クルトの想い
「立派でした。最後の最後で、あんな大魔法を使うとは驚きましたが……」
「父さんが使った技には、魔法でなきゃ対抗できなかったんだ。
あれは奥の手で、戦士の戦いならば死力を尽くして最後に繰り出すべき技だったから……あれを引き出させないと、どんな勝ち方をしたって、本当に認められることにはならないと思った」
回復魔法を用いてもロビンの受けたダメージは大きかった。
どうにかあれのダメージを軽減すべく、受ける寸前に後ろへ跳んだらしいがそれでも数日は安静にしなければならないほどだと言う。回復魔法もやはり万能ではないということだ。
だがその一方で、起き上がれぬほどのダメージを負ったクルト氏はロビンの回復魔法を受ければすぐに起き上がれるようになった。ロビンが受けたのは体内へのダメージで、クルト氏は外傷を負うに過ぎなかったということだ。それでも上空十数メートルまで凄まじい風の刃を受けながら巻き上げられ、落とされたのだから立ち上がることはできなかった。
「魔法で勝敗を決したことは良かったのか?」
「マティアス、それは野暮というものでしょう」
「だが、僕らの感覚とは違うものがあるかも知れないだろう」
「魔法で決着は、正直悩んだけど……でもあれが、僕がここを離れて身につけてきたものだから、それを知って欲しかったっていうのもあって。まだ父さんとちゃんと話せていないから、分からないけど……」
三階建てのコルトー家の最上階。
決して軽くないダメージを受けた体でクルト氏へ回復魔法をかけてから、ロビンはここへ運び込まれた。それまでロビンを軽視していた金狼族の若い男衆は戦いを見てからは、手の平を返したように次々とロビンを見舞ってきた。
それが一段落ついて、ようやく僕らは落ち着けて話をしている。
「お客さんのご飯できたって!」
ロビンの兄妹のひとりが顔を出して教えてくれた。
すぐにリアンが返事をし、ふと。
「お客さんの……?」
「おや、ロビンの分はどうなっているんでしょうね……?」
「まさかロビンだけ、食事抜きということなのか?」
「違うよ、安心して」
苦笑しながらロビンが言ってくる。
と、食事だと教えてくれた子が僕らの方へ来た。図々しくも、座っている僕の足の上へ座ってくる。
余談になるが、獣人族の住居は椅子などを用いずにラグなどを敷いた上へ座るのが一般的だ。
「オオツノウサギ、今少ないから」
「そうだよね……」
謎の会話をロビンが弟と交わす。
リアンも分かっていないようで、視線を合わせると小首を傾げられた。
「どういうことなのか、ご説明はいただけないのですか?」
「あ、うん。金狼族は戦い合った後、敗者が勝者のために狩りに出て仕留めた得物で食事を振る舞う習慣があるんだ。
仕留める得物は基本的には大きなものでいいんだけど、そこら辺はけっこう融通が利いてて、僕の好きなオオツノウサギを狩りに行ってくれてるんだよ」
「オオツノウサギ……」
「何となくの想像図はつきますが……おいしいんですか?」
「うん」
まあ、本人がそう言うのならいいのか。
しかし、狩りが終わるまで勝者は食事をお預けということになるのか? それはそれだと思ってしまうな。
「ご飯、ご飯っ! 早くして、マティアス」
「ああ、分かった――というかキミが僕の上に乗ってたら立てないだろう」
「あっ、そうだった」
「では先に食事をいただいてきますね、ロビン」
「うん」
炊事場にもなっている、土間作りの一階へ降りると食事が用意されていた。
ただでさえ大きなテーブルにところ狭しと大量の料理が並ぶのは、食べ盛りの子ども達がわんさかいるからだろう。ちゃんと揃ったか数えるのも少し大変な数がいる。僕とリアンは揺れる尻尾と尻尾の間へ座らされて食卓をともにする。
他の部屋はラグへ座るのが普通だが、炊事場も兼ねているのでここだけは椅子とテーブルがある。
「ロビンのおはなし、して?」
「きのうのつづき!」
小さな子達はやたらに僕に絡んできては、ロビンの話をせがむ。
食事中にあまりぺちゃくちゃ喋るものではないというのはマナーなのだが、郷に言っては――という言葉もあるから話してやる。ロビンがここへ帰るまでこの子達は顔も知らなかったはずだが、随分と尊敬されている様子だ。
僕はレオンのように意地悪ではないから、ロビンの輝かしい活躍について語ってやる。
リアンはもう少し年が上の子達に色々とせがまれている。
彼――ではない、彼女がせがまれて披露する話は見聞だ。ヴェッカースターム大陸で見てきたことはもちろん、ディオニスメリア王国の風土や歴史なんかまで噛み砕いた説明を交えて話している。
ロビンの母はそれをほほえみながら見守り、時折、まだ小さな手のかかる子の口元を拭いたり、食器を倒してしまった子を叱ったりしつつ世話を焼く。
「そう言えばロビンは、この家族の中では何番目のお子さんなんですか?」
食事を済ませて子ども達がうとうとし始めてきたころに、リアンが尋ねた。
「あの子は4番目よ。上の3人も男の子で、今は別の集落で戦士の務めをしているの」
「ちなみに、全部で何人のお子さんが?」
「ええと……20くらい?」
凄まじいな獣人族。いや、金狼族なのか?
「って言っても、族長の家だからっていうのがあるんだけれど」
「族長の家だと子だくさんになるのですか?」
「族長は世襲で、子ども達の中から1番強い子を選ぶのよ。
永く金狼族を守っていくためにも、大勢の子を産み育てて、少しでも強い子をって習わしなの。
それにたくさんの子を養って育てるというのも立派なことだから」
なるほど。特別、絶倫というわけではない――のか?
いや、だが充分にこれはすごいか。20人か。とんでもない数だな。
変な関心をしていると、不意に母君が鼻を鳴らした。
まだうとうとしていない子もパッと椅子を立ち上がって玄関へ向かう。何か嗅いだのは確かだ。
「おかえりなさい、とーさん!」
「ああ……今帰った」
何かと思っていれば、クルト氏だった。
肩に棒状の何か大きなものを担いでいた。――と思えば、それは角だった。先端部を肩に乗せて掴み、ずるずると獲物を引きずってきたらしい。
「これがオオツノウサギ――」
「とんでもないサイズですね……」
額から大きな角を生やしたウサギ。
しかし、オオツノだなんて名称の通りに巨大で、よく肥えていた。体長は2メーターはあるんじゃないだろうか。毛はくすんだ茶色で、首周りだけ色が薄くなっている。ウサギにしては肉づきがかなり良いようで、毛皮の上から肉が段差のようになっているのが見えた。
「とーさんすごーい!」
「おっきいー!」
「いつもの2倍はある?」
「ある!」
「ロビンうらやましい」
……子ども達の反応を見るに、特別サイズのようだ。
こんなものを昼に死闘を繰り広げてから仕留めてくるのだから、恐れ入る。巨大オオツノウサギはロビンの母君に託された。捌くのが大変だと彼女は少し肩を落としている。血抜きなどといった措置はすでにしているようだが、この大きさなのだから解体も重労働だろう。
リアンがその様子を見て手伝おうかと申し出たが、クルト氏がそれを制した。
「お前さんらに聞きたいことがある。ついて来なさい」
クルト氏に言われるまま、僕らは家を出た。
集落を出て森の中へと踏み込んでいく。僕らは丸腰でいることに少し、危機感を覚えるがそう深くまで立ち入ることはなくクルト氏が足を止めた。
「何のご用でしょうか? ロビンに関わることですか?」
「……あれとは、友達だと言っていたな」
「ええ。それが?」
「あれは、昔は我らが一族には頼りないほど気の弱い子どもだった。
すぐに病気になり、狩りへ連れ出そうとしても臆して足を引っ張るばかりで務めを果たせるかも怪しいほどだった」
クルト氏の尾がピク、ピク、と小刻みに揺れている。
ロビンの尻尾の動きに当てはめるのならば、これは素直になりにくいのを堪えている時の反応だろう。もっとも尻尾を見るまでもなく、口調からは察しがついてしまうが。
「だから俺は厳しく育てて、立派な戦士にするはずだった。
だがあれはここへふらりと訪れた魔法士に魅了されて、人間族の学校へ行きたいなどと言い出した。最後まで反対しても、結局は出て行ってしまった。習わしを放棄してまで」
すでに聞いていたことだが、クルト氏は父親として、族長としてもロビンを見捨てたくはなかったのだろう。しかし、それを振り払ってロビンはこの集落を出て行った。
「いずれ戻ってきて、泣きついてくるものと思っていた。あれが集落を出てやっていけるはずもないと。だが、戻ったと思えば俺に戦士として認めてほしいときた。……一体何が、あれを変えた?」
「色々とありますが、クルトさん。その前にひとつ、僕から言っておきたいことがあります」
「……何だ?」
「ロビンはあなたに勝った。それをあなたは受け入れたからこそ、オオツノウサギを仕留めてきた。ならば、あれだなどと呼ばずに、ロビンをきちんと名前で呼んでいただきたい。彼は大事な僕の友人です」
「マティアス……」
「ダメだ、リアン。譲らないぞ、僕は」
クルト氏はしばらく僕を睨んできたが、やがて、目をつむり、口をへの字に曲げてからふんっと鼻を鳴らした。
「ロビンがあれほどに強く成長した経緯について、尋ねたい。教えてくれ」
「それは本人からお聞きになってください」
「何っ!?」
「それとも誇り高い獣人族は、負けた相手にはまともに口を利けぬと言うのですか?」
「意地悪しなくても良いじゃありませんか、マティアス。
すみません、クルトさん。簡単にはわたしからご説明をします」
「リアンっ」
「ですが、ロビンとも話をしてあげてください。ロビンはそれを待っていますから。彼は自分が金狼族であることを誇りに思っていますし、そう感じるのはきっとあなたの背を見てきたからです」
まったく、リアンは人が好い。
こういう男は素直になるのが難しいんだから強引に持っていってしまえば良いのに。
僕だけ先に戻らせてもらうと、オオツノウサギの解体に遭遇して手伝わされてしまった。
まあ僕の華麗な剣捌きのお陰で母君も楽をできたと喜んでくれたから問題はなかったが。




