続く旅路
「――プロテクトキューブ!」
異形の魔物が口から放った光は、放射状に森を薙ぎ払っていった。
青々と茂っていた木々は光を浴びた箇所から蒸発するように消え去り、後に残ったのは抉れて剥き出しになった地面。――それと青いキューブ状の光の中に辛うじて囲い込めたマティアスくんとリアンだけ。
「ロビン……逃げろ、あれは……」
「逃げられないよ。あんなのがいたんじゃ皆が暮らせない」
左腕を失った父さんが呻くように言ってきたが、あんな魔物を放置するわけにはいかない。
あまりにも異質で、異常な存在。漂ってくる臭いさえ、何とも分からぬ気持ち悪いものだ。
「ゴォォォォ……」
観察する。
先ほどの2人の魔法で、魔物が傷ついている。父さんが何をしても傷ひとつつかなかったという硬すぎる体表の一部が溶け、肉や、骨のようなものが剥き出しになった箇所がある。
あれが突破口になるはずだ。
でも同じことをまた2人がやれるかとなれば難しい。
2人は魔法士ではない。
あんな高等魔法では2発目を放てるだけの魔力容量はないはずだ。仮に使えたとしても威力が落ちるのは目に見えている。
「ゴォォォォォオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ッ!!」
魔物が吼えた。
心までかきむしってくるような、恐ろしい咆哮。
見る者へ恐怖を植えつけ震え上がらせてくる。
負けて、たまるか。
「グレートロックレイン!」
魔物の上から直径2、3メートル程度の岩石を雨のように降らせた。
岩石によって溶岩溜まりへ魔物は叩き落とされる。溶岩は超高温だ。魔法による副産物だが、それを利用させてもらう。
「皆、伏せて! アクアスフィア!」
通常、人ひとりを覆える程度にしかアクアスフィアでは覆わない。
でも今回は魔物を丸ごと、そして大地に残る溶岩ごと、大質量の水で覆いつくした。水によって冷やされた溶岩が、その温度差によって圧力破を生み出す。
直後に凄まじい爆発が生じて、熱湯となった水の飛沫とともに衝撃が弾けとんだ。
魔物はまだ動いている。その場へ縛りつけるために、再びグレートロックレインで岩石を降らせ、駆け出す。
落下する岩石を飛び移りながら魔物へ迫る。
見るまでもなく、アーバインの剣によってマティアスくんを感じる。意図は分かってくれているはずだ。
「突き上げます!!」
リアンの声。両手で剣を握り締めると、魔物の下から鋭角の岩がせり出て魔物が突き上げられた。
僕と同じようにして魔物へ向かってきていたマティアスくんが、アーバインの剣を振るう。狙うのはホルスタインのガラのように穴の空いている魔物の傷口だ。
「はぁああああああああああっ!」
「やぁあああああああっ!」
タイミングを同じくし、僕とマティアスくんの剣が魔物の体を刺し貫いた。
僕の鼻先にはマティアスくんの剣の先端が、マティアスくんの方も僕の剣先が突き出ているだろう。
「抜いたらそこに水を!」
「分かった!」
引き抜く。暴れ出す魔物。
貫かれた傷口へ魔法で水を流し込む。
それを、凍結させる。
水は氷になるとその体積を増やす。
刺し貫かれた傷口はそれでさらに押し広げられたはずだ。
「ゴォォォォォオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ッ!!」
怒り狂った魔物がまた、口に光を集束させ始めた。
次はない。マティアスくんへ目配せする。伝わってるね――。
「アクアスフィア!」
魔物の顔をマティアスくんが水で覆った。
開かれた口に集まった光は、その水さえも消そうとしているが、すぐにはなくならない。次から次へとマティアスくんが魔力を水に変えながら途切れさせないようにしてくれている。
アクアスフィアを凍らせる。
顔ごと魔物は固められたが、尚も光は集まり続け、ヒビが入った。
でもこれで、頭は固定された。
僕は下から、アーバインの剣を突き上げていく。
マティアスくんは上から、アーバインの剣を突き落とす。
上下から氷を尽き砕いて魔物の頭を刺していく。
尚も硬い。焼いて、凍らせた。
もしもこの硬さが鋼のようなものならば、この温度変化でさらに硬質化する。
だがその硬さは、同時に脆さを生み出す。
力の限りに、剣を突き上げた。
小さな、手応え。何かが壊れるような。
それが広がり、とうとう砕け散った。
2本のアーバインの剣が天と地を入れ換える。
魔物の頭が粉砕されて飛び散っていった。首から強い悪臭とともに血が流れ出ていく。
「はあっ……はあっ……」
「ふぅぅーっ……」
マティアスくんと目が合った。
抜き身のままの剣を、軽くぶつけ合う。
「僕らの勝ちだな」
「うん」
「わたしは仲間外れですか? いいアシストしたと思ったんですがね」
「そ、そんなことないよっ!? リアンがいてくれて、すごく助かったし!」
「ふふっ、それは何より。クルトさんのお体は?」
「っ――そうだった……!」
慌てて振り返ると、父さんはすでに立ち上がっていた。
回復魔法をかけている間、父さんは集落へ近づこうとしていた魔物をどうにか引き離そうとついさっきまで奮戦していたと聞いた。利き腕を噛みちぎられて危うくなったところで、僕らが駆けつけられたと。
「父さん――」
「倒してしまったのか……。あんな、魔物を……」
唖然としている。
何だか僕も、予想と違って頭が空っぽになった。
それを引き戻してきたのは、マティアスくんだった。剣を鞘へ納めながら――その仕草ひとつだけ取ってもマティアスくんは何だか洗練されているように見える――父さんの方へ歩み寄っていく。
「クルトさん、申し訳ありませんがロビンは僕らとともに行きます」
「……ああ、そうか……」
「もしかしたら返さないかも知れませんが――」
「ま、マティアスくんっ?」
「何せロビンは、見ての通りに優秀な魔法士ですから。
彼には旅が終わってからも、是非とも僕に仕えて欲しいとも思っています」
「ええええ……?」
「給金は月に金貨5枚は出しましょう」
「金貨5枚っ!?」
「休日は7日に1日程度、三度の食事も保証します」
「お休みと食事つきっ……?」
「ですから、引き止めたいのであれば最後にどうぞ」
「えっ?」
ゆっくり父さんが右足を引きずりながら歩いてきた。
大人になった今でも父さんは大きい。集落の男の中では、僕は小さい方だ。父さんの残っている左手が僕の肩を掴む。
「父さん……」
「どこにいようが、お前は俺の息子だ」
「っ……」
「誇り高き金狼族の戦士だ」
「…………」
「それに変わりはない。
だが、お前が集落に戻るのは許さん」
「ぇ……な、何で……?」
「嫁と子どもを作るまではな」
え? うん?
肩に置かれていた手でぽんと叩かれる。
「子どもを育てて一人前だ。
次は今より強くなり、一人前の男として戻ってこい」
そう言って父さんは笑った。
呆気に取られていると集落の皆の匂いがふわりと鼻に届く。すぐにここへ到着するだろう。
「行ってこい、ロビン」
「……うんっ」
「さっきお別れしましたし、また顔を合わせるのもどうなんでしょうね?」
「僕はどちらでもいい。ロビンはどうしたい?」
「……行こう」
「いいのか?」
「だって、もたもたしてる暇はないでしょ? マティアスくんはあと何年、旅ができるの?」
「……頼もしいじゃないか」
一度だけ父さんを振り返る。
父さんの尻尾が少し垂れ気味になっている。
マティアスくんとリアンを先導して、集落の皆とは鉢合わせないようにしながら森の中へまた分け入った。
日が暮れても歩いた。
少しでも遠くに行きたかった。
ストップをかけたのはリアンで、2人とも僕が気づかない内にへとへとになっていた。やっぱり森の中は2人は馴れないらしい。
「ロビン、そこまで急がなくていいんじゃないか……?」
「ええ、少々……性急に過ぎるかと」
「ご、ごめん……。でも、もう充分離れたか……」
「故郷を離れたかったのか?」
「そういうわけでもないけど……何だか」
太い木を見つけたから、その頂上まで登っていった。
森の中から頭を出して眺めると、どこまでも緑が広がっているように見える。
浮かんでいた月を見つけ、嬉しくなって遠吠えをした。
父さん、母さん、皆。
僕は元気で過ごすから、皆も元気で。
やがて遠くから、返事の遠吠えが聞こえてきた。




