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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#19 アイウェイン山脈
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契約と責任





 誰かに背負われるのは、ディオニスメリアの王都ラーゴアルダで、毒を盛られて体調最悪な時にオッサンにやられた時以来だ。

 オッサンならまだ分かる。あれは大人だ。


 が、今はリュカの背にいた。

 背は相変わらず、俺よりちょい低い程度。それでも大差ない。

 ガキんちょみたいに思っちゃいたが、思い違いも甚だしかった。背負われてみてから初めて、もう子どもと大人の境目にいるんだと思い知らされた。


 それにさっきの魔物と戦ってる時だってそうだ。

 ちょっと一緒に訓練をしなくなっただけなのに、見違えたかのように剣を振るっていた。ただ力任せに振るう剣ではなく、技術があり、自分で工夫を凝らして磨いた剣になっていた。俺がメシを作り、食い終わるまで、ずっと振っていた成果なんだろう。



 だが、そんな成長をしんみり喜んでる場合でもない。

 エノラも、その後へついて俺を背負っているリュカも、歩調はかなり早い。小走りしているかのようなペースだ。そのせいで揺れ、いちいち傷口に響くが仕方ない。


 外気が低いから、悪い病原菌もいないだろうということで、血を拭くだけ拭いて、痛まないように包帯で固定だけして担ぎ上げられた。消毒なんてなしだ。薬草をすり潰して傷口にもみこむことさえしなかった。


 ずぶ濡れになった服は手当ての間こそ全部脱いで絞ってもらったが、それだけでまた身につけた。

 体が冷える。けっこう寒い。



 あんなバケモノじみた力を持つエノラでさえ怖れる、アイナ。

 改めて、怖くなってきた。


 ぶっ殺してやるとか言ったけど、撤回する機会があればさせてもらおう。



 しっかし、痛い。

 体も痛いが、武器を失ったのが余計に痛い。



 槍は見事に噛み折られた。

 短剣もリュカが拾ってくれたが、見事に歪んでしまっていて、鞘に納まるものじゃなかったから捨てた。


 どっちも竜退治の折にレヴェルトの武器庫からもらってきたものだ。

 あれからもう、けっこう経った。学院でも愛用したし、旅に出てからもずっと振り回し続けてきた。それがダメになってしまった。



 寂しいでも、悲しいでもなく、悔しい。

 もっと俺が強ければ武器を傷めることもなく倒せていただろう。そう思えばこそ悔しくてたまらない。


 フェオドールの魔剣は切り札のように扱ってきた。

 魔剣と聖剣についてはエノラに話してもらったが、何となく頼っちゃいけないもんだと思ってたのかも知れない。とんでもなく強い剣だってのは分かってた。だが、その強大な力に畏怖も感じていた。

 それが安易に使ってこなかった理由だと、今さらに思う。


 だが次に戦う時が訪れれば、使うしかない。

 正直、今まで愛用していた槍や短剣より、フェオドールの魔剣の方が少し使い勝手が良くなってきている。背も伸びて、体もできてきたからだと思うが、威力を乗せやすい。

 だがそれに任せて使いまくれば、あのフェオドールと同じようになってしまうんじゃないかと感じる。


 あいつは狂っていた。

 ただ殺し合いに魅せられて、好敵手を望んでいた。

 やつ自身も卓越した剣士で、火の魔法に特化した強い戦士だったのは確かだが、魔剣を手にしたことでそのタガが外れていったんじゃないかとも思う。結果、強すぎる力で孤独を深め、歪んだ想いを抱いていった。



 魔剣のせい、と言えなくもない。

 それを何となく拾って、自分のものにしてみたのだってもしかしたらフェオドールの魔剣の方から俺に働きかけてきたんじゃないか。


 あの時は、もったいなかったからとか、あの時に起きた一連のことを忘れちゃいけないからとか、自分に言い訳するようなことも考えた。だけど、無性に欲しくなったというのも覚えてる。


 これからが少し、怖い。

 フェオドールの魔剣を持ち続けていくことが。




「剣でここを切って」


 行き止まりは、氷の壁だった。

 エノラが指示すると、リュカが片手でフェオドールの魔剣を使い、器用に氷の壁を切り取っていく。急ぐことが念頭にあり、ブロック状に切り出すなんてこともせずに炎熱を利用してただ切り刻んでは溶かし、掘るようにして進んだ。


 すぐに、終わりが訪れた。

 光が溢れた。


 寒風が吹きつけてきて身震いした。

 眼下にはただただ広い、大地が広がっていた。山の反対側は冬そのものだったのに、ここからの眺めはそうでなかった。


 ちらほらと色は薄いが緑が見える。

 地平線が見える。

 丘陵が見える。

 大パノラマがそこに広がっていた。




「すっげえ……」


 リュカが呟く。



 確かに。

 美しかった。

 洞窟を出た開放感も相まり、風の冷たさを我慢して首を伸ばして見渡した。



「これがクセリニア内陸地。

 だけど眺めるのは次の機会にして。

 今はここを遠ざかるのが大事」



 下山が始まった。

 登山は登るより、降りる方がキツいと聞いたことがある。



 体が言うことを聞けばと、また自分が悔しくなった。

 魔物が出てくればリュカが相手をするしかない。俺をいちいち背負い直すのは手間だし、俺も体が痛む。だからリュカは遠慮なく魔法をぶっ放す。それをかいくぐってこられると、あろうことか俺を背負ったまま、片手で剣を振り回して倒していった。


 俺がちゃんと動ければこんな手間かけさせねえのに。



 下山にも時間を要するが、時間をかけてはいられないとエノラはやかましく言った。

 メシなんて歩きながらだ。睡眠時間はきっちり管理され、1秒とて寝ぼける時間を与えずにすぐ出発。今にも盾にしたアイウェイン山脈をぶち破ってアイナが来るんじゃないかと怯えている。


 俺も怖い。

 エノラの力を目の当たりにし、それがこんなに必死に逃げるんだから怖くてたまらない。



 アイウェイン山脈を降りた。

 肌寒さはあるが、凍えて震え上がるほどではなかった。エノラは近くの都市国家へ行くのが本来は正しい、と言った。



「でも、追いかけてきたアイナも、きっとそう思う。

 だからあえて、そこは無視してさらに遠くへ行かなきゃいけない」



 なるほど、確かに。

 が、ここから一番近い都市国家でさえ、現在地から徒歩で3日はかかると言う。



「あたしが向かうのはグラトエッタ」

「グラトエッタ」

「ここから、急ぎ足で20日もあればつく」

「じゃあ早く行こ!」


 リュカが俺を背負い直して言う。

 あまり揺するなよ、こっちは痛いんだから。



 急かしたリュカだが、エノラは黙っていた。

 歩き出そうともしない。



「どした?」

「……考えている」

「何を考えてんの?」

「アイウェイン山脈を越えた今、あたしとの契約は切れた」



 契約。

 ああ、3食保証で、アイウェイン山脈越えっていう。



「間違いなく、アイナはこれからもあたしを追いかけ続ける。

 一緒にいたら2人も巻き込まれていく」



 言わんとすることが分かってきた。

 つまりここで別れようと、エノラは言ってきている。



「だから」



 どうする。

 引き止めるのか、行かせた方がいいのか。


 ここで別れれば俺とリュカは、徒歩で3日程度の町へ行けるだろう。

 新しい俺の装備も整えなきゃいけない。そうした方が、安全だ。



 でもリュカはどう思う。

 ちゃんとした説明はしていないが、エノラが追われている身なのは理解してるはずだ。


 こいつは俺に憧れて、人一倍にヒーロー願望が強い。

 このままエノラを行かせるのは、リュカの主義には反してしまう。



 同時にこいつは、俺のことも見極めようとしているはずだ。

 エノラとともに行かないことを選べば俺が一度こいつの胸に植えつけてしまった姿を、裏切ることになる。



『レオンハルト、お前はリュカに対する責任を最後まで持ちなさい』



 バリオス卿の言葉が蘇る。

 責任。



『俺は責任とか重くってたまらなくなるタイプなんだよ……』

『それでも背負うものがあれば、力いっぱい背負うのだろう?』


 オルトにも、変なことを言われてたな。



「レオンハルト、リュカ。

 あたしはここで、2人とは別れる」



 どうする。

 リュカは何も言わない。

 エノラはじっと俺達を見ていた。


「誰かがくれたお金があるから、ひとりでもしばらくは食うに困らない」


 ヤマハミの牙を売ってリュカの得た金。

 小さい巾着袋に入れられたそれを取り出して見せ、手の中に弾ませながらエノラが言う。



「じゃあ」


 背を向け、エノラが歩き出す。



「おい待て」


 足を止め、しかしエノラは振り返らない。



「クセリニアの内陸に来たのはいいけど、こちとら海の向こうから来てんだ。

 もうしばらくガイドとして雇ってやるから、そういう話はまた後にしろ」


 そもそも、俺とリュカを助けるために加護の力をこいつは使ったんだ。

 それでアイナに間違いなく感知されてしまった。



「……ヘタしたら死ぬのに?」

「そんな綱渡り、今まで何度もやってきてんだよ」



 振り返ったエノラの顔は、珍しく不安そうになっていた。

 こいつはケチだし、面倒臭がりだし、調子のいいところもある。


 でも、ぶっきらぼうに、変なところで不器用に、人を気遣える。

 今だって、ひとりでいた方が不便で危険なはずなのに、それを承知で律儀に俺達と別れようとした。



「もうしばらく一緒に来い、エノラ」



 じっとエノラは俺を見てから、頷いた。

 そうしてまた、俺達は歩き出した。



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