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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#4  学院入学
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学術都市スタンフィールド


 学術都市スタンフィールドは大きな山に築かれた大都市だった。

 山肌に貼り付くような建物が遠目にも見えるし、山腹を削り出したような厳かな建物まである。

 この都市は元々は、特に何もない場所だったらしいのだが王命によって、騎士魔導学院が作られた。大勢の学生を集めることで、学生相手の商売や、学院を卒業した魔法士なんかの家も建つようになって、人口が増加。結果、商売も盛んになり、物流も増えて、大都市にまで発展した。


 ――と、スタンフィールドに入るための門へ並ぶ間、ファビオにざっくりと説明された。



「若者と学術の都ではある。

 だが、それ以上にここは次世代を担う貴族達の、最初の戦場でもある」

「さいしょの、せんじょー?」

「そうだ。貴族の多くは、騎士や、魔法士にするためではなくここへ子を送り込む。

 そうして同年代の貴族とのコネクションを作ったり、有能さをアピールしたりと、実権を握る前のトレーニングをする」

「……ほうほう」

「もっともオルトヴィーン様は親の持つ権力を振りかざし、いかにして他者を屈服させるのかということのみに熱意を燃やす放たれ悪童の巣窟だとも仰られていた」

「……オルトらしいっちゃらしいなあ」

「しかし、ここで一目置かれることになれば、それは大人になってからも周囲に畏怖されるということになる。オルトヴィーン様が自由に政をやられているのは、ここでの功績もある」


 そこら辺については聞いている。

 オルトヴィーンの同期には、レヴェルト家に劣らぬ有力貴族がいたらしいが、そいつは舎弟らしい。

 もっともその貴族は次男だか三男だかで、大した権力を握るには至らぬらしいがオルトヴィーンには逆らえないのだとか。



「そう言えばレオンハルトはどこかの貴族の家に生まれたらしいな」

「ん? うん」

「家名が分からないのでは難しいかも知れないが、ここで有名になれば家族に見つけてもらえるかも知れないぞ」

「……おお、たしかに」

「悪名では見限られるかも知れないが」

「…………」


 ファビオめ。

 オルトヴィーンには心酔してるくせ、オルトヴィーンの奇行には頭を悩ますからって、俺にまで真人間になることを求めてきやがる。



「次の方」


 呼ばれて列が進み、ようやく入門審査が始まる。

 ファビオはすでに顔と名前が知られているらしく、ほとんど顔パスみたいなものだ。そして、俺の番。


「この少年は我が主レヴェルト卿がスタンフィールド王立騎士魔導学院へご推薦なされたレオンハルトという」

「……どうも」


 門番の他に入門審査を担当する役人みたいな男がいて、ファビオが説明をしてから書状を渡した。それをざっと見てから男が返してくる。そうして、帳簿みたいなものに何かを書き込む。


「……レオンハルト、と……。はい、じゃあもういいですよ」

「うむ」

「ばいびー」


 ぞんがい、あっさりだった。

 ヴィッキーに跨がったまま岩をくり抜いた門をくぐると、圧倒されるような光景が待ち受けていた。



 岩山に築かれた都は三次元にデカい。

 麓一帯にぐるりと家や商店が立ち並ぶ。ずっと奥まで町並みは続き、斜面にさしかかってもそれは途切れない。そうして高いところまで顔を上げていくと、長い階段のようなものが見える。

 その先に遠目からも見えた厳かな――神殿か、あるいは城のような建物。やはり、あれは岩ばかりの山腹を削っている。



「あれが王立騎士魔導学院の玄関だ」

「げんかんっ!?」

「あの岩山の中は空洞になっていて、その全てが学院となっている」

「ひょええ……」

「とにかく宿へ向かうとしよう。お前の入学試験が終わってから、わたしはメルクロスへ帰る」



 この時期は騎士魔導学院の入学試験シーズンらしく、貴族もたくさんいた。貴族は一目で分かる。やたらめったら、きらびやかな格好をしているからだ。だが、俺はオルトに教わっている。


『華美な服装の貴族ほど三流だ。本物はわたしのように、気品のみを身につける』


 ギラギラごってりは三流。

 もっとも貴族嫌いのオルトの言うことだから、本当かは分からない。

 どれだけすごい大貴族だろうが、オルトがそいつを嫌っていれば三流ということもないだろう。


 というかオルトだって庶民に比べれば、けっこうな格好だ。領主としての体裁とやらはまだ撤廃できていないから仕方なしらしい。オルトが変な格好をしていると領民の格まで下に見られるから、ある程度はそれっぽい格好をしておかないとならないという事情があると口を尖らせていた。

 自分だけならともかく、とつまらなそうにしていた顔が脳裏に蘇る。



 スタンフィールドに入ると、物珍しそうな視線が次々と向けられる。

 これはファビオに向けられるものだ。金糸のような髪と吸い込まれそうになるルビーのごとく瞳。その美貌はエルフらしく飛び抜けている。

 そしてエルフはしばしば、その美しさに目をつけられて暴力的な手段で奴隷にされたり、女ならば――ヘタしたら男でも――強姦されたりもするとのことだ。



 さらにエルフはプライドも高く、魔法に長けている種族だから屈服させることも一筋縄ではいかない。

 だからエルフを奴隷にすることは貴族のステータスだし、そうでなくともエルフとともにいるというのはものすごいことらしい。


 御茶ノ水の楽器屋に陳列されていた、1000万円のギターを持っているようなものかも知れない。俺みたいな庶民派はそんなの眺めるだけでいいが、貴族は強欲だから手に入れたがる。



「運が良いぞ、レオンハルト」


 宿屋を確保するとふらりとファビオが消え、戻ってくるなりそう言った。


「入学試験はすでに行われているようだ」

「はっ? すでに? ヤバいじゃん」

「焦ることはない。入学試験は数日間行われている。昨日から始まったようだから、あと2日の間に受ければいい」

「あ、そう……。ならいいや」

「もう1日早く到着できていれば、とっくにオルトヴィーン様のところへ帰れていたが……待つ時間がほとんどないというのは良いことだ」


 そんなに早く帰りたいかよ。


「ところでさ、しけんって、なにすりゃいいの?」

「お前は騎士養成科を受験する。求められるのは礼節と実力だ」

「……れーせつ」

「お前は年の割に落ち着いている。わたしを相手に、試しに丁寧に接してみろ」

「…………」

「何だ、その顔は」

「やだなー、って思いましてございます」

「本心を言う場ではない」

「……はい」

「背筋を伸ばせ。へらへらした顔をするな」

「はい」

「声に覇気を持て」

「はいっ」

「それでいい。簡単な面接がある。そこでの質問には、そうして礼儀正しく答えろ」

「ためしに、どんなかんじか……ちょっとおしえてくださいまし」

「ましはいらん」

「おしえてください」

「良いだろう。……では、汝は何故騎士を目指す?」

「おれが――」

「俺ではない」

「……わたしがきしをめざすのは、わたしを、えー……みいだしてくれた、レヴェルトきょうのおんにむくい、ひとりのおとことして、りっぱなひととなりたいからです」

「……内容は良いとしよう。ハキハキ喋れ」


 そんな感じで面接の練習をさらっとやると、やけに疲れた。

 こういう堅苦しいのは嫌いだ。恥ずかしくなってくる。丁寧な言葉遣いっていうのは、相手を尊敬する気があるからこそ自然に出てくるものだ。その気もない相手に懇切丁寧に対応するのは何か違う気がする。



「実技試験については問題はないだろうが、知りたいか?」

「いちおう」

「騎士養成科の実技試験は模擬戦だ。相手は学院の教官がするのだろう。

 騎士養成科の教官は、国に任命をされた騎士が務めている」

「ふむ……」

「お前はまだ体が小さいが魔技を抜きにしても合格基準には達するはずだ。

 主に見られることとしては、騎士にふさわしい堂々とした振る舞いだ。間違っても実践的な姑息な手段は使うな」

「えっ」

「回避をするよりも防御を主体にしろ。打ち込む時は真正面からだ」

「なにそれ……?」

「試験の時だけだ。見ているのは技量ではなく、騎士に足る素地の部分だ。納得できなかろうが我慢しろ」

「……へいへい」

「それとお前は家名がないが、オルトヴィーン様よりレヴェルトと名乗ることを許されている」

「え、そうなの?」

「もっとも、オルトヴィーン様が後見人であって、正式なレヴェルト家の者ではないと必ず主張しろ」

「……りょーかい」

「では」

「ん?」

「最後の手合わせをしてやろう。表へ出ろ」




 ぼっこぼこにファビオにやられて宿屋へ帰る途中、不意に、ずっと欲しかった音が聞こえた。


 空気をビィンと振動させる弦の揺らぎ。

 その発弦楽器は俺のよく知るものとは僅かに違い、限りなく近かった。



「ファビオ、ちょっと……!」

「レオンハルトっ? どこへ行く、待て!」


 踏み鳴らされて固い土の地面を蹴る。人だかりがあった。

 その向こうから賑やかな、明るい音が聞こえてくる。これは、そう、それは――



「リュートかっ!」



 丸みの帯びた膨らんだボディー。ネックの先端は後方に折れ曲がっている。

 張られている弦は俺の知るギターとは違い、2本ずつに見える。撫でるようにボディーの上で弦がなでられ、共鳴孔から増幅された音が飛び出る。


「お前は音楽に興味があるのか?」


 追いついてきたファビオに持ち上げられたかと思うと、肩車をされた。高いところからだと、よく見える。


「ファビオ、にゅーがくいわいに、あれかって」

「……弾けるのか?」

「ひける、ひけないじゃない。ひくんだよ」

「無事に入学試験に合格すれば買ってやろう。だが、お前が音楽を奏でられるようになったら必ず、オルトヴィーン様に披露しろ。そのための投資だ」

「オーライ!」


 その演奏が終わるまで、ファビオに肩車をされたまま聞き入った。

 レオンハルトとして生まれてから6年。ずっと待っていた楽器との出会いに俺の胸は踊っていた。



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