ファビオとともに
「学術都市スタンフィールドまでの道中、くれぐれもレオンのことを頼む」
「ハッ、慎んで拝命いたします」
「おおげさな……」
とうとう、レヴェルト邸を出る日がやって来た。
レヴェルト邸での日々はオルトの武勇伝をゲラゲラ笑ったり、どうにかこうにか魔法が使えないもんかとソルヤにつきあってもらったり、魔法戦なるものの特訓をファビオに強要されたりと、充実していた。
だが始まりがあれば終わりもあるもので、王立騎士魔導学院の入学に合わせて出発する日がきた。
それなりに距離があるとのことで、オルトはファビオに俺のお守りを任命した。
つまり、ファビオと2人旅になる。
「レオン、キミはよくよくわたしのことを分かってくれていると信じている」
「まあな」
「期待しているよ」
ファビオが手綱を握る馬に俺も一緒に乗っている。
オルトと握手を交わしてからソルヤを見た。
「お前は魔法より、魔技を磨く方が建設的だろう」
「……やっぱり?」
「諦めきれないのならば努力を怠るな。
多少の改善が見込める可能性はある」
「……どれくらい?」
「…………達者で」
露骨にスルーされた。
まあいい、どうせ、今生の別れにはならない。
かなりあっさりとだが、オルトが俺の後見人となった。
要するに、保護者や、パトロンみたいなもんだろう。そもそもじいさんが海から拾った、という時点で俺は、個人を証明する手立てがなかった。
だがオルトが後見人となったことで騎士魔導学院の学費も出してもらえるし、大きな街や、都に立ち入る際の身分照会ができるようになる。レヴェルト家の紋章が入ったナイフみたいな小さい剣までもらってしまった。困ったらこれを見せれば良いらしい。
そんなわけで、学院とやらを卒業しても一旦はこのレヴェルト邸へ戻ることが決まっている。その時はじいさんのところへも顔を出そうと思っている。
「それではオルトヴィーン様、行って参ります」
「いってきまーす」
「ああ、行ってらっしゃい」
ファビオが馬を歩かせ始める。
数週間ほど滞在したメルクロスの町を、ファビオとともに旅立った。
「うまって、べんりだ……」
「そうだろう。
この馬は名をヴィッキーと言い、オルトヴィーン様が大切にされているのだ。
ヴィッキーは良い馬だ。何せオルトヴィーン様のご寵愛を受けているのだからな。このタテガミが、その表れでもある」
ファビオは、オルトに神か何かのように心酔している。
三人称になるとオルトを我が主とか言うし、オルトが白と言えば黒いものでも白くなる。それがファビオだった。
最初こそ、苦手な感じのやつだと身構えていたが割と気楽な関係を築けた。ファビオにとっての価値観はオルトが基準になっているから、オルトに有益な者や、オルトの気に入っているものの優先度が高い。それでもたまに嫉妬して、オルトに楯突いて、俺がそうされたように試されることになるんだろう。
俺はその試練もどうにかオーケーをもらったから、ファビオはあれきり、気にかけてくれるようになった。少しうざいくらいだが。
しかしファビオは実に有能な人物でもある。多少の行き過ぎた忠誠心と、頭の固さに目を瞑れば。
まず、腕が立つ。エルフということで魔法も得意にはしているのだが、ファビオは剣の腕も大したものだ。俺が試された時はそこまでというほどでもないが、後日、俺に舐められていると感じたのか、またファビオに外へ連れ出されて手合わせさせられると完膚無きまでに叩きのめされた。
まあ、強い。
想像以上に強かったし、じいさんより多分強かった。
天狗になりかけだった俺の鼻をぽっきり折ったファビオはご満悦になり、それ以来色々と世話を焼いてくる。
「目を見ればどこを狙うかは分かるものだ。わたしの目を見ろ」
「やろうとみつめあうとか――うぉぉぉああああ、あっちいわ、ボケっ!」
「オルトヴィーン様に後見人になっていただいたのであれば相応の実力を伴ってもらわねば困る。
軽口結構。だが、わたしはそんなものにいちいち惑わされはせん。
さあ、わたしの目を見ろ、続けるぞ」
惑わそうとしてるつもりはない。――が、まあ、そんな感じでファビオにはこってり絞られることになった。
ちなみに魔法については、本格的に才能がないと発覚した。
どうも魔法というのはイメージしたものを魔力によって再現をする奇跡らしい。だが、想像さえすれば何でも叶うというわけでもない。そうなりゃ、世の中はめちゃくちゃにもなるだろう。
魔法のプロセスについてソルヤを質問攻めにした感じだと、こんな具合だった。
1 魔力が魔法のエネルギー源となる
2 イメージしたことを魔力を用いて再現したものを魔法と呼ぶ
3 ただし一度に魔力を放つための弁のようなものがあり、その弁の開き方――どれだけ一度に魔力を放てるか、というものに個人差がある
で、俺の場合はそもそもの魔力がない点。
イメージについてはよく分からないが、3点目に挙げた弁が、俺の場合は穴空きというもののせいでガバガバになっているらしい。
便宜的に弁とは称したが、聞いた限りでは汗を出すための汗腺にも似ている。汗腺がなければ汗をかけない。が、逆にこれがガバガバだと、垂れ流してしまう。俺が魔技を使う時はどうにかこうにか、この汗腺をコントロールしているような状態だともソルヤは言った。
それなら魔法だって使えそうなものだが、魔技というのは魔力を体に留めて扱うものだから、その状態で魔法を使おうとすると、放出弁を用意しないとならない。
本来備わっているはずの放出弁を使おうと、あれこれ試してはみたが、こいつも俺のは欠陥品だった。
普通の人は蛇口のようなものがついているが、俺の場合は蛇口どころか針の穴だ。ムリにそこから魔力を出そうとすれば破れるし、丁寧にそこから出そうとしてもたかが知れる。
本格的に、魔法は諦めた方が良い――という結論に至らざるをえなかった。
あれこれと、これまでの俺のことについて話したら、小さい子どもはたまに癇癪を起こしたりして魔力を発散させるらしい。
この時、無意識に魔力は魔法となってシャレにならない事故や、ほほえましい事故を起こしたりするらしいのだが、俺はそれをしたことがない。
だから、じいさんは俺が魔力欠乏症だと気がついたのかも知れない。
こうして色々と知ると、魔技というのが確かに邪道で、読んだやつが軒並み眉唾と思ったのも分かる。
そもそも、魔力というのは魔法にする以外に使い道がない。それが常識だったのだ。なのに、魔力を魔力で使おうとするのが魔技だ。
こいつの存在を知ってて、本当に良かったと思う。
あとこの魔技――魔力を操るという感覚は難しいらしく、オルトとファビオとソルヤが俺の貸した本を読みながら挑戦してみたがさっぱりできていなかった。
魔技について分析したソルヤ曰く、
「すでに魔法を使えてしまう身では自然と魔力を放出弁から出そうとする癖がついているのかも知れない。
レオンハルトが魔技を使いこなせているのは、その感覚を知らぬままに魔技の訓練をしたからだろう」
とのことだ。
あとソルヤが俺が穴空きだと分かったのは、ファビオに試された時に俺が魔力の制御をとちって鼻血ブーした時、魔法をかけたからだ。
ちょっとした極楽気分を味わえたあの魔法はいわゆる回復魔法というやつで、本来ならばたちどころに俺の肉体的な損傷を治すはずなのに魔法が俺に浸透しなかったらしい。俺が穴空きだから。時間をかければじっくりゆっくり治せるらしいが、それでも小さな切り傷ひとつでも通常の何十倍もの時間を使うはめになるらしい。
他人の体に作用する魔法というのは俺には通用しない。
少し浮かれかけたが、そういう魔法の大抵は傷を治すとか、病気の治りを良くしたりするものだから大したメリットはないとも言われた。やるせない。
これから腕っ節を身につけるにあたり、魔技は俺の生命線になるから訓練を怠るなとファビオには耳タコになるくらい言われた。
まあでも、俺が習得している魔技はまだほんの少しだけ。
これからどんどん覚えていけば、魔法にも劣らぬことができるとソルヤは太鼓判を押していた。ここのところ、新しく習得できたものはないけど。
……うん、大丈夫。成長期はまだ終わってないはず。
これが俺の現状である。
騎士魔導学院とやらに辿り着くまで、ファビオの見立てでは約三月。
朝と夜にはファビオにしごかれ、道中はファビオにいかにオルトが素晴らしいかと語られる。
それを聞き流しながら魔技の練習。
そんな旅路だった。




