100人に3人
クセリニア大陸は東端に高い山脈がある。
名をアイウェイン山脈。この山脈より東側はそれぞれに独立した町や村があって、冒険者ギルドと共存をしながら平和な暮らしをしている。
そして、このアイウェイン山脈から西側こそ、大小無数の国がひしめくクセリニア大国家群。
都市国家がある。広大な地域を支配する大国もある。その狭間にも多くの人が暮らす小さな村は存在する。
アイウェイン山脈を越えた僕らは、ドードテルドという都市国家へ辿り着いた。
「止まられよ、見知らぬ風体であるな。人間族と獣人族か」
「僕らは旅をしてここまで来た。ディオニスメリア王国を発ち、ヴェッカースターム大陸を経て、ここまで辿り着いた。すでに冒険者ギルドには登録をしている。これがその証だ」
門を守っていた番兵にマティアスくんが首から冒険者の証を取り出した。
僕とリアンも同じようにして見せる。
「たった3人だけで、アイウェイン山脈を越えたのか?」
「そうだが……何か、マズいことをしたのか?」
「……あれは案内者がなければ100人に3人しか越えられん」
「では丁度、我々がその3人に恵まれたのでしょうね」
にこやかにリアンが口を挟むと、番兵はぱちぱちとまばたきをし、笑った。
「ようこそ、ドードテルドへ」
アイウェイン山脈は越えるのにすごい苦労を強いられた。
雪がすごかったし、足場も悪かった。少しでも足を滑らせれば奈落の底まで真っ逆さまのような、道なき道をどうにかこうにか踏破してきた。苦労しただけあって山頂から見た景色は忘れられないと思う。
「100人に3人か……。ぞっとするな」
「何も知らずに入ってしまいましたからね。ロビンがいて助かりました」
「そうかな……?」
「そうさ。ロビンが僅かな匂いを辿ってくれなければ、正しい道も分からなかっただろう」
誉められると、嬉しくなる。
でも、あんまりにやにやしてるとみっともないと思って気を引き締めておく。
「ともかく、宿を探すとしよう」
「それから酒盛りですね」
「あっ、僕……」
「心配するな、ロビン。ともに旅をしているんだ、こういうところへ到着してからの酒代くらいは共用財布から捻出してやる」
「おや、財布の紐はわたしが握っているんですよ?」
「キミは酒盛りをしたいんだろう? だったら出してくれるさ」
実はクセリニア大陸に渡った時、ちょっとしたトラブルがあった。
換金時に、僕が盛大にぼったくられた。換金所を後にして手数料が高いねと話したら、マティアスくんとリアンはものすごく不思議なものを見る目をされた。
それで、発覚した。
2人とも、それとなく怪しさを感じたから、強気に出てふっかけてきたのを阻止できたらしい。でも僕はそんな考えがなくて、高いなあと思いながら言われるままに換金してしまった。結果、大幅にお金をなくしてしまった。
お陰でどうにかお金を稼ごうということで、冒険者ギルドに登録をして稼いだ。
今後、同じようなことがないようにとそれぞれのお小遣いは別として、お金をリアンに管理してもらうことにした。一緒に旅をしてるから、飢えるも死ぬも一緒だとマティアスくんは言っていた。
「しかし、都市国家か……。まさに一国一城の主というやつだな」
「ディオニスメリアは封建制ですからね。クセリニアでも大国の主は一部を重臣に分割統治させているそうですが……」
「こうやって考えると、ディオニスメリアってすごいんだね……。あんな国土を王様が治めてるんだから」
「もっとも昔はディオニスメリア王国とて、このクセリニアのように無数の小国がひしめき合っていたのだがな」
「初代ディオニスメリア王の武勇はまさしく、英雄そのものですからね」
「いや、2代目の内政が功を奏したという側面が強い。力で初代が束ね、2代目がそれを平定させたのだから」
「初代がいなければ、内政に才を発揮した2代目がいても今のディオニスメリアはなかったのでは?」
「ふっ、そこまで言うならば面白い。今夜の酒のともは、偉大なる王についてだな」
変なスイッチ入っちゃった。
あんまり、僕はそういう話にはついていけないんだけどな……。
宿屋と酒場が併設されていたから、僕らは長旅の汚れをさっぱり洗い流してから酒宴を始めた。最初は王とは何だという議論で、マティアスくんとリアンが激しく舌戦を繰り広げた。僕は耳が横に長くとんがっている魔人の女性が綺麗で眺めてた。
次に2人が議題にあげたのは南の果てと、北の果てはどちらが寒いのか、だった。
確かに北や南にずっと進んでいくと、寒いところになるっていう話はある。けれど判断材料も乏しいし、寒いのは一緒だと思って、僕は腕の関節が2つもある長い腕を持つ戦士風の男性が格好良くて眺めてた。
続いて結婚相手に何を望むか、という理想の話になった。
マティアスくんはミシェーラが好きってことをリアンには明かしていないからぼかしていたけど、聞けば聞くほどミシェーラの特徴に一致していた。一方のリアンは結婚をするのであれば、自分に女性らしさはあまり求めない人の方がいいと言っていた。
僕は健康で気立てが良くて尻尾の長い人、とだけ言って――尻尾の長いことの良さが分かってくれないから不貞腐れて――骨つきのお肉にむしゃぶりついておいた。
「――やはり英傑の武具と言えば、アーバインの作りし月砕きだ!」
「いいえ、英傑の条件はエピソードです。一度抜けば必ず命を奪わなければならぬ呪いを帯びた魔剣、すなわちデインスレイプでしょう」
白熱している。
2人とも本気で喧嘩をしているんじゃなくて、自分の知識を総動員して相手を認めさせることに面白さを感じているんだと思う。だから止めないけど、あんまり僕の加われる雰囲気じゃないからちょっと疎外感。寂しい。こういう時、レオンがいてくれたら脇で別の話とかしていられるんだけど。
そう言えばレオン、元気なのかな。
今、学院を卒業して……3年くらいだったかな。もう成人したのかも。大きくなってるのかな。懐かしい。
「おいおい、あんちゃん達よ」
元気な熱論に、声がかかった。
ちろちろと黒いヒゲを生やした男の人がひとつだけ空いてた椅子にどかっと腰を下ろしてくる。
「ドードテルドのもんじゃあねえな?」
「だったら何だと言う?」
「おたくらは武器について熱く語ってるようだが、だったらこのドードテルドのバジリオ王が持つ宝剣ってえのは興味ないかい?」
「宝剣ですか?」
「光り輝いて相手の目を眩ませるってんで、光の剣なんて言われてる。しかもそれだけじゃあねえぜ、こいつは稲光のように速く駆けて敵を切り伏せるのさ。
この光の剣をもってバジリオ王の祖父がこの国を築き上げた。今も城の中に大切に保管されてるようだ」
バトルマニアの2人は、その話に聞き入った。
僕はむしゃぶりつくした骨をかじって、奥歯の調子を確かめる。たまにちゃんと硬いものを齧っておかないと気持ち悪くなる。噛み合わせというか、そういうところが。骨はそういう意味では最適だった。
城内には入れないけれど、外から眺める分には問題ないらしい。
昨日の話ですっかりドードテルドの宝剣に興味を持ってしまった2人は、どこからか宝剣を見れるんじゃないかとありもしない希望を抱いて日が高くなったのを見計らって城へ行こうと口々に言い出した。反対する理由はないから僕もついていく。
「あまり、堅牢さは求められそうにないな。攻められたら危なそうだ」
「ですが入口が絞られていますからね。この壁をよじ登るのも難しそうですし、これはこれで機能的ではないですか?」
お城を見た感想って、そういうものかな?
大きいし立派だし、こんな大きいお城を造るなんてすごいって素直に僕は思うんだけど。
「ロビン、魔法で攻め込む場合はどう見る?」
「普通に見ようよ……」
提案してみるとマティアスくんはちょっとつまらなそうにしたけど、リアンは笑いながら同意してくれた。
「――姫様、お待ちくだされっ!」
慌てた声がした。丁度、僕らが眺めていた城の窓から、ぱっと何かの布きれを繋ぎ合わせたようなロープが垂れ下がって、そこから女の子が飛び出てくる。するするとロープを伝いながら降りてくると、窓の上から見事な鷲鼻の老人が落っこちそうなくらいに身を乗り出す。
「そ、そこの者達、姫様をお止めになってくだされ! どうかっ、後生じゃあっ!」
僕達のこと?
と、顔を見合わせてる内に窓から出てきた女の子はヒールの靴を脱ぎ捨てて走って行ってしまった。
「あああああああっ、ひーめーさーまーっ!!」
がっくりうなだれた人を見上げていたら、やがて、ぎろっと睨まれた。




