襲撃者は魔人族
「リュカ、右――」
指示を出すより早く、リュカは新雪を踏んでいた。
その前方で雪がつむじ風に巻かれたかと思うと、それが弾け飛ぶようにして風の刃が放たれる。雪上にその斬撃が刻まれる。アルキガレと言う、骸骨のような植物の魔物はその魔法で手を斬り飛ばされていた。
迫ったリュカが、剣の二振りで切り倒す。
「見とれてるよゆーあんの?」
気のない声が後ろからし、前から迫っていたアルキガレ3体に目を向ける。
斜面を駆け上がり、槍を薙ぎ払った。アルキガレは人の骨格を模したかのような、枯れ木だ。だが、弾性があってしなやかな木の上、筋肉も血もないのにひとりで動く。最初見た時はゾンビかと思ったが、こいつは木の魔物だ。
槍で打ち砕き、肋骨のような隙間に穂先を潜り込ませ、振り回してぶつける。
ひとまとめにしたところで引き抜いた短剣でまとめて切り裂いた。ある程度まで細かくなるとアルキガレは動かなくなる。死んだということだ。
その破片を適当に腕に抱えられるだけ抱えた。
雪山では、こいつは良い薪代わりになる。丁度、日も落ちようとしていた。
「アイウェイン山脈って、あれなんだろ? 何で、さっさと山に向かわないんだ?」
アルキガレはよく燃える。それでスープを作り、かき混ぜながらエノラに尋ねた。
どこまで続いているのかも分からない、天然の壁がある。厳密には、山脈だ。かなり標高があるだろう。その山脈に沿うようにしてずっと歩いている。
「アイウェイン山脈を越えるには正しい道を行かないといけない」
「正しい道?」
「そのための登山道が、この近くにはないから、そこまで行かなきゃいけない。
ムリに道でもないところを進もうとしても死ぬだけ」
「ふうん……」
岩塩を削りながら鍋に入れる。
歩きながら摘んできた食べれる草も適当に入れ、火から下ろした。あんまり火を通すと苦味やえぐ味がですぎる。
それからリュカの方を見ると、剣を振り回しては手を止め、小首を傾げ、また剣を振っての繰り返しをしていた。最近、俺に構ってくれない。でも自分で色々とやっている。
夜の間に魔法のことも何かとエノラに尋ねていたりしていた。
ヤマハミを倒してからのリュカは、急成長中だ。
戦いも、多分体の方も、精神の方も。
その過程で何かと反発をされるのは、もう構うまい。そういうものとして受け入れる。
何で自分のガキでもねえのにこんな複雑な気持ちにならなきゃいけないのかは分かんないけど。
でも反抗期で生意気になる相手って、親だとか学校の先生だとかのはずだ。
つまりリュカにとって、俺はそういう存在になっているんだ。だと思えば別に良い。孤児で親もいないリュカがそういう正しい成長をしてるんなら、寂しくたっていいさ。寂しくないけど。全然寂しくはないけども。
「リュカ、メシだぞ」
声をかけたが、無視される。
前なら庭へリードを持って現れた飼い主を見た犬のように近寄ってきたはずなのに。
寂しくねえし。
冷めたのを食えよ、俺と食いたくねえなら。
俺がメシを平らげて、槍を振り回す練習を始めるとリュカはちらっと俺を見てからメシにありついていた。
最近ずっとこうだから、落ち着いてゆっくり食うこともない。朝も昼も晩も、さっと食ってすぐに練習。慌ただしいったらありゃしない。
リュカが倒したヤマハミから取れた、2つの赤魔晶はリュカが持っている。爪と牙は、牙を2本だけリュカが売った。
その金の半分は、俺がザラタンヤの宿で朝起きたら小さな巾着袋に入って、枕元に置かれていた。
同じ巾着袋をエノラが持っていたのを俺は見ている。多分、中身は同じなんだろう。
メシと訓練を済ませると、体から湯気が立ち上る。
裸になって雪の上へ転がると、最初こそ冷たいがすぐに気持ち良くなり、それをまったり享受する前に服を着て寝る。マントでしっかり体を包んで。
風が強い時はエノラが魔法でカマクラを作るが、そうでない時はひたすらに寒さを耐え忍びながら眠る。
今日はアルキガレをたっぷり仕留められたから、火のそばで寝られた。
火勢が弱まれば、誰かが適当にアルキガレを突っ込んでまた火を強くする。そう取り決めたことではないが、これまでに一夜明けて火が消えていたという事態には陥ったことがない。
ラシャットという町に辿り着いた。
適当な宿と酒場が併設している店へ入り、この地方の蒸留酒をストレートで飲んで体を温める。近くに渓流があり、そこには魚がいる。その魚を食べる鳥もいるという。
だから、そういったものが卓にも並べられた。くたびれた体で、暑すぎるくらいに暖かい宿でそれを食べる。
「このラシャットから、アイウェイン山脈を越えられる」
食事に一段落つくとエノラが言った。リュカはまだ食べ続けているが。
酒を飲み込む。少し酔いを感じている頭を振る。
「確か、装備がいるとか言ってたよな」
「用意するのはちゃんとした防寒具。それに靴と、ピッケル」
「ピッケル?」
「雪山登山にいる杖のようなもの。鎌みたいな見た目」
「ああ……」
見たことがあるかも。
何に使うんだか分からないけど。
「それってここで用意できるのか?」
「買うこともできる。アイウェイン山脈を越えてきた人がいれば、安めに買い取れることもある。そうやって回ってる装備もある」
「相場は?」
「一式で銀貨1枚と銅貨10枚すれば上等」
「そんなもんか……。他には?」
「アイウェイン山脈は越えるまでに早くても20日はかかる。
その内、食料を魔物からしか得られない期間は約12日。この12日分、魔物と遭遇しない可能性も考えて食料を用意した方が賢明」
「装備と食料ね……。他にいるのはあんのか?」
「山を登る体力だけ」
「オーケー、明日は装備を整える。
でもって明後日に、食料を買って出発。それでどうだ?」
「問題ない」
「んじゃ、俺はこれで」
部屋は3つ取ってある。
さっさと、自分の部屋に引っ込んだ。いよいよ、あの山脈を越えられるわけか。
山脈を越えてようやく、クセリニア大陸の内部に入れるってもんだ。
まだこんなとこはクセリニアの僻地でしかない。あの山の向こうにこそ、未知のクセリニアが広がっている。
「…………」
けども。
何か、やっぱ寂しい――いや寂しくない。
もふりたい。
とにかく、たくさんもふりたい。
ふらっと明日にでも町を出て、オオユキウサギでも見つけて魔鎧を使ってもふりつくしてやろうかと思い浮かぶ。が、やっぱりできないだろう。
それこそ明後日にはアイウェイン山脈へ挑むことになるんだから、何が起きるか分からない。魔技は使わないでおくべきだ。
さっさと寝よう。
寝て邪念を振り払おう。
幸い、ほろ酔いだ。
ベッドに入り、分厚い布団を頭まで被る。ぬくい。
その日の朝、朝飯のために酒場へ降りていくとリュカがひとりで待っていた。
しかも驚いたことに、まだメシを食べ始めていない! 風邪でもひいたかと思って足を止めてたら、何だよ、と睨まれた。
「先に食ってりゃ良かったのに、何で待ってたんだ?」
「別に?」
別に、て。
素っ気なさすぎる。ぶっきらぼうだ。迷惑千万みたいな面しやがって。
少ししたらエノラも来るだろうと待っていたが、一向に来なかった。
そろそろ腹も減って来て、席を立ったらリュカとタイミングが被った。むっとし、リュカが座り直す。そのまま行けばいいのにこいつは仕方ねえな。
「おーい、ケチ女、寝坊かー? 先に食っちまうぞー?」
エノラの部屋のドアを外からノックして呼びかける。
何か、物が落ちるような音がした。だが、ドアが開かない。
「入っていいのか? 入るぞ――」
ドアノブは回った。カギもかかっていない。
そしてドアを一歩入ると、足が止まってしまった。
細いエノラの首を握り、持ち上げる女がいた。
エノラと同じ、青い髪の女。しかし、こちらは長い。背中まで長く伸びている。青白い、魔人族の肌。
「てめえっ……!」
「邪魔するなら、斬る――!!」
思わず腰の短剣を掴んだ。
女もエノラをベッドへ叩きつけるように投げ、腰から剣を抜き放った。ギラリとその剣が光を放つ。
金属音が鳴る。
互いの刃がガチガチと音を立ててぶつかり合う。押し切れるか。押し切れ。
グッと力を込めたが、それを受け流された。横へ女は逃れ、長い足を上げた。
頭から後ろへ倒れる。容赦も躊躇もなく、女が俺に剣を向ける。短剣を握ったままの手を上げ、人差し指を向けた。
殺すつもりで撃った魔弾は狙いが逸れて、女の頬を吹き飛ばす。
だが、それで俺を警戒して飛び退いた。片手で肉の削げた頬へ触れ、自分の血を見ると女の形相がさらに険しくなる。だが、淡い光ですぐにその傷は消え去った。回復魔法――。
「次はない」
背を向け、女は窓に走った。
閉ざされていたそこへ体当たりして突き破ると、2階だと言うのに飛び降りて行ってしまった。




