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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#18 平和ボケの国と光の剣
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お転婆姫の城下散策




「見つかりそうですか?」

「うん、ドードテルドにまだいそうな感じ」


 くんくんと匂いを嗅ぎながら歩くロビンは、何となく本物の犬みたいに見えてしまう。

 ドードテルド重臣のフゥルクンという方に恫喝――もとい嘆願され、お姫様探しを敢行中である。確かにわたし達はお姫様が脱走していくのをぽかんと眺めていた。老体だというのにあれだけ必死に止めようとしていたフゥルクン殿を目の当たりにしながら、である。


 確かに少しは責もあろうとわたしとロビンは引き受けたが、マティアスは違った。


『どうして僕が人探しをしなければならないんだ。

 むしろ、それほどに大切な姫君であるならばどうしてあのような脱走を許した。

 ディオニスメリア王国カノヴァス領次期領主である、このマティアス・カノヴァスが直々に問題点を改善してやろう』


 などとのたまい、ちゃっかり城の中へ入ってしまった。

 よほど光の剣を見たいらしい。お陰でわたしとロビンは2人でお姫様探しだ。マティアスのあのような言い分で通ってしまうあたり、それもどうかと思ってしまうが、クセリニアでもディオニスメリアという国の威光は僅かながらに届いているのだろう。


 アイウェイン山脈以西にとって、海の向こうは未知の世界なのかも知れない。

 遥か遠くから訪れてきたわたし達はいっぱしの冒険者と見られるのだろうか。冒険者ランクは揃ってDランクなものの。



「近いよ」

「さすがロビンですね」

「そ、そんなことないよ?」


 がんばって嬉しさを隠しているようだが、ロビンの尻尾はちぎれんばかりに振られている。

 ロビンの言う通り、すぐに活発なお姫様は見つかった。どうやら身分を隠して、市井を楽しんでいるようだ。屋台で穀物を細かく擦り下ろし、水と混ぜて焼いた生地に様々な具材を挟んだ食べものを買っていた。

 昨日、酒場であれの小さいやつをいただいたが、香ばしくももちっとした生地がまた絶妙なおいしさだった。



「メルエロッサさん」


 彼女がおいしそうに屋台で買ったものを食べ終えたところで、ロビンと目配せしてからそっと話しかけた。


「えっ……だ、誰で?」

「わたしはリアン・ソーウェル。こちらはロビン・コルトーと申します」

「はじめまして」


 いきなり見知らぬ相手に声をかけられ、しかも名前を知られていては驚くだろう。

 だからできるだけ丁寧に、不審な印象を抱かせぬよう笑顔で話しかける。



「フゥルクン殿が心配しておられますから、お城へ戻りませんか?」

「フゥルクン――あっ、さっき、城の前にいた」


 理解してもらえたらしい。

 笑顔を向ける。が、彼女は難しい顔をしてから、さっと踵を返して走り出した。意外と健脚だ。


「追いかけないの、リアンっ?」

「いえ……このまま追いかけても、彼女は大人しく戻ってはくれなさそうですし。

 匂いはまだ辿って追いかけられますよね?」

「うん」

「でしたら、危険がないようにこっそり見守りましょうか」



 お姫様は、なかなかに活動的だった。

 屋台で食べ歩きはほんの序の口。彼女は見たところ、15、6歳ほどだが年下のやんちゃ盛りの男の子達に交じって牛の膀胱のボールを蹴り合ったりもした。それからドードテルドのストリートをあちらこちらへと歩き回っては、何かを見つけてうっとり眺めたり、冷やかしかと店主に言われてそそくさ退散したりと、自由を謳歌している。


 それがほほえましい。

 危険らしい危険もないようだった。



「いい娘みたいだね」

「ええ」


 途中、明らかにお姫様を探していると思しき兵がいたから、わたし達できちんと見守っていると伝えると思いの外あっさりと引き下がった。すでに城中へ入り込んだマティアスがまたたく間に色々と指導を入れ始めたようで、その仲間だと認知されていた。

 それでいいのかと、またもや思ってしまう。平和ボケをしている。


 だがそれだけ、平和なところなのだろう、このドードテルドは。

 一抹の危険性はあるが、平和であることそのものは素晴らしいことだ。黙っておいた。



「リアンって、ずっと男の子として育ってきたんだよね?」

「ええ、そうですが……急にどうしました?」


 日が傾いてきて、もうしばらくして暗くなる前にお帰り願おうと考えていたらロビンに話しかけられた。ロビンの追跡は優秀だ。決して気づかれない位置でお姫様を捕捉し続けている。それでいて、何かあれば颯爽と駆けつけられる。



「昔のリアンも、ああいう風にお転婆だったのかなって」

「ふむ……お転婆と言うと、男勝りで女性らしい恥じらいもない少女という印象がありますが」

「うん」

「わたしの場合はそれにはあてはまらなかったかと。

 遊びと言えば狩猟でしたし、三度の食事よりも優先して剣を振るうことを誓っていました。いかなる蛮族が突如として現れようとも、先陣を切って襲いかかるのはこのわたしだと、幼心に決めていました。

 父の言いつけも女神シャノンの啓示のように従いましたし、正しいこと、正しくないことは何だと哲学めいたことまで小難しく考え続けていました」

「リアンって、昔からすごいんだね……」

「そうでもありませんよ。しょせんは、幼い心で決めたことでした。

 考えたとは言いましたが、理路整然としたものではなかったでしょうしね。

 ……さて、そろそろお姫様をお連れして帰りましょうか」



 再び、お姫様への接触をはかって距離を詰めていく。

 彼女はきょろきょろと周りを見ながら、次はどこへ行こうかと考えている様子だ。


「メルエ――」

「やあ〜お嬢ちゃん、おじちゃん達と一緒にちょっと遊ばない?」


 あと6歩という距離で、さっとわたし達の間に入り込む人影があった。

 魔人族と獣人族ばかりの4人組だ。彼らがお姫様を取り囲んだ。



「あなた達は誰?」

「おじちゃん達ねえ、冒険者なんだよ〜。ここに今日、やって来たばっかなんだけど、どこのお店に行こうかなあって悩んじゃってさあ。お嬢ちゃんはここの人だろう? ちょっと教えてくれないかなあ?」


 人攫いの言う台詞にしては、設定をちゃんと考えているようだ。

 ロビンがすぐに行こうとしたが、彼を腕で制しておいた。わたし達のことは気づいていないようだ。


 今後、またお姫様が城を逃げ出さないためにも、少しは世の中の危険性というのを知った方がいい。今はわたし達の目があるのだから、これは良い社会勉強になろう。

 何もロビンには告げないがわたしに考えがあることは理解してくれたようだ。



 言い包められ、警戒心の薄いお姫様はそのまま連れられて歩き出してしまう。

 やれやれ。本当に平和ボケをしているようだ。



 お姫様がガラの悪い冒険者達に連れて行かれたのは――案内をしてくれと言われていたのに見事に目的地に連れ込まれてしまうあたり、彼女には危ないという言葉がないのではないかと疑ってしまう――寂れた連れ込み宿だった。頭が痛くなる。


「どうするの、リアン」

「辱めを受けるのはいけませんから、それらしい言葉が少しでも聞こえたら突入としましょう。ロビン、お願いしますね」



 彼らが入っていった少し後に、わたし達も入る。

 宿の主人には、後で壊れたものについては弁償するとだけ伝え、入らせてもらった。ロビンのお陰で彼らがどの部屋へ入っていったかもすぐに分かる。と、ロビンがピクッと耳を立てた。


「リアン!」

「行きましょう――」


 素早くロビンがドアを蹴破った。

 お姫様を取り囲んでいた4人が振り返る。今さらになって、お姫様は怯えというか――困惑した顔をしていた。遅すぎるというものですよ。



「何だ、お前らは!?」

「まずは己から名乗るのが礼儀でしょう」


 素早くロビンが男達の間へ割って入っていき、お姫様を確保して部屋の一角へ庇いながら下がった。お見事。2人ずつ男達はわたし達へ向いて腰から剣を引き抜く。

 4人でお楽しみをするつもりだったようで、それなりに広い部屋だ。荒事をするなら、これくらいの広さはやはりいる。好都合。



「死ぃねええっ!」



 先端に剃りのある曲刀で襲われる。

 が、しょせんは力任せにしか戦ったことのない輩のようだった。抜いたその勢いで剣を叩きつければ手から飛び、天井へ刺さる。仰天した面に蹴りを見舞って吹き飛ばすと、もうひとりが短槍を腰だめに構えて突進してくる。


 マントを翻し、それで視界を奪った。身をよじる。槍はマントを貫いたが、わたしには掠ることもない。そのまま部屋を出て向かいの壁へ槍の男はぶつかった。少々手荒だが、その男の髪の毛を掴んで部屋に引きずるように投げる。よそのお楽しみ中の方々に迷惑をかけるのも悪かろう。



「さて、皆さん――婦女子に狼藉を働くとは、それでもあなた方は男ですか?

 異を唱えるのであれば、あなた方が股に生やしたなまくらの剣はわたしが叩き折ってどぶ川へでも捨てましょう。心を入れ替えるならば見逃します。どうされますか?」



 睨みを利かせる。

 すでにロビンも2人をのしていた。床に散らばっている水を見るにアクアスフィアで窒息寸前まで追い込んだのだろう。外傷らしい外傷はないが、むせてうずくまっている。



「唾棄すべき己の愚行を見つめ直した者から去りなさい」


 男達は動けずに、わたしを見ていた。ロビンがそっと、お姫様の肩をやさしく抱きながら来る。それも見るだけで止めようとはしなかった。力の差は分かってくれているようだ。

 それにこうして、床に伏している顔はどうも情けない。お嬢ちゃ〜ん、などと言っていた調子の良さはどこかへ消えている。何だか少し可哀想にも思えた。



「さあ、メルエロッサさん、帰りましょう。

 もう心配はいりませんから、ご安心してください」


 僅かに震えていた彼女にやさしく語りかけ、連れ込み宿を出ていった。

 銀貨を1枚、宿の主人にはあげておいた。それで修理代はまかなえるだろう。城までの道すがら、お姫様はわたしの腕にすっぽり収まったままだった。視線を感じるのでたまに彼女を見ると、ぱっと顔を逸らされてしまう。

 だが、また少しすると視線を感じる。その繰り返しをしつつ、城へ向かった。



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