カノヴァスくん
さて。入学式である。
体感としては実に――ええと、俺が26でおっ死んでて、高校に入ったのが16なんだから、そこにレオンハルトの年齢6歳を加えることの、16年? 16年ぶりの入学式! マジか、計算間違っては……ない、よな? 16年ぶりの入学式か。
…………感慨はないな。
つーか、つまらねえ。長ったらしい話だの、挨拶だの。
壇上で挨拶をしている何とかっていう貴族の長々とした話を聞き流しつつ、周囲を見る。
年齢はやはり、俺より上のやつばかりだ。最年少かも知れない。……肉体だけならなっ!
いかにも貴族です、というようなプライドに満ち満ちた顔がたくさん並んでいる。
騎士養成科の中に放り込まれているから当然だ。意外なことに制服があって、それを全員が着用して、揃いも揃って自信満々といった顔をしているんだから、もう見分けもつかない。
制服は高い襟つきの、裾もたっぷりと長い上着。その下にはシャツとベスト。そしてズボン。白い生地で青で縁取りをされている。この一式で金貨2枚とかいうバカげた値段がついてるだけあって、素材なんかは良いものだ。
ここへさらに帯剣ベルトと剣。これもめちゃくちゃ高そうなのを使っているのが多い。式という場だからなのか、とても実戦で使えるようなものではなくて、ごてごての宝石なんかがくっついている。カフスボタンみたいな感覚なのかも知れない。
立派に見せるためのスカーフを巻いたりするやつもいる。首元が暑くなったりしないのか?
他にも入学するにあたって必要なものはこれでもかと色々あった。
鎧に兜に盾にマント。幸い、これは学院指定のものがあって選ぶのに悩むことはなかったが、体の都合でオーダーメイドになって採寸されるのが面倒臭かった。しかもどうせあれだろ、これからまた背が伸びたらその度に新調だろ? いい商売してやがる。
ちなみに俺は愛用のじいさんの銛をずっと使うつもりでいたが、帯剣しなければならないらしいので二束三文の安物を買っておいた。
資金はあらかじめ、ファビオに渡されている。
しかも定期的にオルトが仕送りをしてくれるとのことで、金に不安はない。
式が終わるとクラス発表があった。
てっきり、大学みたいにクラスという集団はないものかと思っていたが、あってしまった。
あってしまった、てのもおかしいけど肉体年齢は置いといて、精神年齢としては三十路へ突入している俺が今さら、12、3歳のガキどもに混じるのも何か気が引けて嫌だった。
「わたしがこれから、諸君を担当する教官のエジット・ベタンクールだ」
偶然にも、俺の実技試験を担当していた男だった。
肩幅の広い、少し太めの男だ。顔の下半分を覆う髭には威厳がある。壮年ほどの年齢で、口から発せられる言葉はよく響いて聞きやすい。
「権威ある、この王立騎士魔導学院に入学したからには立派な騎士となるように期待をしている。
まずはそれぞれ、ひとりずつに挨拶をしてもらおう。
名を呼ばれたものから名乗り、挨拶をしろ」
こういうのもあるのか。
エジットがひとりずつ名前を呼んでいく。どいつもこいつも、鼻持ちならない喋り方だった。そして、必ずと言って良いほど、お家自慢をする。
どこそこの貴族で、父上の名前は云々で、こんな功績を残したすごい人物なのだ。
ドヤァッ!
これがテンプレ。
情報量が多すぎて、聞き流す。
だが、誰もが品定めをするように話を聞く。息が詰まりそうだ。
「次、レオンハルト・レヴェルト」
「ういーっす」
肩の力を抜いて返事をすると、物凄く場違い感がした。
睨みつけてくる眼力のまあ強いこと。しかもそれがエジットだけじゃなくて、30人くらいいるクラスメートくん達から一斉に注がれる。
ま、こういうのは安定の無視。
「えー、レヴェルトというなまえはこーけんにんであるレヴェルトきょうになのることをゆるされているだけだから、おれはただの……りょうしにそだててもらったすてごみたいなもんです。けど、オルトヴィーン・レヴェルトのなにかけて、せがちいさかろーが、てっぺんとるつもりなんで、よろしくぅっ!」
ちょっとふざけて、ついでに喧嘩も売っておいた。
案の定、敵視するような視線がちらほら。だが、オルトヴィーンという名前は知られているらしく、エジットは顔を少しひきつらせていた。オルトの武勇伝は聞いちゃいたが、本当なのか、やっぱり。
そんなホームルームめいたことが済むと、今日は解散となる。
学院の内外に寮がいくつかあって、そこに住み込みになる。掲示板があって、そこにどこの寮へ行くのかが貼り出される。早速見に行こうと割り振られた教室を出ようとしたら、その戸口で取り囲まれた。
「お前がレヴェルト? どんな小細工をして入学した?」
髪の毛を右側だけ編み込んだ、高慢なやつ。
しかも、まだ初日だというのに取り巻きが5人もいる。
とはいえ、声変わりにも差し掛かってないようなお子様だ。見上げるしかない身長差だが。
「どんなもこんなもあるかよ」
「騎士らしい言葉を使え、この僕は由緒正しきカノヴァス家の長男だぞ」
カノヴァスなんて知らねーよ。
本当なら穴空きってのが周知されてから、こういうのが起きるもんかと思っていたのに随分と早い。
だが、入学初日に絡まれたのは良い傾向かも知れない。オルトも入学初日に絡んできたやつをやり込めたとか言っていた。それに倣うとしよう。
「もんくがあんのかよ? おれはみとめたやつにしか、したにでるつもりはねーよ」
「何ぃ?」
「だいたい? カノヴァスとかきいたことねーし。わるいけど、いなかもんだから」
「田舎者のくせに僕を愚弄するのか。身の違いを体に覚え込ませてもいいんだぞ?」
「やれるもんならやってみろ、ボケ」
「ぼっ……貴様っ!」
ごてごての剣にカノヴァスくんの剣が伸びた。じっと見ているが、抜かれない。
一体何だと思っていると、カノヴァスくんは俺を睨みつけていた。これは、つまり?
「あ、おどかそうとしてた?
ごめん、ごめん、さっぱりこわくなかったから」
プッツンしたのが、顔で分かった。
俺を突き飛ばすように押してきて、そのまま剣を引き抜く。
ピカピカの綺麗な剣だ。剣身の溝には金と青の模様があしらわれている。
「そこまで言うのならば、やってやろう」
「なにを?」
「決闘だ。二度とその生意気な口を利けなくしてやる」
「じゃあおれがかったら、おれのしゃていになるか?」
「ふっ、言っていろ! 暮れの鐘に、スタンフィールド東の広場で待つ! 逃げれば分かっているだろうな!?」
「わかんねーけどにげねーよ」
耳くそをほじりながら言ってやる。
憤慨しながらカノヴァスくんは手下を引き連れて出ていった。周囲からは、あーあ、とか、やれやれ、みたいなひそひそ声が聞こえてくる。
やれやれは、こっちだっつーの。
腰に重い剣をぶらぶらさせ、鞘の先っちょを引きずらないように持ち手へ肘をかけながら寮の部屋割りを見に行った。
騎士魔導学院は騎士養成と、魔法士養成の2つの科がある。
基本的にはあまり接点を持たないのだが、騎士と魔法士というのは関係が深いらしく、それぞれの科に所属する2人組で相部屋になる。
俺が割り振られたのは不運にも、学院外の寮だった。
毎日、長ったらしい階段を上り下りして通うことが決まってしまう。
寮とは言ってもアパートのような集合住宅で、岩山の下に石造りのその建物はあった。三階建てで、門と庭までついた意外に立派なところだ。俺と同じ新入生や、先住の先輩なんかで寮は賑わっていて、俺はけっこう目を惹いたようだが構わずに部屋へ直行した。宿屋から持ってきた荷物もあったし、さっさと堅苦しい制服を脱ぎたかった。
「ここがおれのへやか――」
ドアを開ける。
8畳程度のやや手狭な部屋。備え付けの二段ベッドが壁に寄せられている。その反対側にも、これまた備え付けの長い机。椅子が2つ。机は繋がっているが、これを2人で使えということなのだろう。
仕切りみたいのを用意するか――いや、そんなのは使わず、少しずつ俺の領土を拡張しよう。うん。
どうやらまだ、ルームメイトは来ていない。
とりあえず荷物を下のベッドへ放り込み、制服を脱いで楽な格好になる。
上着もベストもいらない。ズボンとシャツ。胸元は上3つのボタンを開ける。帯剣ベルトも剣も邪魔だからとっとと外す。そうして身軽になると、暮れの鐘までどれくらいかと思って空を見た。
朝から入学式はやってたのに、式で挨拶するやつがまあ多すぎるし、長ったらしすぎたから夕方が近い。腹も減っている。銅貨を30枚ばかし持って、食べ歩きで昼飯にしようと決めて寮を出た。
とりあえず、カノヴァスくんをぶっ飛ばしすところから、俺の学院生活はスタートだ。
どんな顔を見せてくれるか楽しみだ。あと、舎弟にしたら何て呼ばせるかだな。レオンハルト様、じゃあ肩が凝る。ご主人様にでもするか――いや、気持ち悪いな、それは。ボス、か? んー、ピンとこない。
何かの魔物の肉に香辛料を振って焼いたものを食いながら、東の広場へのんびり歩いた。