争えない血筋
ママンやミシェーラ姉ちゃんと同じ栗色の髪。
貴族のお坊ちゃんらしい小綺麗な格好はブリジットが用意してたりするんだろうが。でも学院で見かけてたようなアホどもな雰囲気は全然ないな。ひいき目かもだけど構うもんか、けっこうかわいい顔もしてやがるし。
まあミシェーラ姉ちゃんの弟だってんなら、これくらいはな、うん。
あ、俺もミシェーラ姉ちゃんの弟だったか。……うーん、もうちょっと俺も温厚篤実を美徳にしてみるか? いや、今さらか。うん、温厚はともかく、篤実は俺できてる気がするし。
「こっちに来て。すごいのがあるから、早くっ」
が、しかし。
どーもこのロジオンくん、人の話はあんまり聞かないタイプと見た。
でもこう、初対面でいきなり他人の手え掴んで引っ張っちゃうらへん、ミシェーラ姉ちゃんにも通ずる人当たりの良さを感じる。人当たりっていうか、人が好いというか。
けどここまでいきなり心開かれてると嬉しくなくないよなあ。
いやー、弟ってのはかわいいもんだ。
「ロジオン様、お客様方には先に汚れを落としていただいてもらった方がよろしいかと」
なんて思いつつ、引っ張られるまま屋敷に入って行ったらブリジットが立ち塞がった。
汚れ。確かにちょっと派手にリュカと遊んでたから汚れちゃってる。
「大丈夫だよ、ブリジット」
「なりません。こちらへどうぞ。ロジオン様もお手を洗ってください」
このぴしゃっとした感じは、ちょっと逆らいがたい。
大昔――ってほどでもないけど、昔に素っ裸に向かれて初めてのお風呂にされた水場で手を洗わされる。こういうとこはどうも、魔力欠乏症には厳しい日常だ。下水道みたいのは王都にはあったが、どこへ行っても上水道のようなものはない。
水は魔法で自前で出すもの。そういうもんだ。
もっとも貴族のお家には使用人がいて、ちゃちゃーっと水魔法を使ってくれるから自分でやる必要はないけど。
と余裕をこいていたら。
「こちらでお手をお拭きになってください」
「……あれ?」
ブリジットにはタオルめいた布を渡されるのみ。
ロジオン坊やが自分で水を出して、それでじゃばじゃば洗い出す。リュカがそれを見て、気を利かせずに自分だけ水を流して手を洗い出す。
俺はそんなのできないっつーの。困るわー。
何でやってくれねえの、ブリジットは。
「…………」
「どうかされましたか?」
きょとんとしてブリジットに尋ねられる。
「魔法、使えなくて……」
「魔法が使えない?」
「魔力欠乏症なもんで」
「っ……それは、申し訳ないことを」
やっぱ驚くよなあ……。
別にもう慣れたもんだけど。
驚かれるか、露骨に侮蔑されるか、哀れまれるかのパティーンですよねー。
無事にブリジットに水を出してもらい、手を洗う。
しっかし、ブリジットってこんなにしわくちゃだったっけか。老けたか。さては老けたな? 年は分からないけど。
まあでもまた姿を見れただけで俺としては満足。まだまだ足腰も立ってそうだし。
「ねえレオン、お腹減った」
「お前さあ――」
「でしたらリュカ様、何かおやつになるものをご用意いたしましょうか?」
「おやつ……んー……」
「お前は何を図々しく悩んでんだよ」
「だって腹減ったぁ……。大食い」
「お腹空くんだもん」
「ならば今から、リュカ様に何かお作りいたしますか?」
「甘やかさないでいいです」
「いえ、この屋敷のお客様にはご不自由なく過ごしていただかなければなりませんので」
じゃあこのセルフ上水道は何なんだか。
ブリジットがマノンを呼びつけ、リュカはうきうきで連れ出されていった。食いっ気ばっかで仕方のないやつめ。
「ブリジットは来ないでいいから。さ、こっち来て」
で、俺はロジオン坊やに引っ張られていく。
二階に連れて行かれる。ママンが出てきた隣の部屋だった。天井から梯子が降りていて、そこをダダっとロジオンが上がる。屋根裏部屋、的な感じだろうか?
俺もそこへ上がるとすぐにロジオンは梯子を外し、板で蓋する。
窓がなくて暗いと思ったらファイアボールで照らされ、かと思うと蝋燭の立てられている燭台に火が灯る。ミシェーラ姉ちゃんと同じで、この坊やも魔法は得意なのか?
セルフ上水道とかも、そういう訓練めいたものの一環だったりするんだろうか。
ガキのころから魔法を使ってると上手になるとかならないとか、けっこう前にフォーシェ先生に聞いた気がする。うろ覚え。
「何があんだ?」
「ちょっと待ってて。多分、向こうが馴れればくるから」
「何が?」
「静かにしてた方がいいから、しーっ」
しーっ、て言われても。
じっと待つのも退屈だから、何かいるのかと魔影を使う。と、いた。
何かはよく分からないが、人じゃないだろう。
こんな屋根裏に人を匿ったり、待ってればくるなんていうのもおかしい。となると?
やがて、蝋燭の火に照らされた影が見えた。
「ちちちっ、ちちちちっ……ちっちっちっ……」
ロジオンが舌を鳴らすように呼んでいる。
これは――もしや、もしかして、この、こいつはっ!?
「おいで」
四つん這いになりつつ、ロジオンが小さな声で呼びかける。
そうして指を差し出す。暗がりから出てきたのは、猫だ。
けっこう丸っこい――けど別にデブっぽい具合でもない。
子猫っぽい丸み。だけど、うん? 暗いからなのか、子猫にしちゃあでっかいような? 目を凝らす。白っぽい毛に黒い模様。丸顔で、もこもこな毛に覆われていて、目もまん丸。でもその瞳は綺麗な緑色に光って見える。宝石みたいだ。
「イザークがくれた本には透輝虎って書いてあった」
「トラ……」
「その赤ちゃん。偶然見つけたんだけど、警戒心強いからなかなか出てこなくて……。あと暗いところが好きみたいだから、ここに連れてきたら下に来てくれなくもなっちゃって」
「トラの、赤ちゃん……」
「かわいいでしょ?」
我が弟よ、お前もかっ!?
ミシェーラ姉ちゃんが尻尾好きだったのも驚かされたけど、お前も獣好きかっ!?
ああ、ずっと理解者に恵まれないと思ってきていたけど、まさか血の繋がっているミシェーラ姉ちゃんやロジオン坊がそうだったなんて。
レオンハルト嬉しい!!
「さ、触れる? 触れるのか? もふっていいのか?」
「触ろうとすると噛んでくるから……」
「ハッハッハ、その程度で俺の飢えたもふもふ欲求は鎮火されぬのだ」
「えっ……?」
魔鎧発動。
腰を上げ、ゆっくり毛玉へ近づくと威嚇するように毛を逆立てられた。
こいつが動物なのか魔物かなんて関係ない。
俺は心ゆくまで、この毛皮をまとったあったかそうな生物をもふるのだ!
「さあ〜、俺のところへ来い、毛玉……。
ふひひっ……かわいがってやんよぉ……俺が心ゆくまでなあっ!」
飛びかかる。
さっと逃げようとするが遅い!
手を伸ばして捕まえにかかると引っかかれるが、魔鎧を使っている俺には通用せん!
持ち上げる。
俺の指を噛もうとしてもムダだ!
魔鎧はこれしきで痛みを感じはしないのだからなっ!!
腕の中に抱き込み、胸に寄せて頬を擦り寄せる。
うっははははー、ロビン的なちょっとごわついたもんかと思ってたけど猫っぽい。やらかい、めっさやらかい! でも毛をめくろうとしても地肌の見えてこない密集具合。甘噛みっぽくないガチな噛み方をされるけど全然気にならないもんね!
やだもう、何これ。かわいすぎるだろう、何なんだよ、もう、これ最高。
「あっははぁ〜……何だよ、何なんだよ、かわいすぎるだろう、マジ……。うっひょー、もっこもこであったかいし、ああ、最高、マジ癒される、一生こうしてたい。まだ子どもにしても骨格しっかりしてんな、トラだからか。それに胴の長さに対して、また足が短いな。短足か、お前って短足だったのか。それに、この、うおっと……肉球っ、肉球ぷにぷにぃ〜、ひゃっほう、黒いのか。お前肉球黒いのかあ、かわいいなあ、こいつ、このこのう。はぁぁー……何だよ、噛むなよ、もう、かわいいなあ、クソったれめ、天使か、お前は天使なのか。尻尾はけっこうしましまか、そうか、お前もトラだもんなあ、いやー、いいなあ、お前最高だなあ……」
もふった。
そりゃもう盛大にもふった。
ロビンのように文句を言うこともないし、クララのような好意を持たれる心配もない。ただただ、愛でてもいいのだ。愛だ。世の中は愛で平和が成り立つんだ。どれだけ威嚇してこようとも、大丈夫、俺がその警戒心を愛でほぐしてやろうじゃないか。
「……さ、触らせて? お願い」
「好きに触れよ」
堪能してたら声を震わせながらロジオンが言ってきたから小トラちゃんの前足を脇の下から持ち上げるように押さえてやった。お腹を見せてぬいぐるみのようにだらんとしつつ、尚も暴れようとしている。
ハハハッ、そろそろ鼻血が垂れてきてるもののまだいけるのだ。
……さっき魔技を使ってなきゃ、もっと戯れられたのに。
恐る恐るロジオンは手を伸ばしてきたかと思うと、すぐに無遠慮なタッチになってもっふもふにし始めた。
うんうん、これは血筋なんだろうな。俺はきっとそういう波長が合っちゃったところにレオンハルトとして生まれてきたんだろう。
堪能してたら急に魔鎧が解除され、がぶっと俺の指が2本食われた。
きれーに指の肉が一部抉られかけたのはご愛嬌にしつつ、さくっと屋根裏から退散するのだった。




