カッコつけられないレオン
「レオンハルト様」
お誕生日席へ座らされるとブリジットが恭しく、メイドらしいこう、手をへその下らへんに置いた一礼をしてから口を開いた。
「レオンハルト様はご自分のお誕生日をご存知ないとミシェーラお嬢様より聞いておりました」
「ああー、まあ……」
「ロジオン様に毎年のようにプレゼントを贈っていただいたこともございましたし、先日は危ないところを助けてもいただきました」
「いや、あれは別に」
「ですので」
言わせてもらえない。
黙って聞いていろということなのか。そうか、じゃあ黙っとこう。
「僭越ながら、特別なお礼も兼ねまして。
もしもよろしければ、この屋敷で14年前にお亡くなりになられてしまった、レオンハルト・ブレイズフォード坊ちゃんのお誕生日の今日を、あなた様のお誕生日としてお祝いさせていただいてよろしいでしょうか?」
あっ。
そうか、そういうことか。
ロジオンが隠してたのって、これだったのか。
て言うか、普通に俺の、レオンハルトとしての誕生日なんじゃん。
今日か。いや、暦分からねえけども、今日だったのか。
別に俺がレオ坊ちゃんってバレたりしたわけじゃなかったのか。
あー、安心した。何かすげーほっとした。
安堵しつつも見渡すと、妙に緊張気味な顔がちらほら見えた。
俺は素直に嬉しいんだけど――よくよく考えたら、他人の誕生日だから、今日にしたらどうだいベイベーみたいな感じだもんな。
ふざけんなとか言う心ないアホも中にはいるかも知れない。
でも。
すげえ嬉しいんだけど言葉がどうも、出てこねえ。
「レオン……? やだった?」
うかがうようにリュカが気不味い沈黙を破った。
マノンが生唾を飲み下すのが見える。音も聞こえたような気がしないでもない。
「や、そんなことはないんだけど……何か、いやー、ほら。
こんな風に祝われちゃったりするの初めてだし、ちょっと気恥ずかしいっつーか……」
違うだろう、気恥ずかしいもあるけど違うよ、俺。
そういうのより先に何か、別のがあるんだけど何て言やあいいんだ、これって。
不意打ちを食らった気分だ。
しかも心臓に直接、ガツンと杭を打ち込まれたような――て俺は吸血鬼かっつーの。いやいや、愉快な胸中漫談してる場合じゃなくてだな。
とにかく、このビミョ〜になっちゃってる空気は良くない。
恐らくさっぱり鏡実のない話を朝から日が暮れるまで延々と聞かされたロジオンの努力だとか、食堂をここまで飾りつけた手間とか、めちゃくちゃ大量に料理を作ったイザークの労力とかもあるんだし。
「……あ、ありがとう?」
何でお礼言う程度で俺は疑問符つけてんだ。
いやいや、挽回して何かいいこと言っておこう。何せ、俺が主役みたいなもんだ。うん。
こういう時はストレートにガツンと言えばいいのさ。
ロッカーだってバースデーソングを歌う時は大体、ストレートに歌ってるんだ。函館発のあのロックバンドだってそういう曲を出してた気がする。バースデーな感じにガールに歌ってた気がする。ハッピーハッピーバースデーと歌ってた。
えーと、何て言うか。
「……ちょっとタイム!」
やべえやべえやべえ、何も浮かばねえ。
何か言わなきゃダメだろう、何て言う?
ありがとうな、祝ってくれて嬉しいぜ、あーはん?
いやいやいやいやいやいやいや、それはないだろう、ないな、ない、ない。
今日と言う日をもってわたくしは14歳となります。さて14歳と言えば世間では自意識が過剰になって、自分が特別なものと誤認してしまう病気のようなものに陥る若者が多いそうです。しかしそれの何がいけないのでしょう? 大人になるというのは綺麗なだけではいられないということです。
思えばわたしも自分が特別な存在になれると思って前世では人生を棒に振りかけておりました。
そう、思えば始まりは俺の精神的な年齢の上での14歳を迎えた、あの日に――っていやいやいやいや、脱線しすぎっていうか何様のつもりだっつーの。
あれえ?
あっるえぇぇ〜?
俺ってこんなにパッと言葉が思い浮かばないやつだったっけか?
ていうか、レオンハルトとして14歳? 生前の俺、26歳? 40歳やんけっ!! オッサンやんけ! いつの間に過ぎてた、俺の三十路! 全然まっとうなおじさまになれてる気がしねえぞ、大丈夫なのか、これっ!? 精神年齢が変わらねえとか、ちょっとあれだろう、あれ。うん、何か、良くも悪くもあるだろう。
マジかぁー、俺もう四十路か。
希望的観測に基づく俺の輝かしい未来予想ではもうワールドツアーを終わってる年だぞ、おい。
ってそうじゃなかったんだ、今は。
今、俺がやるべきことは気の利いたことをちょろっと言ってだな――
「レオン、ご飯冷めちゃうから食べよ?」
うん。もういいや。
俺、格好つけるのやめとくわ。でも言わせろ。
「お前は空気ってのをほんっとに読めねえのなっ!?」
「だから、空気に字なんて書いてないだろ!」
「そうじゃねえっつーの!」
ぷりぷり怒ってるとマノンが小刻みに肩を揺らして笑っていた。
もういいよ、これで。
「ありがとうっ、じゃあ飲み食いさしてもらいやーす!」
勢いだ、こんなもん。
フォークとナイフを持ち、とりあえず何かの丸焼きらしきものへナイフを突き立て、切って口に運ぶ。肉汁ぶしゃー、香辛料ぶわー、旨味ぐわーの三連コンボ。
「何これうまっ!? ひとりで食っててもつまんねえから皆で食おうぜ、ほら」
「やったっ! ずっと食いたかったんだ〜」
「じゃあ僕も」
イザークの料理ってすげえな。うますぎだ。
ちらっと見れば得意そうに腕を組んで頷いている。
ブリジットもマノンもイザークも、壁際へ立って見守っている。
ママンもリュカとロジオンの食いっぷりを眺めてほほえんでいる。
「マノン達も食えば?」
「いえ、わたくしどもは使用人。主やお客人と卓を囲むことはできません」
ブリジットがそんなつれないことを言うもんだから。
「誕生日の俺様命令発動! 祝いごとは全員で、だ。マノン、ほら、ここ座れって」
「ええっ!? で、でもですね……」
「イザーク〜」
「…………」
呼ぶとイザークはスムーズに座ってしまった。
ブリジットが額を押さえる。椅子を立って、そんなつれないブリジットのところへ行く。
「ブリジットも。ほら、いいじゃん、たまには。俺の命令だぞ、俺の。
ここの家のかわいいレオ坊ちゃんの命令だと思ってさ、1回くらい聞いてくれたっていいじゃん」
「ですが……いえ、分かりました。奥様、よろしいですか?」
「もちろん。マノンも、座って」
「は、はい……」
よし、成功。
それでも遠慮がちなのは仕方ないか。
けどもやっぱデカい食卓なんだから大勢で囲んだ方が賑やかに見えていいよな。
マノンが何かの丸焼き肉を一口食べるなり、目を輝かせる。イザークは意外にもテーブルマナーを知ってるようで、綺麗に食べる。ブリジットも遠慮がちながら、サラダなんかを食べている。脂っこいの多いもんな。年なんだろう。
その中でママンは、フォークもスプーンも手にせずにほほえんでいる。
食べないのかと思って声をかけようとし、珍しく口より先に頭が動いたから思いとどまった。
俺、ママンのこと――何て呼べばいいんだ?




