでもうらみっこなし、なんだろ? おら」
また銛の先端を鼻先に突きつけて言ってやると、カノヴァスは下唇を噛んでいた。
顔を真っ赤にしたまま、涙も浮かべてしまう。……弱い者虐めしてるみたいじゃねえか、これじゃ。
「……んじゃ、おれがかったんだから、いうこときいてもらおうか。
カノヴァスくん――いや、カノヴァス、おれとおまえは、これからは……ともだち、な?」
銛を引っ込めて、手を差し伸べる。
弱い者虐めは趣味じゃない。虐めすぎたら、悪辣貴族と同じようなものになる。
友達――。
落としどころとしてはやさしいだろう。
一方的な上下関係だとこれからカノヴァスは、早速従えていた取り巻きに後ろ指をさされかねないし、自暴自棄になられても後味が悪くなる。
だが友達なら、言葉の上では対等だ。
俺を見下したがっていた――じゃない、見下していたカノヴァスからすれば屈辱的なんだろうが、それくらいは決闘なんてもんを申し込んできたんだから飲んでもらわないとけじめがつかない。
しばらくカノヴァスは俺を睨んできていたが、顔を伏せながら握手をしてきた。
その手を引いて立ち上がらせる。涙がぽつりと地面に落ちたが、見ないことにしておいた。
「じゃ、またあした。がくいんで――って、そうだ。
カノヴァスって家名なんだろ? お前の名前は?」
「マティアスだ……マティアス・カノヴァス」
「おれは、レオンでもレオンハルトでもいいから。じゃーな、マティアス」
そういうわけで、学院で初めての友達はマティアス・カノヴァスという少年になった。
いっぱい泣いて大きくなれ、少年。
涙の数だけ強くなれるさ。アスファルトだろうが、固い地面だろうがいつか花は咲くもんだ。
さらっと決闘を終えて寮に帰ると、どうやら歓迎会なるものの準備をしているようだった。
寮にいる学生は男女合わせてざっと4、50人。男の比率の方が多い。半分が騎士養成科で、半分が魔法士養成科。
1階にある食堂で上級生と思しき学生がわいわいと賑やかにやっていた。寮の入口にある掲示板のボードには「歓迎会準備中につき、先輩一同より新入生は自室待機を命じる」なんて書いてある。
見落としてたけど、まあいいか。こそっと部屋に戻った。
「たーだいまっと……」
長い銛を入れるのに苦労しながら部屋へ戻ると、そこに見知らぬ少年がいた。例に盛れず、12、3歳ほどの男の子だ。
頭にひょっこり生えている三角の耳。
髪の毛と同色の黄色が強い金の産毛みたいのに覆われている。
ピンと尻尾が立つ。
これは――これはっ!!
「あ、は……じめまして。……キミが、ルームメイトの、レオンハルトくん?」
「なんのじゅうじん?」
「えっ、あ、えと……オオカミ」
「キタァ―――――――――――――ッ!!」
もふもふだぜぃっ!
もふもふ尻尾の持ち主が相部屋とか最高じゃねえかっ!!
「しっぽ! しっぽ、もふらしてっ!」
「えっ……い、いやでも、そういうのは……」
「いいじゃんいいじゃん、ルームメイトじゃん……ぐへへへ……」
手をわしわししながら、名前も知らぬ獣人くんに近づく。
怯えた顔には申し訳ないが、俺はこれでも毛皮のあるほ乳類大好き人間なんだ、逃がしゃあしねえ。
「ふひひひ……」
「ひ、ひいっ……」
「いっただきまぁぁぁ――――――――――――――すっ!!」
飛びかかった瞬間、目の前にでっかい水の玉が現れた。
成す術もなくそこに飛び込み、口だの鼻だの耳だのに水が入り込んでくる。慌てて出ようとするが、水をかいてもかいても出られない。重力に引かれて落ちることもない。空気が口や鼻から漏れていく。
ヤバい、ヤバいヤバい、息が、息……いき、が――
限界になったところで、バシャンと水が弾けて床に落ちた。
「はあっ、はあっ……」
「ご、ごめん……や、やりすぎた……。大丈夫?」
「も……も、もふもふ……を……もふら、せて……」
「だ、ダメだよ、そんなエッチなこと! まして、お、男同士なのに……」
顔を赤らめて、恥ずかしがりながらはっきり拒否される。
ポッキリと俺の心の中の何かが音を立てながら折れたのを感じた。