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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#3  領主とエルフと俺
20/522

うまい、話



 猛進してくるイノシシのような魔物。

 踏ん張りを利かせながら銛を思いきり繰り出したが、顔を振られて牙にかち合った。

 押し負けないように後ろ足を踏ん張るが、根を上げたのは地面の方だ。ぼこりと足が埋まるような感触がするなり、そのまま姿勢を持って行かれて吹っ飛ばされる。



「クッソ……!」


 体格差。それに長い銛の扱いの不慣れ。

 そういうのが足を引っ張った。だが、まだ動ける。

 魔物の方もほんの数秒だが止められた俺に敵意を抱いたらしく、数十メートル向こうで止まって方向転換をしている。


「でけえな、しかし……」


 どこぞのモノノケなお姫様に出てくる主様みてえだ。

 体高は3、4メートルはあるんだろうか。体長は――考えたくもねえや。

 それにぶつかり合って分かったけど、あれは筋肉の塊だ。ごわごわの固そうな毛の下は筋肉と骨ばっかがみっちり詰まってるに違いない。


「フシュゥゥ……」


 向こうはデカくて、こっちは小さい。

 そんなら、腹の下にでも潜り込んで腹を開くか。

 じいさんの銛に魔纏を使えばそれくらいはできそうな気がする。

 問題はタイミングとやり方だな。タイミングはいい。けど、あいつは突撃してくる時に顔を下げてて、体の下に潜り込むのが難しそうだ。となると、一発ガツンと見舞って、顎をかち上げてやって――まあいい、出たとこ勝負だ。



「きやがれ、デカブツ」

「ブゥゥモォオオオオ―――――――ッ!!」


 地響きのする重量級の猛突進。頭を低くしている。

 ああして、ぶつかるタイミングで、牙を突き上げてくるわけだ。あいつの下へ滑り込むには、まずはあれを捌く!


 銛を短く持って待ち構える。

 銛を持つ両手の間隔は大きく開いて、力を乗せやすいように握る。


 勝負は一瞬だ。身を低くする。

 できるだけ低く、銛は斜め上へ浅い角度で繰り出せるように。

 近づいてくると、走るだけの振動で揺れる。なかなか、とんでもない。だが。



「そこかぁっ!」



 銛を突き出す。

 牙をぶつけてくる。デカブツのくせに、器用だ。

 だが銛の先端部を滑らせるようにして、俺はその下側へと潜り込んでいく。受け止めずに、流すようにして。地面と魔物の顎の下をすり抜け、銛を下から改めて突き出す。銛の柄尻を地面に立てる。そうして長い銛を垂直に立てていく。


 血が雨のように俺へ降りそそぐ。

 切っている。切れている。



「おぉぉっ、らぁああああああああ――――――――――――――っ!」


 魔纏で銛を頑丈に、先端は鋭利に。

 俺自身も潰されないように魔鎧で守りながら、銛で一気に腹を切り開いていった。



 俺にかかっていた影が消える。手応えが消えていく。

 素早く銛を構えながら振り返ると、魔物が血の線を引きながら地面へ伏していた。それでも足を動かそうとしている。



「しぶてえんだよ、なべのぐのくせに」


 顎の下から脳みそまでを一気にぶち抜くと絶命した。

 全身血塗れだ。気持ち悪いし、生温い。生臭い。だけど、とんでもないのを仕留めた。牡丹鍋だ、牡丹鍋。でも、このサイズを捌くのはひとりじゃむずいし、手伝ってもらったりしないと――と思って振り返る。




 大変、怯えた様子のメルクロスの人々がそこにいました。



 改めて自分の格好を見る。

 そうだよな、気持ちは分かる。

 6歳程度のガキが長い銛ぶん回して、クソデカいイノシシの魔物ぶっ殺しちゃったんだもんな。割と容赦なしに、頭を潰すトドメだったし。折角買った服も血塗れだし。



「えっと、あー……レヴェルトきょうの、おうちって、しってます?」


 牡丹鍋にはしゃぐより、オルトヴィーンにどうにかしてもらおうと思った。

 どん引きされてると案外、居心地は悪いもんだ。だが尋ねてみても、露骨にビビられる。一歩出ようものなら、五歩は下がられる。これはマズい。



「――皆さん、恐れる必要はございません。彼はレオンハルト、わたしの客人です」


 どうしたもんかと悩みかけたら、そんな声がした。

 ビビっている人々の集まりが割れ、オルトヴィーンがファビオを引き連れて歩いてくる。1年ぶりに見たが変わってなかった。小屋では馬鹿笑いした格好も、庶民の中から出てくるとすごいやつオーラを纏っているかのように見える


「こんにちは、レオンハルト。思っていたより、来るのが遅かったね」

「もう、じかんぎれだったり……する?」

「いいや、待っていたよ。さあ、皆さん、今日はこの肉を分け合い、食べましょう。

 この少年はレオンハルト、わたしの客人にして、将来有望で才能溢れる騎士の卵です」



 オルトヴィーンが言うだけで歓声が上がる。

 ファビオが近づいてきたかと思うと、布で顔やら腕やらを拭かれまくった。


 ていうか、何か……誉められはしたけど最後に変な言葉が入ってた気がする。



「きしの、たまご?」

「詳しい話は屋敷でやろう。

 大丈夫、主の肉はあとで持ってこさせるから」


 オルトヴィーンはどうにも腹の内が分からねえやつだった。





「もっとちょろちょろのひで、ことことことやるんだよ」

「はあ……」

「わかってる? ほんとに。つよいひでしたら、かたくてまずくなるぞ」


 うだつの上がらなさそうなコックの返事は曖昧だ。

 ったく、折角のイノシシ肉だっていうのに何も分かっちゃいない。生前は牡丹肉を臭いだの言って毛嫌いしてるやつがいたけど、それは食い方が間違ってたか、鮮度がなかっただけだ。俺はジビエ料理の店で教わった。イノシシは、うまい。弱火でことことことことと根気よく煮れば煮るだけ柔らかくなる。下処理も丁寧にすれば臭みもなくなる。


 だというのに。


「あのう……この調子じゃあ、食事の時間が……」

「しるか、うまくくうのがさいゆうせん。そのままな」


 このコックは分かっちゃいない。時間に間に合わせるだけが料理じゃねえだろうが。

 俺用の台を降りて、厨房を出ていくとファビオが出たところの廊下で壁にもたれかかって待っていた。



「我が主が待っている。ついて来い」


 レヴェルト邸はデカかった。生家よりももしかしたらデカい。

 メルクロスの町の奥に位置していて、屋敷の裏には山まである。緑の中にそびえる、石造りのデカい家。

 内観も豪華極まりない。意味あるのかよってくらいに装飾の施された柱があるし、シャンデリアなんていうのも吊り下がっていた。

 生家は素朴な、言っちゃえば木造建築だったけど、こっちは本物だ。

 いや偽物とかがあるってわけでもないんだろうがグレードが違うような感じがする。



「失礼いたします」


 ファビオが一室のドアをノックし、開けた。

 そこがオルトヴィーンの部屋なのか、応接間のような場所なのか、とにかく屋敷の主はそこにいた。刺繍の施された布の張られたソファーに座っていた。

 オルトヴィーンの後ろには若い女もいる。オルトヴィーンやファビオとそう年齢の違いは見られないが、やけに綺麗な女だった。本当にここには美形しかいないのか。……あ、でもコックはじめ、使用人は普通だったな。


「そこへかけなさい、レオンハルト」


 言われるままにオルトヴィーンの向かいのソファーへ座る。

 オルトヴィーンは正面のソファー。ファビオと、ガラス細工を思わせる美しい女は、その後ろに立っている。この2人はオルトヴィーンの部下みたいなものなのかも知れない。3人をまとめて視界に入れると、神々しく見えてきてしまう。


「さて……ここへ来たからにはレオンハルト、キミはあの誘いを受けてくれるのだね?」

「つよく……なんとかって?」

「そう」

「でもそれ、ぐたいてきに……なにがどうなるの?」


 前はじいさんが話を打ち切ったばっかりに、詳しいことを聞けていない。

 さっきちらっと、首を傾げたくなるようなワードは出てきたが、まあそれは置いといて。



「キミを王国で設立されている、騎士魔導学院へ推薦しよう」

「……きし、まどー……がくいん」

「そう、簡単に言えば騎士になるため、魔法士になるための学校だ」

「ならなきゃいけないの?」

「卒業者の全員がその進路を選ぶわけではない。

 騎士や魔法士にもなれるが、その学院を出ていればどこへ行っても引く手数多になるだろう」


 大学みたいなもんだと思えばいいのか? しかも王国で設立とか言ってるし、国立大。

 それを推薦となると、やっぱこいつってすげえのか? でも勉強ってのは性に合わねえんだよな。


 それに。


「なんで、すいせんしてくれる?」


 俺みたいなガキに恩着せがましくする理由が分からない。

 強い人間を求めてるとか前は言ってたが、それも意味不明だ。うまい話にゃ裏がある。生前の俺は何度煮え湯を飲まされたことか。



「人の歩むべき道筋を照らすことが、わたしの使命だからさ。

 あなたのような若くして才能にあふれる少年を見ては、その可能性を増やしてあげたくなる」



 ふうむ……。よく分からん。が。疑ってたって仕方ないし、何にせよここへ来たのは俺の意思だ。

 多少の裏があろうが目をつむるしかない。容認できなきゃ暴れてやりゃあいい。


「まあいいや、よろしく」

「よろしく、レオンハルト」


 オルトヴィーンは終始にこやかなほほえみを浮かべていた。

 だが後ろに控える美男美女――並んでるのを見て気がついたが顔立ちが何となく似てた――は、彼らの主の背に目がついてないのを良いことに俺を睨んでいた。ああいう目は知ってる。馴れ馴れしいぞ、お前、って偉いやつの取り巻きが向けてくる感じの視線だった。



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