俺は穴空きレオン
結局のところ、悪いのはディオニスメリア王国の大臣って話だった。
リーズをさらい、対立させた次の王候補者を疑心暗鬼にさせ、優勢な方へ荷担して傀儡政権を作り上げようとした。
その一環で、偶然にもリーズと本当に僅かな接点を持ってしまった俺を危険視してカヤヴァというのを使って殺そうとしてきた。
完全なとばっちりだったというわけだ。
が、どうにも釈然としない。
なーんか、納得がいかないんだよな。
オッサンが言うにはそういうことだったらしいけども、何かなあ。
リーズの誘拐事件はずっと隠していくようだし、他言したら命が危うくなると脅された。バラすつもりはないけども。
そんなことをぺちゃくちゃ喋ってから、オッサンは一服して去って行った。
一緒に聞いていたリュカは、何度も念押しされたリーズ誘拐の秘密を自分に言い聞かせて喋らないようにしようと努めている。お前の場合はぽろっと忘れそうなもんだから安心しろと言いたい。――水を差すみたいだからやらないけど。
「念願だったパレードのご感想はどうだったよ、リュカ」
オッサンの去った宿の一室で、頭を切り替えてリュカに喋りかける。
「すごかった!」
「何が?」
「人とかすごいし、馬車もすっげーかったし、おいしいもんたくさんあったし。
あとオッサンが肩車してくれたから遠くまで見れたし、人の頭ばっかで絨毯みたいだった」
「確かに、あれの方がちと印象的だな」
オッサンもふざけて俺を肩車しやがって。
俺はもうそんな年じゃねえっつーのに、あんなあからさまな子ども扱いされたのはレオンハルトとしちゃなかなかなかったぞ。それこそ赤ん坊のころ以来な気もする。
「パレード終わったし、今度はコロシアム行こ!」
「あー、そうだな……。もうそろそろ王都ともおさらばだし、ぼちぼち、まだ行ってないとこは行っとくか」
「え、行っちゃうの?」
「いや行くだろ」
「どこに?」
「……それは未定だけど、パレードが終わったからミシェーラもちゃんと時間作れるようになるだろうし」
「ふうん……」
「何だよ、まだここいたいか?」
「うーん……でも、もう飽きたかも」
「ははっ、ならいいや」
どうにか、生家の場所でもミシェーラ姉ちゃんに聞けたらちょっと行きたいけども……それが済んだら、今度こそ目的がなくなっちまうんだよな。
けっこう長いことこの宿に泊まって金もなくなりかけだし、稼がねえとな。
あ、でも稼ぐと言えばコロシアムって出場したらファイトマネー的なもんがもらえたりするんだっけか。
けど魔力中毒がなあ……。
リュカに稼がせるのも、どうも不安はあるし。
まあ、どうにか考えるか。
「おやすみ、レオン!」
「ん、おやすみ」
リュカがベッドへ入り、毛布を被るとすぐに寝てしまった。
こいつは単純に生きてていいな。食べる、遊ぶ、寝るで生活サイクルができてるし。
とりあえず、路銀の調達。
それから行き先をどうするか、だな。
行き先……うん、こいつをどうしたもんか。
金を稼ぐのはぼんやりあるからいいけど、ただふらふら歩いてたんじゃ迷子になりかねないし。物理的にも人生的にも。
リュカがいる手前、それはちょっとなあ……。
あー、めんどい。
マティアス達はヴェッカースタームだっけか。もうロビンの故郷にでも着いてるのかな。俺もヴェッカースターム行っちゃうか? いや、あいつらのことだから寂しくなったのかとか余計なこと言ってくる。
だったら、別のところへ繰り出すとか。
いやでもヴェッカースタームって確か、獣人がいっぱいなんだよなあ。
今の俺には圧倒的にもふもふ成分が足りてない。補充のために行くのもあり――いやいやいやいや、獣人の尻尾をもふるには、獣人の女を引っ掛けなきゃいけないんだったっけか。
そこらの色町へこの年で向かうわけにもいかないし、かと言って女を垂らせるかどうかってなるとちょっとむずいしなあ。精神的にまだ大人じゃない女の子をたぶらかすのも俺の倫理観がNGと叫ぶだろうし……。
クソ、これが八方塞がりってやつなのか、そうなのかっ!?
「うーん……」
行き先じゃない、やるべきことを考えればいい。
俺のやりたいことって何だ、音楽か? いや、それは旅のついででいいんだ。
じゃあ何だ?
とりあえず、色々と見て回りたい。
うん、それもついでっちゃあ、ついでなんだよな。
強くなる、とか?
目的はともかくとして、いるんだよな。
魔技に頼らない、素の実力をつけないと何かしらはこれからもあるだろうし厳しくなる。
だって俺が魔技使ってるのに、それを使えないマティアスに試合形式で2回も負けちまってるんだ。
同じだけの力を身につけられれば、それを魔技で高めればそれこそ頭ひとつ以上は突き抜けられる。
とは言え、そんなのは単に地道にトレーニングだのしながらじゃないと難しい――よな。
武者修行?
武者修行っちゃうか?
……いやいやいや、違うな。
そうじゃない。そうではないんだよな、ニュアンスが。
悩むわ……。
すっげえ悩んじゃうな、これ。
ミシェーラ姉ちゃんにちょっと聞いてみたりするかね。
どっか行ってみて面白い場所とか知ってるかも知れない。
そうしよう。
とりあえずは。
なかったら――どっか遠いとこでも目指してみるか。
翌日、ミシェーラ姉ちゃんからの手紙が届いて、会う日取りが決まった。
明後日にラーゴアルダの湖の遊覧船。その乗り場で待ち合わせようということだ。ずっとリュカが乗りたがってた船に乗れると教えてやったら、小躍りをしていた。
だから今日は、コロシアムで腕試しにしておいた。
できるだけ魔技なしでやってみて、勝てるだけ勝てればいい。
「俺も出たい……」
「けっこう危ないみたいだし、お前はまた今度な」
「また今度っていつ?」
「あー……んー、次にここ来た時?」
「ここって、コロシアム?」
「ラーゴアルダだよ」
受付を済ませるとリュカはむくれていた。
負けん気強いよな、ほんと。
とりあえず観客席にリュカを座らせてから、出場者控室に向かう。
今日のコロシアムの催しは、バトルロイヤルからのトーナメント戦。パレードついでにやって来た腕自慢や、うまくいけば国に取り立ててもらえるんじゃないかと期待するどこぞの冒険者崩れまで、ごった返している。
最初のバトルロイヤルは8組に分けられた中から、ひとりが生き残るまで戦い合う。
場外ありルールだから、落とし合いがメインになりそうだ。スリルを演出するためにステージには、何匹か魔物まで放されるってんだからほんとにもう非文明的。いくら魔物だとは言え、何かなあ。
でも何となく、試合前の雑然として、ごった返している感じは学院のころを思い出して懐かしい。
あの時は嫌われまくってたもんで、たまに絡んでくるアホがいたんだよな。
「おいチビ、お前もこれに出るのか?」
そうそう、こんな具合――あれ?
顔を上げるといかにもな大男がニヤニヤしながら見下ろしていた。
「おお、懐かしい……」
「は? てめえなんか知らねえよ」
「や、こっちの話……。ああ、ひとつ言っといてやるよ」
懐かしいついでだ、ちょっとは手応えを出してもらおうか。
「俺は穴空きレオン。魔法なんて全然使えやしない」
「はあ? 穴空き? それでコロシアムに出ようってのかあっ!?」
そうそう、俺が自分で大声出すのもめんどいから、注目を集めるようにわめいてくれよ。
「だけど、俺と同じ組になったやつは可哀想だな。
これから穴空きのガキんちょに負けちまうんだから、顔とか隠しておいた方がいいぞー」
ああん、何をほざいてる、って具合に、けっこうたくさんの視線が集まってくる。
さて、これで俺が恥かいちゃあたまらないし、気合い入れるとしますかね。




