忠烈の士
オルトヴィーン・レヴェルト。
29歳。人間。男。独身。レヴェルト領の領主。
ファビオ・シュレーダー。
138歳。エルフ。男。独身。オルトヴィーンの従者A。
ソルヤ・シュレーダー。
ちょめちょめ歳。エルフ。女。独身。ファビオの姉にしてオルトヴィーンの従者B。
それがレヴェルト邸で紹介を受けた3人の簡単なプロフィールだ。
やたら美形だと思ってたファビオとソルヤはエルフらしい。
ざっと人間の10倍は生きられる上に、顔は美形で魔法に優れているんだとか。でもってお決まりのように、あまり人と関わって暮らすこともないらしいのだが、そんなエルフの姉弟を従者にしているオルトヴィーンがすごいらしい。
ちなみにソルヤは年齢を言わなかったが、ファビオの姉というのがぽろっとオルトヴィーンの口から発覚し、ファビオは隠すことなくエルフであることと年齢を言っていたので、まあ、最低限の年齢は知ってしまった。
「さて、キミを学院へ推薦するにあたって……学院で、キミが万が一にも落ちこぼれてしまったりすれば、わたしの名に傷がつく」
「……そんなのきにする?」
「この2人がそう言って聞かないんだ」
オルトヴィーンはのほほんとしちゃいるが、けっこうストレートに物事を言う。
この2人が、と示されたファビオとソルヤはふいっと別々の方を向いている。
「だから2人と軽く手合わせをしてもらおうと考えていた」
「……かんがえて、いた? かこけい」
「そう、過去形だ。だってキミは主をあっさり倒してしまった。
食い意地の張ったソルヤが大きくなるまでは追い返し続けて、肥えたのを食べようと画策していた主が――」
「オルト! 何を言ってる!? それを言い出したのはファビオ!」
「なっ!? 違うぞ、ソルヤ! いずれバレるのに化けの皮を被ろうとするな!」
ぎゃーぎゃーとファビオとソルヤが言い合い始める。
「化けの皮とは何だ!? これがわたしですが、何かっ!?」
「そうだな、すぐに他人のせいにして自分を綺麗に見せようとするのがソルヤだ」
「何ですって、ファビオ!」
「ムキになっていいのか、レオンハルトが見ているぞ」
「ハッ、しまった……!?」
アホなのか、こいつは。
オルトヴィーンが楽しげにほくそ笑んでいる。
「まあともかく、キミは主を倒した。
この2人でないと倒せないだろうと言われていた、主を。それだけでもう最低限の力は見せてもらっていると、わたしは考えている」
「お言葉ですが、オルトヴィーン様」
「どうした、ファビオ」
「あの程度の魔物は少しの経験があるものならば手を煩わせるものではないかと」
「それが?」
「……レオンハルトの実力を、まだ認めたわけではありません。
ソルヤともども、わたしもまだ反対です」
この石ころ頭はそんなに俺が嫌いか。
そんなに一回じいさんに追い返されたのが腹立たしいのか。それとも忠犬すぎてご主人様が俺を気にするのに嫉妬でもしてやがるのか?
「……レオンハルト、キミはファビオの機嫌を損なうことをしたかい?」
「ぜんぜん」
「覚えていないのか、貴様は……」
ぷるぷるとファビオが肩を震わせているが、会ったのはこれで3度目だ。
何もしてない。はずだけど。
「なにやったっけ?」
「貴様は!
オルトヴィーン様がわざわざ足を運んだというのにげらげらげらげらと……!
その侮辱を忘れたと言うのかぁっ!?」
根に持ってるなー、こいつ。
しかもふうふう言ってるし。興奮しすぎ。
「ファビオ」
「ハッ……申し訳ありません、オルトヴィーン様」
「いや、わたしのためにそこまで怒ってくれてありがとう。
でもね、わたしは気にしていないんだ、怒らないでほしい。
それに彼は見ての通りの幼子なのだから」
ここでおどけて、てへっ、とかダブルピースとかしてみたら、ファビオはブチギレるんだろうな。
やってみたいがこらえておいた。
「ただ、キミの気が済まないのなら――」
ん? あれ?
ただ、って何だよ。仕方ないなあ、みたいな言い草するなよ。不安になる。
「1度だけ、彼を試す機会をキミにあげよう。わたしも気になることがある」
「オルトヴィーン様……! ありがとうございます」
「え、ちょっと……」
「明日にでも行うとしようか。レオンハルト、ダメだったらチェスター老のところへ帰りなさい」
「おいっ!」
「オルトヴィーン様の決定に従わぬのなら、すぐに帰ることだ」
そんなに早く出戻れるかよ。
反論の余地はなく、翌日に俺はファビオに試されることになってしまった。
「あーあーあー……めんどーくせー……」
牡丹鍋を食いたかったのに、味噌がなかった。
代わりにてんこもりの野菜をぶち込んで、ショウガをぶっ込んで、塩で味つけをしてはみたけどビミョーだった。
それよりもコックがあっさり作ったやつの方が断然うまかったりした。何あのペーストみたいな、パテみたいなの。酒が飲めたら、あてにすりゃ最高にうまかったはずだ。コンビーフ的なねっちょり感と旨味と絶妙な塩気がたまらなかった。ごま油とマヨネーズをちょいちょいとやったら、もっとうまくなりそうな――いやいや、ないものねだりはすまい。
で、何のかんのと寝ろと言われて客間のベッドなう。
明日になったらファビオに試されなきゃいけない。強そうな感じはしないけど、じいさんみたいにただのじいさんにしか見えないのに強かったりする例もある。
それに、強そうな感じはしない――にしろ、オルトヴィーンの従者Aで、エルフだ。少なくともあのイノシシの魔物をあしらうくらいのことは余裕みたいな雰囲気も感じたし。
青い月の輝きが部屋に差し込んでいる。
窓からは青い月。影に塗られた山。満天の星空。
体が幼児サイズでなくともデカすぎるベッドで寝返りを打つ。
じいさん、今ごろ爆睡してるのかな。
そう言えば寝床だけはずっとじいさんと同じだった。やべ、ホームシックか、これ。
いやいやいやいや、違うぞ。野宿が続いてたから気にしてた余裕がなかっただけで、じいさんは老い先も短そうだし、生き方がロックだから少し気になってるだけだ。俺自身が寂しいとかそういうんじゃない。むしろ、じいさんが寂しがって抜け殻みたいになっていないかっていう不安だ。そう、そういうことだ。
「…………じーじのさかな、くいてえなあ……」
あの何でもないような、素朴だけど滋味に溢れた味。
皮はぱりっと、身はふわり。雑に塩だけ振られてて、淡白な魚の味を塩が引き立てる、ただの焼き魚。
それを思い出そうとしながら、毛布を被って目を閉じた。少し滲んだ涙は、6歳児として当然の反応ということにしておいた。
レヴェルト邸の食堂はデカい。
アホみたいに長い――横並びに十数人が座れそうなテーブルが置かれている。で、そんな20人以上が余裕で食事できるテーブルの、端と端で俺はオルトヴィーンと向き合ってメシを食う。すげえ、落ち着かねえ。
「客人がいないと寂しいものだが、この者達がうるさいんだ」
俺の心を見透かしたかのようにオルトヴィーンはそんなことを言った。この者達――とは控えている使用人だろうか。ある程度の家にはやはりメイドだのの使用人がいるようだが、俺の生家より断然、人数が多い。
「オルトは無頓着すぎる。自覚を持て」
「こんな具合だ」
口答えをしたのはソルヤで、オルトヴィーンは肩をすくめた。
まったくこの人は、とばかりに使用人達が顔を苦くしている。ソルヤも同じような顔だが、ファビオだけは仏頂面を崩さない。
「ま、いいけど……おれにかんけーないし。おかわりあるの?」
「あるだけ食べなさい。レオンハルトに追加の食事を」
オルトヴィーンは食えない人物だが、かなり柔軟なやつに見える。不満なことは口にするが、抵抗をするでもなくチクチクと言う。俺が何か要求すれば通してくれる。だけど、扱いやすそうな感じはしてこない。細かいこたあどうでもいいんだ、とばかりの様子で、器が広いというよりも、本人にはどうでも良いという感じなのかも知れない。
「食事と腹ごなしが済んだら屋敷の者へ言いなさい。ファビオが昨日からうずうずしている」
「お言葉ですが、うずうずはしておりません。礼儀知らずの人の子へ、仕置きをする機を今か今かと待っているのみです」
それをうずうずしていると言うんじゃないのか。
オルトヴィーンは食えないほほえみをしながら、席を立った。
「ともあれこの調子だ。どうか、このファビオの鼻っ柱を叩き折ってくれ」
先にオルトヴィーンは食事を済ませて行ってしまった。
俺はバケットにイノシシ肉のパテみたいのを塗りたくって、口に押し込んでいく。このねっとりした脂と塩っけが最高にうまい。
ファビオはそんな俺に、敵愾心を燃やした眼差しを送ってからオルトヴィーンに続いて食堂を去った。




