嵐の中のお迎え
雨も強けりゃ、風もかなり強い。
こりゃあ嵐だな。魔法で作られるのとは違う、天然の嵐。……天然ってのもおかしなもんだけど。
水はけが良くないのか、あまり雨の降らない気候だからか、庭には巨大な水溜まりができている。スパイクブーツでそれを踏みながらさっと周囲を見る。ロジオンはマノンとブリジットに反発して、家出をしたんだろう。
家出の目的なんてのは、あってないようなものだと思う。ただ気に食わなくて、一緒にいたくないから出ていく。
それだけ。
だったら、遠くへ行って困らせてやろうとか、自由を手に入れてやるぜヒャッハァーとか、そういうのを考えなければ近場にいそうなもんだ。ロジオンのことを熟知してるわけじゃないが、俺にはどっちのタイプにも見えなかった。
となれば近場で、加えてこの風雨を凌げそうな場所を虱潰しに探してやればいいだろう。
いや、雨が降り出す前に出て行ってたようだから、そう決めつけるのも良くないかもな。
出て行った手前、単純に戻りづらくなって身動きが取れなくなったというのも考えられる。
そういう時はお迎えに行ってやった方がいいはずだ。
まあいい。
とにかくまずは屋敷の近くから探してみよう。イザークも探して見つかってないってんなら、目線の高いところを探しても意味はなさそうだな。子どもの目線から、低めのところから探すか。
まずは門を出て屋敷の周辺から。敷地内にいるんなら、何かあっても自分で帰ってこれるだろうが、外に出てて何かあったんじゃマズいはずだ。昼も通ってきた綺麗な林の小道を歩きながら探す。
かなり丁寧に手入れをされてて、明るい内は綺麗な道だった。だが今は暗いし、ちょっと不気味だ。どうしてこう風にざわめく木々の音ってのは不安を煽ってくるもんなのか。
小道を外れて茂みの方まで分け入りながら探す。
木のうろだとか、そういうとこは身を隠すのに絶好だ。ついでに雨風も凌げたりすることはある。けっこう活発な印象だし、服が汚れたりするのを嫌がることもないだろう。
「……いないか」
まあ、まあ、うん。すでにイザークが探してたんだし。
そう簡単には見つからないだろうとも思える。魔影でも使えたらこういうのは楽になるが、まだ魔力を集められそうにない。指輪を外しさえすればちょっとくらいはいけそうだが――こんな嵐の中で鼻血噴いてぶっ倒れるのもマズいしな。
もしもそれが家出しちゃったばっかりに探しに出たからだ、ってなればまたロジオンの立場も悪くなるだろうし。
……そもそも俺が調子に乗って小トラちゃんに構いすぎたからだとか、そういうのは今はいらない。
一応、ロジオンには謝っておくけども。
だけど心配をかけさせるのは良くないよな。抗議をするなら、別の方法を取らねえと。
迷惑をかけて抗議ってのは、そのかけられた迷惑のせいで受け入れてもらえやしねえと思う。うん、たまに前世で見かけたデモとか、マジでそう思う。うるっせえんだよなあ、あいつら。道路塞ぐし。急いでる時に遭遇したら、まあ面倒臭いし。
いや今はそういうのはいいんだった。
「ロジオーン、どこ行ったー?
出てこねえとこっぴどく叱られるぞー?」
イザークのことだから呼びかけながら探したということはないだろう。
ロジオンを呼びながら林の中を歩き回る。しっかし、雨がひどい。風も強い。あ、帽子忘れてた。そうだ、帽子を買おう買おうとずっと思ってたんだった。畜生、俺の忘れっぽさが恨めし――
不意に。
稲光と轟音。
けっこう近いところで音がしたし、めちゃくちゃ光った。
いよいよ雷様まで出てきやがったか。そこらの木に落ちて火事とか起きやしねえよな? 大丈夫だよな?
雷の時に木の下に隠れるって確か良くないんだっけ?
木に雷が落ちて、木を伝って周りまでドカーンとやられるだとか聞いたことある。……大丈夫か? 大丈夫だよな? ちょっと不安になり始めたら、またどっかで稲光が起きた。ちょっとヤバいんとちゃいますか?
「ロジオン! おいこらっ、出てこいっつーの!」
急ぎ足で林の中を歩き回る。けっこう広いな、この林。
アスセナ村の方まで行っちゃったりしたのか? けどこの嵐じゃ住民は外に出ないだろうし、ちょっと外を見てロジオンがいりゃあ保護されてたり――いやでも、うーん、どうだかな。
それならまだ少しは安心だけど、魔物も多くないにせよいるだろうし、治安もちょっと心配だからな、この国は。
ん? 国じゃなくて世界か? 時代か?
まあいいか、その辺は。
雨でマントまでずぶ濡れだ。まあでも泥はねやらから下の服を守れるから、脱ぐわけにもいくまい。足元は覚悟しなくちゃな。マノンらへんが洗ってくれるんだろうか。悪い気がしてくるんだよなあ、こういうの。
いやいや、何を関係ないことばっか俺は考えてるんだ。
今は早くロジオンを見つけて屋敷に連れ帰るだけだ。
林の中を右往左往しながら走り回って、ロジオンを呼ぶ。
草の根を分け、木の根をひとつずつ覗き込む。
見つからない――。
この雨に長いこと打たれてたら風邪でもひきそうだ。こんなことならリュカに早く魔影を覚えさせておけば良かった。そしたら叩き起こして探させたのに。いや、ないものねだりはすまい。
「ロジオ――――ンっ!!」
呼ぶ。
ちょっと喉が痛くなり始めてる。
風邪ひかれちゃ大変だ。風邪くらいならいいけど、こじらせちゃったりしたら、こんな田舎に医者なんてそう多くはいなさそうだし怖い。まして、医療レベルは俺の前世とは違うんだ。ちょっとした病気でころっと死ぬようなこともあるかも知れない。
ほんともう、心配になってきた。
魔物だって侮れないしな。中には雨が降ってる時ばっかり活動が活発になるようなのもいる。そういうのは普段は身を潜めてて、そんな危ないのが近くにいたなんて知らなかった――なんてパターンもある。学院で習ったから知ってる。具体的にどうこうってのまでは覚えてないけど。
「ロジオン! 今なら俺は怒ったり叱ったりしねえから出てこい! これ以上手間かけさせたらぶん殴るぞこらっ! おい、聞こえてっかっ!?」
聞こえちゃいないだろうな。
音がすごい。とんでもねえ嵐だ、しかし。
もどかしい。
いっそ、魔影を使うか?
「…………」
使っちまおう。
背に腹は変えられねえし、何かあってからじゃ遅い。じいさんにもらって、ソルヤに魔力調節の魔法的なものを施してもらった銀の指輪を外す。
魔力を集めると、鼻血がすぐに垂れてきた。
すぐにやらねえといけないな。一瞬だ。ほんの一瞬で、最大範囲を洗い出す。
魔影、発動。
感覚が広がっていく。
覚えた当初はあまり遠くまでは分からなかったが、今はその気になれば広大な範囲にまで広げられる。俺を中心に、100メートル、200メートル、300、400、500――。
どんどん魔力を広げていくが、まだ引っかからない。
屋敷の中には5人分の反応。リュカ、ママン、ブリジット、マノン、イザークか。まだロジオンは戻ってない。どこまで行った?
さらに広げていくと、鼻血がまた急激に溢れてきた。
片手で鼻を押さえ、とうとうひとつの反応を拾う。いや、もうひとつある? 遠い。方向だけ確認し、すぐに指輪をはめた。垂れた鼻血は雨が洗い流してくれていく。反応のあった方へ走り出す。
けっこうな距離だが、全力で走った。
短剣も抜いて邪魔な枝葉を切り落としながら、泥にぬかるむ地面を蹴る。スパイクブーツはしっかり地面を掴んでくれる。足の中に水が浸水していく不快感もない。地面から突き出た根っこを踏んづけても、転びそうにない。
「ロジオン、どこだ!?」
走りながら叫んだ。
方向は合ってるはず。
気になるのは、ロジオンと一緒に捉えた、もうひとつの反応。
魔力を持った何かだ。偶然にも家出していたロジオンを保護していた善良なやつならいい。
だが――悪党や、魔物だったなら。
「ロジオン! 返事しろっ! いるのは分かってる、俺の声の方に来い!!」
喉が掠れて痛む。
その時――どこかで木が薙ぎ倒された。
光が見える。光の方で、何かが動いている。木が倒れた音がする。僅かな振動が伝う。
周囲を照らすのに使われている魔法の光だ。火だと密室の空間では一酸化炭素中毒になったりすることが認知されてるから、火の玉ではなくて光の玉を光源にするのが一般的だ。一酸化炭素中毒という言葉こそ使われていないが。
視界がひらけて、光源が見えた。
四足歩行の、巨大なトカゲのような魔物がいる。ロジオンはそいつの前で木の枝を握り、向けたまま尻餅をついていた。魔物が意外にも機敏な動きでロジオンへ襲いかかる。
短剣を思いきり投げ飛ばした。開かれていた上顎を短剣は掠める。だがそれで僅かに動きが止まった。
背中から布を巻きつけているフェオドールの長剣を掴み、ロジオンの前へ出て振り下ろした。布が焼かれて消え去り、炎が放たれる。魔物が背を向けて走って逃げる。炎は届かない。
少し先で魔物はこちらを振り返ると、ちょろちょろと舌を出した。
全長3、4メートルはありそうなでっかいトカゲだ。色は黄色と黒。いかにも危なそうな縞模様。こういう主張の激しい生き物は毒とか持ってそうなもんだ。陸の上でも、海ん中でも。
「――よう、ケガはないか、ロジオン」
生憎と魔物は逃げちゃくれないようだ。
やつから目を背けず、後ろへかばったロジオンに問いかける。
「ちょっと離れてろよ、このトカゲをぶっ殺すから」
握り締めたフェオドールの長剣を魔物に向ける。
さて、魔技なしでこのでっかいやつを相手にどこまでやれるかね。




