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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#3  領主とエルフと俺
19/522

新たな一歩を



「じゃあ、いく」

「……いつでも帰ってこい」


 また、倒していけとか言われなくてまずはほっとした。

 じいさんに髪も切ってもらった。髪の毛はほとんど伸び放題で、じいさんにならって紐で縛っていた。それを切ってもらって、何となくだけ整えた。

 メルクロスはそれなりに栄えた町で、じいさんと同じ漁師スタイルで行くのもやめた方がいいらしい。薄い粗末な布切れのランニングシャツみたいなものと、膝上の丈のズボンで過ごしてきたが、この格好ともお別れとなる。だが代わりの服はないから、ノーマン・ポートで買っていけと言われた。俺がこの1年で町へいく度に魚を売って貯めといた金を使おう。


「……じゃあな、じーじ」

「これも持っていけ」


 荷物はノーマン・ポートで買いそろえるから、愛用の木製銛だけを持った。

 だが、そこへじいさんは自分の銛を差し出してきた。先端部に巾着袋をぶら下げていて、そこも膨らんで何かが中へ入っている。


「なにこれ」

「いいから持っていけ。その木の棒きれは置いていけ。ワシの銛がなくなる」


 交換される。じいさんの銛は、重量以上にずしりと感じるものがあった。

 俺が使っていたものより断然長い。2メートルはありそうだ。長物というのがぴったり当てはまる。


「いいの、それで?」

「今さらワシが何を使おうが、変わりゃせんわい」


 弘法筆を選ばずってか? ま、じいさんなら素手だろうが銛突き漁をやれそうだ。

 じいさんの銛を担ぐ。さすがに、長い。重さはどうにかなるにしろ、長くて取り回しが大変そうだ。


「……ながいんだけど」

「すぐに短くなる」

「……それもそっか。じゃあもらう」


 もう、何もない。

 ないはずだ。俺はない。じいさんも、俺から取り上げた木製の銛を握ったまま、何も言わない。



「いままでありがと、じーじ。

 そのうち、かえってくるからくたばるなよ」


「ああ……いってこい、レオン」


「いってきます、じーじ」



 後ろ髪を引かれる思いで林に分け入る。

 数歩進んで振り返れば、木々の向こうでじいさんが俺を見送っている。また歩いて、振り返っても。見えなくなるまで、じいさんは見送ってくれた。俺も見えなくなるまで、振り返った。


 そうして完全にじいさんの姿が見えなくなると、林の中でじいさんと過ごした日々を思い出す。

 海の漁だけでなくて、林の中の狩猟もじいさんは達者だった。銛を投げれば、一撃でほとんど仕留めていた。息の殺し方を教わった。ここに生息する魔物の生態だってじいさんは詳しかった。


「ギシッ!」


 シンリンオオガザミも、久しぶりだ。最初にじいさんがぶっ飛ばした時は驚いた。懐かしい。


「そういや、こいつのみって、くったことねえな」

「ギシィッ!」


 直進してくるシンリンオオガザミ。

 じいさん愛用の銛の、持ち手を突き込んで薙ぎ払った。先端でやったら、括りつけられてる巾着の中身が危うい。まだ仕留めるには至らない。足元の石ころを拾い上げ、魔鎧で全身を強化して投げつける。


 手の平に握り込めるサイズの石ころがシンリンオオガザミを貫通して倒れ、動かなくなった。それを踏みながら歩いていく。今度帰る時に出くわしたら、こいつを引きずっていこう。でもって、じいさんと食おうと決めた。



 また会えるさ。

 もう寂しくはない。



 ノーマン・ポートでバットとクララに、メルクロスへ行くと挨拶をして、旅歩き用に服を買った。

 目指すはメルクロス。ノーマン・ポートから徒歩で10日前後。


 新たな一歩を踏み出した。





 長閑なところだとかは思っていたが、本当に気分の良いところだ。

 海沿いの街道は、青と緑の美しい風景が広がっている。たまに遠くで放牧されている家畜が見えたりもする。


 魔物はあんまり出てこないが、襲ってきたところで大したことはなかった。魔物と動物の見分け方はよく分からないが、魔物っていうのは大概、どっかに物騒なところがある。

 シンリンオオガザミだったら、ハサミか。

 あと、デカい。普通の動物っぽく見えても、サイズがおかしければ大概は魔物なんだろう。

 ウサギでさえも人間の大人サイズだったりすることがある。そのウサギの魔物は綺麗に突き出た長い角があったが。


 そういう魔物に出くわしたら、仕留めて捌いてメシにした。腹が減ってない時に出てきたら捨て置いた。

 とにかく魔物に怯える旅にはならない。そこは安心だ。じいさんに拾われていて心底良かった。



 じいさんと言えば、銛と一緒に渡された荷物。

 ノーマン・ポートで服を買って、着替えるついでに中身を改めてみた。


 入っていたのは金と、薬と、金品だった。

 金は銀貨が3枚。薬は腹下し用と解熱用。それと綺麗な銀色をした指輪があった。模様みたいのが彫り込まれている立派なやつだ。もしかしたら、純銀だったりするのかも知れない。

 それと、下手くそな文字のメモ書きも。


『金に困れば指輪を売れ』


 気遣いは有り難いが、こうまでされると悪い。

 どうにかこうにか、いつか恩返しをしようと改めて思ってしまう。指輪はなくさないように指へはめておこうとしたが、まだ俺の手には大きい。かろうじて親指にはまったから、左手の親指につけることにした。


 戦いになった時、銛に括ったままだと邪魔になるから、巾着はズボンの腰布へ括りつけた。歩く度にジャラジャラ音がなるのは考えものだ。


 ちなみに貨幣は、銅貨と銀貨と金貨がある。

 銅貨は100枚で、銀貨1枚分の価値。

 銀貨が50枚で、金貨1枚分の価値。

 金貨が1枚あれば、じいさんの生活レベルだと3年は働かなくても余裕らしい。だけど、じいさんの生活は自給自足で成り立ってるから、よく分からない基準だ。


 ただ、よく獲ってた魚で換算すれば、1度の漁で俺は平均して銅貨40枚を稼げた。

 金貨は銅貨が5000枚分の価値だから、単純計算で――125日分の収入になる。


 たまの買い物の物価を鑑みるに、銅貨5枚だと魚の串焼きを1本買えたな。10本で2本。

 旅歩きのために買ったものは全部で銀貨3枚分もかかった。ぼったくられたのかは、よく分からないが満足している。

 足元はサンダルから、革製の靴に。膝上丈だったズボンは、脹脛までの丈のズボン。ランニングシャツか、上裸が正装だった漁師スタイルも改善されて、白い普通のシャツと、上からベストみたいなものを着ている。指貫きの細かい作業もできる手袋と、上から羽織るマントまで揃っている。

 けっこういい感じだ。一目で「あいつは漁師に違いない」とか「海の少年がいる」とかってバレはしない――と思われたい。日焼けはしてるけど。あと、銛持ってるけど。



 ……銛持ってる時点で、バレバレか?



 まあ、いいさ。

 槍に見てくれるかも知れない。



 そうそう、ノーマン・ポートにはベニータや、今の俺みたいないかにも旅歩きをしています、という風貌のやつがそこそこいた。そういうのは大概が武器を携行してて、バリエーションに富んでいた。


 オーソドックスなのはやはり剣だ。次いで槍が多くて、それ以降はバラバラになっていく。

 各地を渡り歩くなら、それなりの腕っ節がないといけないっていうことなんだろう。その点、俺はじいさんに手ほどきを受けたから心配はしてないし、出てきた魔物も余裕だった。



 ひとりで過ごす夜っていうのも、レオンハルトになってからは地味に初めてだ。

 背もたれに丁度良さそうな岩を見つけて、それをソファーのようにして寝ようとしたけど固過ぎて痛くなったから、地面へ寝るはめになった。前世だったら酒飲んで酔っ払ってゴミ捨て場で寝たこともあったけど、外で寝るのは少し気が引ける。荷物をひとまとめにして、腕に抱え込んで、銛を抱き枕みたいに股に挟んで横向きになって寝た。


 でも起きてみると体がけっこう痛くなって、じっくり柔軟体操をしてから出発をするのが日課になった。

 ここら辺は長閑だから大丈夫だろうと思うが、治安の悪いところになったら、夜をどう過ごせばいいものか。爆睡して起きたら身ぐるみ全て剥がされていました、ではお先真っ暗だ。うん。まあ……その時に考えようと思う。杞憂に耽るくらいなら、前見て歩いた方がマシだ。



 そんなこんなでメルクロスに辿り着く。

 ノーマン・ポートも初めて行った時は感激したもんだけど、メルクロスは遠くから見るだけで立派だった。町の周りを、ぐるりと高い壁が取り囲んでいたのだ。そこをくぐると、石造りの家がこれでもかと立ち並んでいて、ノーマン・ポートよりも人が多い。屋根の色が明るいオレンジ色に統一されているから町並みも綺麗だ。


「これが、メルクロス……」


 田舎者のおのぼりさんと呼ばれたって構わない勢いで、右へ左へと首を振る。すげえや。規模が違う。それに区画整備もしっかりされてる感じだ。軒先に商品を広げている商人も、ジャグリングの大道芸をしているパフォーマーもいる。太鼓を叩いて盛り上げるやつだっている。笛の音も。


 愉快で陽気な雰囲気。

 それが石造りの重厚な町に溶け込んでいる。



 まずはオルトヴィーンのところへ行かないとな。

 確か領主だとか言ってたし、領主の家ってのを訪ねればいいんだろう。適当に歩けばその内見つかるかも知れないし、まずは冒険だ。


 意気揚々と歩き出した時、カンカンカンといきなりあまり響かない鐘の音が鳴り出した。不安を煽るような鳴らし方。ジャキジャキに歪ませたエレキギターで、ここへジャジャーンと入れるイントロなんか格好いいかも知れない――なんて呑気に考えてたら。



「閉門、閉門しろぉっ! 主が来るぞぉっ!」



 誰かの叫び声。ざわつき始める。

 主。主って何だ? 何とかの主――みたいな、感じか?


 ガラガラと音を立てながらくぐってきたばかりの門が閉ざされる。上にスライドするタイプの門らしい。だが、その門の向こうから慌てて戻ってくる人がいるのに、門が降りていく。


 あれ、おい。

 逃げてるぞ、こっちに来てるのに何で門を閉じようとしてるんだ? 何が来てるか知らねえけど、門を1回閉じちまったら、もう――。



「みごろしかよ……!」



 走り出す。門はどんどん降りて来ている。ギリギリセーフとばかりに駆け込んできた人を掻き分け、突き進む。門の隙間が狭い。でも、俺の体なら滑り込める。スライディングしながら門を出ると、取り残された人がいる。地響きを感じる。首をぐるりと動かしながら周囲を見ると、左手側の――雑木林のような木々の向こうに土煙が上がっている。


「そこにいろ!」


 逃げ遅れた人を門の向こうへ返すのは現実的じゃない。

 だったら、その主とやらをぶちのめせばいい。銛を抜きながら、土煙の方へ駆ける。木々が薙ぎ倒され、出てきたのは――あまりにも巨大な、イノシシだった。



「ブモォォオオオオオオ――――――――――――――ッ!」



 俺なんて、一口で5人くらい丸呑みにされそうなサイズ。

 だけど飛び出してきた手前、逃げ帰るわけにも行かずに銛を構えた。魔鎧と魔纏を発動。



 やるっきゃねえ。

 今夜は牡丹鍋だぜ。



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