我が友よ
「次」
ぞんざいに呼ばれて、列から出てそこへ立った。
相対するのは重そうな鎧に身を包んだ壮年男性。俺と、その騎士の手には木剣。互いに木剣を構え合い、剣先を向ける。
「準備ができたら、木剣をわたしの木剣へ当てよ。それを合図とする」
「はい」
礼儀正しいお子様を演じて返事をする。息を吐く。
面接は問題なしだったはずだ。
ここでこの騎士を真正面から叩きのめせば合格は固い。鉄板だ。
なのだが、オルトには一杯食わせられている。
どうやらこの騎士魔導学院、入学の資格に年齢制限はないのだが暗黙の了解として――12、3歳くらいが普通らしい。6年制らしいから、中高一貫くらいの感覚なんだが、今の俺、ことレオンハルト・レヴェルトくんは6歳。
想定年齢に合わせて実技試験が行われているから、難易度はちょい高め。
推薦してやろうみたいなことを言ってたのは、この暗黙の了解を後押しする程度のものだった。
入学試験さえも、期日に来てしまえば受けられる。
要するに。
「お前、チビでガキなのに、本当に入学してから大丈夫なの」
っていう質問に対して、
「へーきへーき、俺が大丈夫って言ってんだから間違っても門前払いとかすんなよ」
なんて感じの保証をする程度のことだ。
オルトとしちゃあ、6歳のガキんちょがこの中に混じって大暴れすれば痛快だ。――って感じなのかも知れないが、入学試験を受けに行ったところで発覚したので、少しペースを乱された。
ファビオもオルトに口止めをされていたらしく、試験のために別れる時、ビミョーな顔をされた。生真面目なファビオとしては、そういう情報はちゃんと俺に開示して万が一がないようにしたかったんだろうが、主の命令とあってはできなかったからだろう。
まあいい。
オルトにもファビオにも、これくらいは楽勝だと思われているんだから応えてやろう。
深呼吸をしてから、教官の目を見据えて木剣をそっと横に揺らすようにしてぶつけた。
乾いた音がする。
「レオンハルト・レヴェルト、まいる!」
「来いっ!」
魔鎧を使うまでもない。踏み込みながら、木剣を突き込んだ。
それを教官は払いのける。さらに前へと踏み出しながら、次々と突きを放つ。
さすがに人に教える立場にあるだけあって、剣の技量は高いようだ。軽々と俺の攻撃は捌かれた。
「攻撃がワンパターンだ」
強く上から木剣を叩きつけられた。こぼしたら終わりだ。
しっかり握って取りこぼさず、今度は教官の攻撃を受ける。
さすがに鋭い。だが、じいさんにも、ファビオにも劣っている。意趣返しのように教官が深く踏み込みながらの突きを放ってきて、それを半身になりながら木剣を側面から押しつけて滑らせた。
そうして一気に迫り、跳びながら体をスピン回転させながら叩き込む。
首筋を狙った一撃が直撃し、教官が後ろへ下がった。
「良いだろう、ここまでだ」
「ありがとうございましたっ!」
こういうところでも礼節とやらは見ているらしく、礼儀正しくしなきゃいけない。
直覚に腰を折り曲げて頭を下げる、ザ・ジャパニーズ・お辞儀。頭を下げてから3秒の静止も忘れない。そうして顔を上げると、教官はご満悦な顔だった。こんなのされて嬉しいのかよ。
もちろん、合格した。
やけにあっさりしたものだ。
その日の試験が終わり、結果発表が済むと意気揚々と宿へ帰った。
「ごーかく、したぜぃっ!」
「不合格だったならば斬っている」
「おい」
「では、わたしはもう行こう」
「え、もう?」
宿屋の一室で待っていたはずのファビオは、すでに荷物をまとめていた。
ま、こいつとしちゃあ子どものお守りをしてるよか、主のそばで奇行に頭を悩ませている方が幸せなんだろう。
淡白すぎる気もするが。
もう行こう、とか言いながら忘れ物がないかと室内を見渡すくらいだ。
「レオンハルト、お前の欲しがっていたものは明日にはここへ届けられる」
「おおっ!」
「ささやかな祝いだが、約束を忘れるな」
「さいこーのうたをつくって、ちゃんとオルトにひろうするよ」
「お前の歌は良いものだ。オルトヴィーン様も喜ばれよう」
意外なことを言われた。
そんなにしっかり歌った覚えはない。
せいぜい、鼻歌だ。だというのに、ちゃんと聞いてたのか。
「……おれのうた、きいてた?」
「ああ。最初は奇妙だとも思っていたが、耳に馴染めば不思議と沁みる」
「そ、そんな……おまえに、ほめられたってよう……。へへっ、へへへ……」
やべえ、顔がにやつく。
ファビオは仏頂面だ。こいつが誉めるってことは、本当にいいって思ってるってことだ。
「レオンハルト、我が友よ。
オルトヴィーン様のために、そして己のために、精進するがいい」
ふっと小さく笑みを見せ、ファビオはヴィッキーに跨がって去っていった。
都市の門まで見送ると、少し寂しくなる。口うるさいやつだったが、つきあってみれば良いやつだった。
オルト最優先であっても、あいつは自分を殺して付き従っているわけではない。好きなものや嫌いなものがあって、喜ぶこともあれば、落ち込むこともあった。
「またなー! あいしてるぞー、ファビオー!」
走り去る背に声をかけてみると、片手を上げて応えられた。
荒野にファビオの背中は消えていった。
久しぶりのひとりの食事は少し味気なかったが、これしきで寂しがるほど恵まれた生活を前世ではしていない。
むしろ、時間になればメシが出てくるのだから楽でいい。
月収13万で安アパートに住んで、モヤシと3玉数十円のうどんだけでダテに暮らしていたわけじゃない。
「学院に入るんだって? まだ小さいのにすごいわねえ」
「まーな」
宿屋の女将らしいおばちゃんは恰幅の良いご婦人だ。 旦那よりも断然まるっこいが、愛嬌のある良い笑顔の持ち主だ。
ファビオを初めて見た時は、やだイケメンとか呟いてじゅるりとしていたが、どこの世界でもイケメンっていうのは女にとっては目の保養になるのか。
「将来は騎士様かねえ? これからもご贔屓にしておくれ」
「おばちゃんのメシはうまいしな」
「嬉しいことを言ってくれるね。じゃあサービスだよ、これも食べとくれ」
「やりぃっ! あいしてるぜ、おねえさん」
お世辞も笑いながら受け止めてくれる。
こういう人と人の関わりで生まれるぬくもりってのはいいもんだ。
騎士魔導学院の入学は1週間後。
それまでは入学祝いにせびったリュートをかき鳴らして過ごした。弾いたことはなかったが、ギターと似ているからどうにかなった。
だが、やっぱりギターを弾きたい。
時間を見つけてどうにか作れないもんかと、かき鳴らしながら考え始める。
しかし、スチール弦なんてものをどう作るかも分からないし、太くて低い音を出す6弦は巻き弦というものを使わなくてはならない。これが登場したのは、確か19世紀になってから。今のこの世界の技術レベルで、こいつが作れるかどうかはかなり怪しかった。
欲を言えばエレキギターが欲しいが、そっちの方が高望みだ。
だからとりあえずは、クラシックギター作りに熱意を燃やそうと決めた。幸いなことに、音楽への造詣というのは騎士としては必要なものでもあるらしいし。ま、他にも色々と知識としちゃあ知らなきゃいけないことも多いらしいが。
魔法さえ自由自在に使えれば、どうにかなるかもとは思うが……。
けど使えないもんは仕方ない。うん、どうせ、元々そんなのがないところに俺はいたんだし。
そう思えば気は楽になった。




