レオンの訓練
こんなに狭かったっけ――?
マノンに案内されて、13、4年ぶりに入った部屋は記憶にあるほど広くない。どうにか脱出しようとして這いずったドアまでの距離も、あの時はけっこう長く感じたのに大した奥行きに思えない。
だけど家具の配置なんかは変わっていた。当然のようにベビーベッドはないし、他に物らしい物なんてなかったはずなのに本棚があったり、ベッドが置かれていたり。部屋の隅には何かが置かれていて、大きな布を被せられていた。埃避けの布なんだろう。
「ここをレオンハルト様はお使いになってください」
「ん、ありがと。……て、ベッドひとつしかないんだけど、こいつは」
「ちゃんとご用意してあります。お隣のお部屋ですよ。どうぞ」
リュカが連れ出されていった。
あ、そういう……。今までリュカとずっと同じ部屋だったからな……。まあ、別に大丈夫、か。大丈夫だよな? うん、あいつはバカだけど悪戯好きってタイプでもないし、もう目を放したって平気だよな……?
壁越しに、リュカがはしゃいでる声が聞こえてくる。
後で静かにしろとは言っておくか。
しっかし――来ちゃったな。
ミシェーラ姉ちゃんに場所を教えられちゃって、アスセナ村まで来たのはいいけど屋敷に行くか行かないかで悶々として、遠目に眺めるだけでいいかとか葛藤してたらマノンが来ちゃって……。
懐かしの生家だ。
あまり変わったようには思えないけど、体のサイズも違っちゃってるから変な懐かしさと新鮮さが混在してる。俺がぎゃん泣きする度、あの階段をマノンは駆け上がって来てたのか。
ママンもそこまで元気そうって風には見えなかったけど、生きてて良かった。
ブリジットと、顔も知らない弟くんはまだ見てないが。
でも何をするかね……。
ここへ来ちゃったのはいいにしろ、やることなんてない。
ミシェーラ姉ちゃんと王都で会った時のように、気楽に話をするような間柄でもないし。
かと言って一晩泊まって、それでどろんじゃあ――ミシェーラ姉ちゃんにあんなに言われて来たのに、何だかな。
どうしたもんか。
とりあえず、剣と槍でも振り回そう。よし。
荷物を置いて、槍と短剣だけ持って庭へ出る。
魔技なしで、魔技を使うリュカを上回るくらいになるのが今の目標。イアニス先輩は余裕でやってたんだから俺もそれくらいはできるようにならねえと。
そのためには、一に鍛錬、二に練習、三四は息抜き、五に気合い。
そうだ、中坊になったと思えばこれくらいからガンガン部活だの何だので筋トレさせられてたんだから、今さら背が云々とか気にしねえでいいんだ。とにかく体を虐め抜いて、鍛えまくって、素の力で強くならねえとダメだ。
槍を握り、構える。
どうすればいいなんて教わり方は、今まで一度も槍に関しては教わってこなかった。ただがむしゃらに、じいさんに挑んでは返り討ちにされ続けてきただけ。
だから、仮想じいさんを脳内に作り出す。
それが目の前にいると想定して、槍を構える。
今日のじいさんの設定は、海がシケてて俺が漁はやめとけって言った。
でもあのじいさんは構うもんかと行っちゃって、案の定、波にもまれ、魚も獲れずに引き返してきてご機嫌斜めのプリプリ状態。雨風が吹きつけて、波もいつもよりでかい。そんな感じ。
さあ、いくぜ、じいさん!!
仮想じいさんに向かい、槍を振るう。
会う度、じいさんは底知れない強さを見せてくるから、この仮想じいさんもはちゃめちゃ設定でお送り中。じいさんの銛の一突きは旋盤で空けられた穴みたいに、綺麗なまん丸で抜かれるだろう。とんでもなく速いそれを避けながら、弾きながら隙を見る。隙がない。やべえ。
仕切り直すように飛び退いてから、じいさんお得意にして、最強の投擲攻撃を誘ってしまったことに気づく。
あれはもう、あれだろう。某戦闘力53万のカリスマ悪役が、指先からビビッと出す、あのビーム並みだろう。超野菜人化した主人公は顔面で受けて挑発とかしちゃってたけど、さすがに俺にはムリ。
Q:じゃあどうする
A:避ける?
ムリ。
仮想じいさんの放った槍投げは、呆気なく――想像上にしろ――無慈悲にもレオンハルトくんの胴体をぶち抜いてしまいました。
「ちっくしょ……強過ぎなんだよ、あのじいさんめ……」
マジで何者なんだ。
漁師ってところ以外の情報が欲しくてたまらない。実は人の皮を被った何かじゃねえのか、あのじいさん。
もっと速く、力強く動けなきゃダメだな。
どうすりゃいいんだ?
魔技――はなしで、だな。
そこらのガキんちょよか腕力や体力はあったけど、大人と比べりゃ全然敵わない身体能力を魔技で引き上げたにも関わらず、対抗されてきてるんだから、俺も素でそれくらいはきっとイケるはずなんだ。
前世感覚だとちょっと人間辞めちゃってるくらいのパワーを発揮されてる感じがあるけど、この世界じゃあイケちゃうんだろう。どうしてたんだ?
謎だな。
「うーん……」
槍を振り回す。
最近めきめき背が伸びてる感じもある。こんなに短かったっけと思うくらい、槍が前よりも短く感じる。それでも充分な長さはあるけど。
すっかり手の延長として扱えるな。穂先を刃じゃなくて鉤みたいにすりゃ、ひょいひょい物を運べそうだ。
背中の後ろまで振りかぶって、打ち降ろす動き。
横から薙ぐように払う動き。
斜め下から穂先を地面に擦りながら振り上げる動き。
持ち替えながら体を回転させつつ、遠心力を乗せて薙ぐ動き。
どれもこれも、じいさんの動きをコピーするように身につけた。
全く同じというわけにはいかないだろうが、今のところは最適化されているはずの動作だ。それとも、もっと突き詰められたりするのか?
ゆっくりとひとつずつの動きを確認していく。
どうすればもっと良くなるのかと、直すところなんて自分で分からないままに。ただおかしなところがあれば修正してみようと思いつつ、じっくり、ゆっくりと確認する。――だけなのに、じわじわと汗が滲んでくる。これけっこう負担かかるんだな。
思いつく限りの、よく使っている動きを確認するとインナーマッスルがぷるぷるきてたのを感じた。
じっとりねっとり、亀の歩みのごとくやり終える。袖で額の汗を拭う。
結局、これと言って修正するようなとこもなかったな。
体を鍛えてく方向のがいいか? でも腕立てや腹筋ばっかしてても、何だかな。
いや、やっぱりここは、徹底的に槍でも剣でも振り回しまくって体に叩き込んだ方が――でもそれじゃあこれまでと変わらねえんだよなあ。わっかんねえなあ、こういうの。
「――レオン、何してんの?」
「うおおっ!? リュカか……おどかすな」
気づいたら近くにリュカがいて、しゃがんで俺を見ていた。
「脅かしてないじゃん」
「完全にお前のこと頭になかったんだよ……」
「けっこう前からいたのに?」
「いつから?」
「何か、ゆっくり槍振ってた時から」
「そんなにか……」
どうも頭で考えるのは性に合わない。
こうなりゃ、根性と気合いとハートでやるっきゃないだろう。
「リュカ、ちょっくら打ち合ってやるよ」
「マジっ!? 魔技と魔法は!?」
「魔法はなし。お前じゃ、庭ごと屋敷をぶっ飛ばしかねないから」
「ちょっとだけ、ちょっとでいいから――」
「却下」
ちぇっとつまらなそうにリュカは舌打ちをしたが、すぐに屋敷へ駆け込んで行った。
戻ってきたリュカはバリオス卿からもらった剣を抱えている。俺は槍の穂先にカバーをつけたまま、リュカも革製の鞘に剣を納めたままで模擬戦。
魔鎧を使っているリュカは、やはりとんでもないパワーを発揮するし、俺の攻撃じゃいまだに纏われた魔力を打ち破れるだけの一撃を見舞えない。それでも最近は、一方的に叩きのめされるということはなくなってきている。
勝てるかどうかは、別の話だとして。




