悩むマティアス
「ハァッ!」
「くっ――だったらぁ!」
「甘いな」
勝負を急いたところへ、ファイアボールをぶつけてやった。
強靭な金狼族の肉体は拳大の火の玉などにそう怯まないが十分な目くらましにはなる。前へ出ようとしていた相手の首元へ剣を寸止めすれば、それで勝負はついた。
「僕の勝ちだ」
「っ……参った」
おおーっとまた感嘆の声。
これで16人抜き。金狼族の戦士はひとりずつが強い。
だがやはり、この美麗な容姿、流麗な剣捌き、それに妖麗な魔法を扱う僕には及ばない。
死に物狂いの戦いとなれば彼らもここからさらに粘るだろうが、それでも単純にはかるのであれば僕の方が強いということに揺るぎはない。
金狼族の集落に到着し、早10日。
クルト氏との戦いでロビンが受けたダメージももう癒えてきている。
僕とリアンはもう集落に馴染み、何かと飽きずに過ごさせてもらっている。
優れた嗅覚と聴覚で魔物を仕留める金狼族の狩りにも同行させてもらったし、腕自慢との勝負にも学ばせてもらっている。もっとも、僕が彼らに教えることの方が随分と多いが。
ロビンの兄妹にも随分と懐かれたものだ。最初は「くちゃい」などと言われて遠巻きにされたこともあったが、今では年少の子達を中心に僕は人気を博している。朝早くから僕をどうやって叩き起こすかと画策して仕掛けてきたり、食事時に隙あらば僕の分をかすめ取ろうとしてきたり、狩猟本能なのか僕が気を抜いていると背後から気配を殺しながら近づいてきて尻の穴を両手を合わせて立てた二本指で狙ってきたり――。
……別に玩具にはされていない。
その証拠に最近は、よく甘噛みまでされるに至っている。小さい内は色々なものを齧ったり、噛んだりする癖があるそうで、人を噛むのはその相手に気を許している証拠だとか言うそうだから、これは懐かれているのだ。地味に痛いが、親愛表現の一環で大人になってからもこういうことはやるそうだし、その力加減の練習台としては光栄な身の上でもあるのだ。
そう、決して僕は小さめの子達の玩具に成り下がっているわけではない。
充実した日々である。
ふっ、レオンの羨ましがる顔が目に浮かぶようだ。
彼は無類の獣人好きの尻尾狂い。今の僕のような状況に置かれれば狂喜乱舞するに違いない。
だが、いつまでも金狼族の集落にいるというわけにはいかない。
ロビンの傷が癒えたら、また次なる目的地を目指して進むのみだ。ロビンがここへ残り、戦士の務めを果たすかどうかには、関わりなく――。
「マティアスくん、そろそろご飯だよ」
「ん? ああ。……じゃあ、今日はこれくらいにしておくか」
18人抜きしたところでロビンがやって来た。
と、僕に負けた18人の若者達がロビンと僕を見比べる。
「なあロビン、お前とマティ公はどっちが強いんだ?」
「ん? おい、マティ公とは何だ。ひどく侮蔑されている感じがあ――」
「マティアスくんだよ」
「嘘だろう、ロビン!!」
僕の訴えはあっさり流された挙句、事実だと言うのに僕の方が強いというのを疑われる始末。
この集落でもっとも強かったのはクルト氏だ。それに打ち勝ったロビンは、現在、実質的に集落で1番強い男ということになっている。そのロビンより僕が強いのは彼らには受け入れがたいのだろう。
「ほ、本当だよ……。学院で卒業前にマティアスくんと戦って負けたから――」
「て言うかロビン、お前はそのなよなよした言葉遣いをどうにかしろ!」
「そうだ、それでも戦士かっ!?」
「ええええ……でも……」
「でも、なんて言葉を使うんじゃないっ!」
人気者も辛そうなものだな。
まあ僕はそういう苦労はすでに身に染みて理解しているが。はははっ。
「ねーえー! ロビン、マティアス、ごーはーんー!」
「ああ、そうだったな。すまない。ロビン、先に帰っているぞ」
迎えに来た末っ子がぷんぷん怒っていたから、抱き上げてやってロビンの家へ向かう。
慌ててロビンも来ようとしたが、囲まれてしまってあれこれ言っていた。
「マティアス、ごはんおわったら、かくれんぼであそぼ?」
「かくれんぼか……。キミ達が鬼に回ったら僕は匂いですぐにバレそうだな……」
「じゃあマティアスもできるようになって」
「無茶を言わないでくれ。僕は人間族なんだ」
「れんしゅーすれば、いいんだよ」
「ほう、どれくらい練習すればいいものなんだ?」
「うーん……じゅーねん! とか?」
「さすがにそこまでいられないな……」
「え?」
「ん?」
「ずっと、いないの……?」
「……ああ、もう数日したら、少なくとも僕とリアンは行――お、おいっ? 何だ、その顔は?」
「いないのぉ……?」
じわりと大きな目に涙が溜まっていったかと思うと、泣き出してしまった。
なだめようにも聞いてくれない。困りながら家へ戻り、母君へ預けようとしたがしがみつかれてしまう。結局、泣かせるままに泣かせながら、片腕で食事をすることになった。
「またディオニスメリアへ戻っても、大したことはなさそうですし……クセリニア方面へ行ってみますか?
ヴェッカースタームに劣らぬほど多文化ですし、飽きないかと」
「そうだな……」
「となれば、ダイアンシア・ポートまでまた戻り、船でクセリニアですね」
今夜もロビンはクルト氏と外で語り合っている。
僕とリアンは三階に用意してもらった部屋で、今後についての相談をしていた。
「浮かない顔ですが、どうされました?」
「ロビンはどうするかと思ってな」
「2人旅になると寂しいですね」
「ああ……」
だがロビンは金狼族の次期族長候補としては名高くなってしまっているだろう。
現族長に勝利し、その戦闘力は僕を除けばこの集落では1番になっているのだから。強い者の中から族長を選ぶという掟もある。ロビンの上の兄達がどれだけ強いかは分からないが、ひいき目を抜きにしても――と思える。
「きちんとロビンに尋ねましょう」
「……何も言わずにロビンを置いて去った方が、いいんじゃないか?」
「何故です?」
「ロビンは仲間達に認められたんだ。将来もある。家族とも仲が良い。ここへいた方が幸せになれる」
「本気で言っていますか?」
「冗談に聞こえているのか?」
「……いえ。ですが、本人が決めるべきことです。
何も言わずにここを去ったら、もうロビンとは会えなくなるでしょうし、それが彼の意思に反していたら恨み殺されてしまうかも知れません」
「ロビンはそんなことはしないさ」
「でも恨まれますよ」
「…………」
本当にそうだろうか。
一時は怒るかも知れないが、時間が経てば――。
「昼に泣かれてしまっただろう?
僕らがここを去ると分かった途端に、あの泣きようだ。
これがロビンとなったら、子ども達はもっと悲しむんじゃないだろうか?
そう考えると、僕は何だか……ロビンを連れ出してはいけないんじゃないかと」
「何をバカなことを言っているんです?」
「なっ……バカなこととは何だ。僕は真剣に言っている」
「バカマジメに、と訂正しましょうか。
一生帰ることのない旅へ出て、今生の別をするわけじゃないでしょう。
それにいずれ、あの子達だって大人になるんですよ? 悲しむにしろ、数日経てばけろっとするものです」
「だがっ――」
「ではマティアスは、ロビンの意思をねじ伏せたいと言うのですか?」
「それは……」
「早計と言わざるをえませんね、マティアス。
加えて、わたしもあなたもここでロビンと別れるのは寂しくて嫌だと思っているじゃありませんか。
その身勝手な考えだと誰も望まない結果となりかねませんよ。
ロビンが一緒に行かないのであればわたし達は別れを惜しんで酒を飲み、ともに来るのであれば喜べばいいだけなんですから」
諭すようにリアンが言う。もう、言い合うべきことはなかった。
ひとつ下の階へ降りて寝床にあてがわれている、子ども達の寝室へ行く。雑魚寝が基本なようで、毛玉のようにまとまっている彼らのそばで横になった。




