濡れる枕
知れば知るほど、オルトはぶっ飛んだやつだった。
レヴェルト領というのはけっこう田舎の方らしいが農耕も漁業も盛んで、安定して食料を作っているし、土地も広い。
それを治めるレヴェルト家は古くからの名門貴族で、爵位もあるんだとか。
で、まあそこからだ。
オルトは昔から、それはそれはつかみ所のないやつだったらしい。
1番最初にオルトがやらかしたのは、騎士魔導学院の在学中。それはそれは、名誉のあるものをレヴェルトという家名があるがために授与されたらしい。
何かの、賞だかの授与者へ送られる品で、マントだったんだとか。
しかしオルトはそれを欲しがってもいなかった。興味もなかった。
「売れば金貨100枚くらいにはなるだろう、って冗談を聞いていたのだ」
「まさか……」
「ああ、商会へ持っていってね。その金を元手に、見た目だけはそっくりな、同じマントを量産して貧しい土地に済む人々へ好きなように使ってくれと配りまくったのさ。それを見た、あのバカ貴族どもときたら……ふっ、くくっ……ははははっ!」
貴族としては、それはとにかく名誉なものらしい。
だがレヴェルト家に恩を売りつけようと勝手に謙遜をし合い、結局オルトにマントは渡った。それなのに、オルトは完全に踏みにじってやらかした。
翌年からは、その名誉あるマントは消えたらしい。
何せ、大勢の庶民が――しかも貧乏人がそっくりな偽物を身につけてしまっているのだ。
貴族としてはもう、そうなってしまったものに魅力などを感じないらしい。オルトが配りまくったのも、耳障りよく「貴族は施しを与えるべき立場である云々」と主張をしたから、表立った文句も言わさなかったんだとか。
政略結婚をさせられそうになった時だって、手痛い反撃をしたらしい。
また次に同じようなことがあれば、メルクロスに住んでいる未婚女性の希望者全員と結婚でもしようとか言っている。
それから、政略結婚の貴族の娘をめとろうとすれば、面子も丸潰れという寸法だ。冗談ではなく、本気で実行に移せそうだからとんでもない。
聞いてれば愉快な話だが、オルトの従者AとBや、屋敷の使用人は切実に悩んでいるらしい。
それでも悪戯で人を傷つけはしないどころか、世のため、人のためになることをたくさんしているから人望も厚いんだとか。
ひたすらオルトが悪さ(?)自慢をしてくれた晩に、眠い俺の枕元へやって来て、そんなフォローをしまくった。
ちなみにオルトはレヴェルト家の当主だが、見たことがない通りに家族は一緒に暮らしておらず、大きな都にある家で生活をしているんだとか。オルトが変人すぎて手に負えずに逃げ出したのかも知れない。
そんな楽しい友人がひとりできたところで。
今後の俺についてのことも、色々と決まっていった。
「騎士魔導学院へ入学をしてもらうが、レオン、あらかじめ言おう。
キミはつまらない嫌がらせをこれでもかと受けるはずだ」
俺が穴空きの、劣等体質だから。
ついでにオルトが後見人となるから、オルトの悪行――もとい草の根活動に心を痛めたことのある貴族は、間接的に俺を痛めつけようとする可能性も高いらしい。
「そういうわけだから、キミは決して負けることなく、強くあってくれ」
そんな嫌がらせを物ともせず、逆に暴れてしまえ、というのがオルトの作戦だ。
かなり俺と波長が合う発想をしてる。難しいことなんざ言われたって分からねえし、その方が気楽だ。
「でも、できる? そんなの」
「魔法については難しいだろうが、キミには魔技がある。
それに銛捌きも見事だし、思い切りが良い。
騎士魔導学院は大きく、騎士の養成と、魔法士の養成を目的としているのだが、騎士養成の科に入れば問題はないだろう」
ちなみに、この世界で一般に騎士と言われるのは、騎士団なる組織に入っている者を差す。
騎士団というのは国のために戦う連中らしい。ま、軍隊みたいなもんだよな、多分。
そして魔法士というのは、魔法使いっていうイメージと大差ない。
魔法を生業としていれば、それは魔法士となるらしい。アバウトだが、そういうことらしい。
で、騎士魔導学院というのは王の命令で、この騎士と魔法士を養成するために作られた。
騎士養成科に入れば礼節や法、何より腕っぷしを叩き込まれていく。かなり面倒臭そうだ。
魔法士養成科に入れば魔法を使うための様々な勉強や、訓練を受けられるとのこと。こっちのが自由そうだ。
「れーせつとか、ほうりつ? それ、いる……?」
「レオンには必要がないかも知れないが、騎士には求められるのだよ」
「きしのほうにはいっても、おれ、きしになるつもりないよ」
「それでもいいさ。その時は個人的にわたしがキミを雇用したっていい」
それはそれで、退屈はしなさそうだが――。
そうなるとしても、やることをやった後になりそうだ。
「まほうをつかってみたいのに……」
「残念ながら、穴空きではムリだろう」
「やっぱり?」
「そればかりは」
「いや、可能性はあるぞ、オルト」
ソルヤが口を挟んできて、俺とオルトは彼女を見た。
ちょめちょめ歳のソルヤはエルフとしてはまだまだ若いらしいが、それでも100年以上を生きている。人間の知らない知識や魔法なんかにもエルフは精通をしている。
「まほう、おれ、つかえるの?」
「魔技なる技術を使っているのだから、可能性はある。
魔力がなくとも、レオンハルトは周囲から魔力を取り込むことで扱っている。
それができていれば、穴空きだろうが、劣等体質だろうが、関係ないかも知れない」
目から鱗だった。
魔力がないから魔法が使えない。
でも、その魔力をもらってきている状態なら、魔法が使えるかも知れない。
よくよく考えれば当然だ。
「どうやったらまほうつかえる!?」
「…………可能性はあるのだが、こんな発言をするから望みは薄い」
真顔でソルヤはそう言って、オルトとファビオは頷いていた。
この一喜一憂させてくる感じ、何なん? マジで。
魔法はファビオよりもソルヤの方が得意らしい。
と、いうわけで魔法講座が始まった。生徒は俺のみ。
「魔法は想像力だ」
「そーぞーりょく」
「魔力を集めて、念じれば出る」
「…………くわしく」
「火をイメージしろ。魔力を集めろ。その火をぽんと出せ」
じいさんに、どうやって魔法を使うの聞いた時も似た感じだったな。
凍れと念じてポン、とか言われた記憶がある。
でも、あの時は魔力を集めることもできてなかったんだ。
今は違う。今こそ、俺も魔法デビュー!
魔力を集める。
人から魔力をもらう方が扱いは楽だが、接触していないといけない。だから、大気中の魔力を常にもらっていく訓練をした。最初はてこずったが、今じゃ簡単だ。
ただ魔力っていうのはとんでもない量があって、これを取り込んでいく時の勢いをミスれば破裂しそうな感覚になる。調整が難しい。ふつふつと、熱いものがたぎってくる。全身にみなぎってくる。
そして、火をイメージ。
めらめらの火。篝火のように、揺らめく大きな炎。
炎よ、出ろ!!
「とうっ!!」
ぽん。
しゅぼっ。
ほんとに小さな火が出たかと思えば、燃え尽きて消えた。
「…………」
無言。
俺もソルヤも、黙っていた。
まだ、取り込んでる魔力はたんまり体に残ってる。
これを使って立派な炎をどーんと出すつもりだったのに、出てきたのは野いちごサイズ。ファビオに試された時に使われた魔法と違い、これが膨れて爆裂するようなこともなく消えてしまった。
煙も出さずに。
最初からなかったかのように。
「……なにがいけないの?」
「才能だろう」
「どうにかならない?」
「どうにもならない」
その夜、枕を濡らして俺は寝た。
何回やっても、ちょろっとしか出てこなかった。
俺には魔力も才能もないらしかった。
火の玉でお手玉をしてたミシェーラ姉ちゃんがすごかったんだと、俺はやっと理解した。