剣と想い
「光の剣、か……。そう世間には伝わっていたか」
「と、言いますと本当は違うのですか?」
出立の日、ようやく光の剣をちゃんと見せてもらえることになった。
何かと慌ただしかったせいで、拝謁の機を逃し続けていた。リアンは自分で振るい、猛将ボシェロを下した。ロビンは離れたところからだったが、その確かな輝きを見たと言う。
僕だけ見られていないのは不公平だったから、前置きは正直どうでも良かった。
早いところ、フゥルクン殿が持ってきた光の剣が抜かれるところを見ておきたかった。
だが、リアンもロビンも、すでに一度は見ているものだから、僕のこのもどかしさを理解しない。
「どのような言われで、このドードテルドの初代国王のところへ?」
そんな言われは後でいいじゃないか!
とにかく、早くその輝きを放ったという剣の中身を、鞘の中の剣身を見せてくれよ!!
「アイウェイン山脈にはいくつかの登山道があることは存じているか?」
「いえ、ロビンに頼ってどうにかこうにか進める道を歩いてきただけなので」
「でも、あんなに長い山脈だから、通れる道が1本っていうのもおかしいよね」
山のことなんていいだろう!!
登山道がいくつあったっていいじゃないか、そんな些事は後でいくらでも分かるだろう!
「アイウェインのいずこかに、祠があったと祖父は言った。
ある晩、夢でその祠を見たのだ。その記憶を辿り、祖父は導かれるようにアイウェイン山脈を歩き、夢で見たそのものの祠を見つけた」
「ほう」
「夢で、剣に導かれた……」
「祠の中にあったのが、この剣だ」
「では、その光の剣を拝謁に賜ら――」
「して、その剣は何と呼ばれているものなのです?」
いいじゃないかそんなことは!!
リアン、わざとか、わざとなのか、それは!?
もしかして、何か根に持っていることがあるのか、キミは!?
ああ、どうしてロビンもこの僕のもどかしい気持ちを理解してくれないんだ、すっかり話に興味を持っているじゃないか、気づいてくれ! 気になって仕方がないという匂いを、キミなら嗅ぐことができるんじゃないのかっ!?
「っ……マティアスくん?」
通じた!?
「どうしたの、興奮して……?」
「きっと、この剣の逸話に胸を躍らせているんですよ。男ですものね」
リアンの目が僕を見据えるなり怪しく光った。
確信犯だ!
そしてロビン、単純に納得しないでくれ!
「この剣を手にした祖父はアウラメンシスと、啓示を受けたそうだ」
「アウラメンシス……輝く月、でしたか。それは素晴らしい。では、その剣身を――」
「なるほど、アウラメンシス! 放たれた輝きは確かに、眩い陽光を反射したものでした!」
リアンめええ〜……。
どうして話を長引かせるんだ! 分かったならいいじゃないか!
「振り抜いた瞬間が自分で分からぬほど、素晴らしい一振りをわたしは感じました。
まさしく光が駆け抜けるがごとく、月が絶え間なく太陽の光を地上へ降らせているがゆえですね」
「だが、驚いたものだ。
メルエロッサが貴公にアウラメンシスを貸し与えたこともそうだが、鮮烈にその力を引き出したのだから」
「はて……その力を引き出した、とは?」
「実は祖父の他に、この剣を鞘から抜けた者はひとりとしていなかった」
「そうだったの、お父様っ?」
「だからこそ、城の宝物庫へしまいこんでいたのだ」
「それは、何というか……驚きですね。
むしろ、わたしなどが抜いて良かったのでしょうか?」
いいから抜いてくれ!
「あの戦場で、あの機に、これをソーウェル殿は抜いた。
よもや、夢にこの剣を見たことはあるまいな?」
「ハハハ、お戯れを」
冗談はいいんだ!!
「武具は時に持ち主を選ぶと言うが、祖父や、ソーウェル殿はこのアウラメンシスに選ばれたのかも知れぬ」
「お父様、わたし、ご提案がありますの」
「……ふむ、恐らく、わたしが考えていたものと同じものだろう」
まさか。
まさか、そんな――国を興した由緒正しき宝剣を?
「リアン・ソーウェル殿」
「ハッ」
「どうか、このアウラメンシスを、国を守った立役者であるそなたに譲りたい」
僕は倒れた。
後でロビンに聞かされると、リアンは「やりすぎてしまいましたね」と笑っていたらしい。
一体女神シャノンは、どんな試練を僕に与えているんだ。
早くその剣を見たいと願っていたのに、結局、見ることもできず、鞘に納まったままリアンの腰にさがるのを見せられるだなんて。
「少々、重いものですね」
改めて出発すると、リアンは腰の剣を手で触れながら、軽い調子に言った。
「重量があるの?」
「いえ、わたしがこの剣に見合うほどになるかどうか」
「大丈夫だよ、リアンは立派な戦士だから」
「ロビンのお墨付きとは、嬉しいものです。――ところでマティアス、ずっと黙っていますが、どうされました?」
「キミの意地の悪さにものも言えないだけさ」
「ではご機嫌取りに、見せてさしあげましょうか? このアウラメンシスを」
「冗談じゃない。決めたぞ、僕はキミのその剣を直視しない。一生見ないでやる」
「一生って、難しいんじゃ……戦いはあるし……」
「だったら別の剣をちゃんと用意してもらおう。
そのアウラメンシスは特別なものなんだ、そこらの魔物相手に引き抜くなんて神性が失われる」
「それは良い考えですね」
「は?」
「マティアスくん、自分で言ったのに……何で、そんな顔するの?」
「いやー、実はバジリオ王からいただいた報酬もそれなりに多額ですし、ちょっと大きな買い物でもしたいなと思っていたんです。マティアスの発案に、わたしも乗る形なので多数決に従って、わたしの剣を買いましょう。さあ、武具屋の場所はきちんと把握していますから」
ハメられた。
肩を落とすと、ロビンにとんとんと叩かれて慰めてもらえた。
揚々とリアンの足は動き、武具屋へ向かった。
場所は知れど、そこで扱われている武具までは把握していなかったらしい。冒険者という存在の闊歩するクセリニア大陸だから、こういった店にはちょっとした名品が少しくらいはある。
だが、どうやらこのドードテルドでそれを求めるのは難しかったようだ。
「ピンとくるものがありませんね……」
「リアン、これはっ?」
「申し訳ありません、ロビン。わたしはやはり、剣を振りたいものでして」
尻尾を振りながらロビンが持ち上げた、バトルアックスに表情ひとつ変えずにリアンは言う。やはりロビンは大きくて頑丈で重い武器に心を惹かれるようだ。
そう言えば金狼族の集落でも、大抵の戦士が長大武器を持っていたように思える。
「そう言えばリアンの使っていた剣はどうした? 戦いで折れたと言っていたな」
「ちゃんと持っていますとも。大事なものなので」
「何か特別な言われがあるのか?」
「いえ。父がわたしに贈ってくれた、唯一の剣なのです。
それまではどこにでもいる、貴族の娘のひとりでしかなかったわたしに、剣を与えてくれました。
もらってからは、毎日、振り続けました。真夏でも、真冬でも、雨が降ろうと、風が強かろうと。
無銘の剣ではありましたが、あの剣とともに、わたしは己の道をずっと歩んできました」
青光の剣を、ふと見た。アーバインの剣とともに帯剣ベルトに収めている。
これは学院入学時に、僕が父上からいただいたものだ。業物と言える名剣だ。
「剣を受け取った時、胸に一陣の風が吹きました。
これから歩む、遥かな道の先から吹いたように思えたものです」
分かる。
僕もこの剣を受け取った時、その重さに驚いた。
全くの思い違いこそしていたが、剣というのは手にした時に想いを抱くものだ。
「……もっと、使い続けていたかったのですがね」
結局、ドードテルドの武具屋は何軒か回ったが、良いものと巡り会えなかった。
どうせなら、一戦交えたサーレオーディまで行って探してみようかという話に落ち着いた。
その道中で、ロビンが不意に口を開いた。
平和な、長閑な道を歩きながら。
「リアンの剣を、どこかで直してもらうことはできないのかな?」
「直す、ですか。考えてもいませんでしたね」
「だがそれはもう別物だろう」
「でも大切にしてきた剣なら、どんな形でもずっと身につけられるようにした方が、嬉しいんじゃないかな?」
純朴な、やさしいロビンの考えにリアンは口元をほころばせた。
「良い考えですね。どこかで、どうにか形を変えてでも直してもらいましょう」
「新しい剣はどうする?」
「しばらく魔法のみでやってもいいですが……」
「マティアスくんの剣を借りたら? 2本あるし」
「ロビンっ?」
「ああ、その青い剣、気になっていたんですよ。
マティアスの気品に合う、美しさと強さを備えた逸品ですよね」
「……そ、そんなに、気になっていたのか?」
「ええ。どこの職人がこしらえたのですか?」
「ふっ、これはカノヴァス家とは昔からつき合いのある――」
まんまと乗せられ、青光の剣をリアンに貸しつけてしまった。
それがリアンの策略だったとは後で気がついたが、今さら返せとは言い出せなかった。
僕らの旅は、西を目指してまだ進む。




