ロビン、帰郷する
ヴェッカースターム最南端、大森林帯奥深くにある金狼族の集落。
集落と言うほどだから竪穴式住居のような簡素な家が並んでいるものかと思っていたが――まるきりその予想は裏切られた。
掘建て小屋などとは到底呼べないような立派な木と石を使った家ばかりが並んでいた。
1階部分が炊事や水を使うスペースになっているようで、石を積み上げられた壁になっている。2階から上が木造だ。どこもかしこも、大きな家ではないがこじゃれている。
「ここがロビンの故郷か……」
「想像していたよりも良い意味で裏切られましたね」
リアンも僕と似たような想像はしていたらしい。
どれだけ続くのかと思えた森をようやく抜けて辿り着いた、ロビンの故郷。先頭を歩いていたロビンは時折、鼻を鳴らし、その度に尻尾が楽しげに揺れていた。
僕らが集落の入口らしいアーチを見つけるころには、何人かの金狼族の人々が集まってきていた。匂いで僕らの存在を分かっていたのかも知れない。
「皆っ……!」
「ロビンだ、ロビンが帰ってきたぞ!」
出迎えを受けたロビンはすぐに、故郷の仲間達に囲まれた。
あれこれと質問を受けたり、肩を組まれたり、ロビンが匂いを嗅いでは恐る恐る名前を言っては、当たりだ外れだと、数年ぶりの再会を喜んでいる。ロビンが故郷を出たのは学院入学の年の2年ほど前だとからしいから、小さい内にこの集落も出て行ったのだろう。
学院でのロビンの体の成長も目覚ましいものがあったのだから、同じくロビンからも昔馴染みの友人などの変化は大きく感じるはずだ。
もっとも匂いで識別しているあたり、見た目の変化はそう気にしてもいなさそうだが。
「それにしても、皆さん、ロビン並みにガタイがいい――いえ、ロビンより、立派なようですねえ」
「そうだな……。ロビンがコンプレックスを抱いていたのも何となく頷ける」
金狼族の若い男衆は、いずれもロビンより体つきが立派に見えた。
少なくとも僕らの中では1番背も高く、骨格もしっかりしているのに、たまに悩んでいた。それを僕とレオンは、それで充分だろうと言っていたものだが――なるほど、と思えてしまう。
恐らくは一般的な金狼族の男子が体作りをしている間、ロビンは魔法にその時間を費やしてきたからだろう。これだけ体力自慢のような仲間揃いで、魔法を学びに長旅をして学院に来たのかと考えると涙ぐましく思えてしまう。
「そうだ、僕の友達を紹介するよ。マティアスくん、リアンっ!」
呼ばれたので行くと、半円状に金狼族の人々に囲まれる。
これはけっこうな威圧感かも知れない。リアンが平然としているから僕もおくびにも出すつもりはないが。
「学院で知り合って友達になった、マティアス・カノヴァスくんと、リアン・ソーウェルだよ」
「はじめまして、皆さん」
「女か?」
「女だな、そういう匂いだ」
「でも何で男の格好をしてる?」
「人間族は謎だな」
そしてここでも一瞬でリアンが女性だと知られるのか。
本当に獣人族の嗅覚というのはすごいな。
「こほんっ……」
「細い男だな」
「何だか鼻が曲がりそうな匂いがするぞ」
「これは香水だな、人間は変なものをつける……」
「……これはマナーだというのに……」
それにほんの少ししかつけていないぞ。
どうしてここまで匂いに敏感――というかリアンに比べて、何だか僕への扱いがぞんざいじゃないか?
「父さんはいる?」
「族長なら狩りに出てるぞ」
「そっか……」
父のことを尋ねたロビンの尻尾が、少しだけ動き、止まる。
この反応は何かを覚悟している時のもの――だったはず。何かあるのか?
「母さんは?」
「ああ、家にいるはずだ」
「ありがとう。マティアスくん、リアン、僕の家に案内するよ」
ロビンに案内をされたのは集落の中でも一際大きな家だった。
近づいただけで、その中からわらわらと小さな金狼族の男の子や女の子が出てきて、ロビンを取り囲んでくる。
どうやら大家族のようで、ロビンも顔を知らないような幼い兄妹までいた。
ロビンの母親はどことなくロビンと似た雰囲気のある女性だった。恐らくロビンの性根のやさしさは彼女譲りなのだろう。
金狼族の親愛のコミュニケーションである抱擁をしながら、互いの匂いをよくよく嗅いでいる。僕らの常識としては、あんまりにも嗅ぎすぎじゃないかと思うほどだったが、ロビンの兄妹達は興味津々でリアンの匂いばかり嗅いでいた。
「何で僕の匂いは嗅がないんだ?」
「くちゃい」
そうか、くちゃいのか……。
僕は自分から変な臭いがする方が嫌だからと香水をつけていたのに、これを臭いと言うか。一瓶で銀貨45枚もした最高級品だというのに、これが臭いのか。フローラルで良い香りだというのに。
表へ出てこっそり、水浴びをしておいた。
「郷に言っては郷に従え、という言葉をご存知ですか?」
「そんなもの知っている……」
「おや、では失策としか言えませんね」
「……キミは嫌味が鼻につくようになってきたな」
「おかしいですね。そんなつもりはないのですが……」
「ふんっ、もう匂いは落としたんだ。さあ、僕の匂いも嗅ぐといい。僕はロビンとは長いつきあいだ、キミ達の兄さんの親友と言っても良い」
「もう匂い覚えたからいらないよー」
「…………」
「元気出しましょう、マティアス」
「どうしてこうなるんだっ……」
長旅をロビンの母から労われ、わざわざ保存食らしいものを出してくれる。とは言え干し肉だが、幼い子ども達は涎だらだらで見てくる。
「ちょっとずつになりますが、分けましょうか?」
「いいのっ?」
「もらえるの?」
「リアンやさしー」
「かっこいい」
「かわいい」
「男前」
どうしてリアンばかり、こうも人気なんだ。
しかもさりげにひとり、かわいいとか言ったぞ。
このリアンを見てそんな感想を抱ける猛者がロビンの兄妹にいるのか。恐るべし金狼族。
「こほんっ、僕のもあげようじゃないか。遠慮せずに食べなさ――痛いっ!」
「あ、こらっ、ダメでしょ、まだマティアスくん手に持ってるんだから噛みついて食べたら!」
「だってとろいんだもん……」
「ダメだよ、もう……。マティアスくんとろいんだから」
「おいロビン」
さりげに悪口が混じってるぞ。
注意してくれるのは有り難いし、そこまで痛くもなかったからいいが、とろいはないだろう。まさか手にしているものを直接食べにくるとは思わなかっただけだというのに。
「――この匂いは誰だ?」
と、そこで声がした。
僕らのいた居間へ壮年ほどの金狼族の男性が入ってきて、ロビンの尻尾がピンと立つ。
「父さん――」
「誰だ、お前は」
「あなた!」
一斉に子ども達がロビンの母の後ろへ隠れてしまう。
「一族の掟を放り出して、ここを出て行った者など俺は知らん」
男性は居間を素通りして、別の部屋へ行ってしまった。
腰を上げていたロビンは布で仕切られた隣室へ目を向け、尻尾を垂れ下がらせてしまった。
「……どう見る、リアン?」
「どうもこうも、一目瞭然でしょう」
「ご、ごめんね、2人とも……。母さん、食事の支度、手伝うよ。何を獲ってきたのかな? 久しぶりにオオツノウサギとか食べたいけど、まだこの季節だと少ないよね」
いそいそとロビンが居間を出て行ってしまう。
幼いロビンの兄妹達はわらわらと解散するように、思い思いにバラけていった。




