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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#2  海とじいさんと俺
14/522

5歳児、レオン



 魔技の練習。

 じいさんとの戦う訓練。


 その他もろもろ、漁師や、猟師紛いのことを学びつつ、俺はまた背が伸びていった。

 嵐の季節がじいさんに拾われてから5度目を迎えたから5歳ぐらいになったんだろう。

 カレンダーだなんてものはないからよく分からないが、そういうことにしておいた。



「レオン、町までこれを持っていって換金してこい」

「こづかいくれる?」

「……お前はどうしてがめつくなった? バットのせいか?」

「おだちんくれないとやーだー」

「じゃあ行かんでいい」

「ごめん、ごめん、いきます。いかして。ちょうしにのった」


 じいさんとの日々も慣れたものだ。

 最近になって、ひとりで町へ行けと言われるようになった。シンリンオオガザミも仕留められるし、じいさんとの10本勝負も100本やれば2、3回は勝てるようになった。

 漁師スキルもけっこう上がった気がする。



「明日の漁までに帰ってこい」

「いってきまーす」


 じいさんが冷凍した魚介を詰めた箱を引きずり、小屋を出発。

 初めてひとりで町までおつかいに行った時はこっそりじいさんが後を尾けていたが、それもなくなった。林はもう庭みたいなもんだ。どこにどんな魔物がいるのかも分かるし、道なき道を迷わずに進めるようになった。


「ギシ……」


 シンリンオオガザミが俺を見つけて近寄ってこようが、余裕で対処できる。

 猛烈な勢いで迫ってくるから、まずは銛を投擲。槍投げの要領だ。俺の体じゃあまだリーチがないから、じいさんみたいに正面から突き込むわけにもいかない。

 なもんで、ぶん投げる。ただし、シンリンオオガザミはそれなりに硬いもんで、じいさんみたいに貫通させたりもできない。ていうか、いまだに俺が使ってるの木製だし、土台ムリな話だ。



 銛をぶん投げてシンリンオオガザミをよろけさせ、飛びかかる。

 すぐに向かってくるめちゃくちゃヤバいハサミを、魔力で覆った右手でガード。がっちり掴んで放さないから、そのまま持ち上げてジャイアントスイングでもかますように思いきり木に叩きつける。

 うまくいけばこれで倒せるが、そうでなきゃ、何度でも木だの岩だの地面に叩きつけまくる。

 で、銛を回収して魚介の詰まった木箱を引きずって先へ進む。


 最早、この林に俺の恐れるものはない。



 魔技もいくつか、習得した。

 初歩中の初歩である、魔手(ケイル)は完璧。

 そして、その次のステップにして、魔技の基本となるのが魔鎧(カタフラクト)。要するに魔手の全身バージョンだ。これは想像以上にすごい。


 魔手と似たようなもんだが、身体能力がめちゃくちゃに向上する。

 どうやらこの世界の住人は、俺の想像よりもかなりスペックが高いらしい。鍛えた人間に限るんだろうが、じいさんなら岩くらいなら素手で、魔技とかなしに握りつぶせるかも知れないくらい、体が強い。


 他人に比べて極端に魔力が少ない――という前例があるから、俺もそうなるかは分からないが、その素の身体能力だけでも目を見張るくらいなのに、それを何倍にも高められる可能性がある。

 実験してみたところ、5歳児にして余裕で木を引っこ抜けたし、シンリンオオガザミも実はぶん殴って殺せる。だけど、恐らくは「素の身体能力×魔鎧=効力」ということになっているだろうから、最低限で使うようにしている。


 他に覚えたのは魔纏(ソウラー)というものだ。

 こいつは魔鎧よりも難しかった。

 手で握っているものの特性を強化する。

 いつも使っている銛ならば、木製なのに岩より硬いし、余裕で岩を穿って突き抜ける。

 もちろん、突く側の肉体である俺を魔鎧で強化しての話だが、それでも木製の、言ってしまえば鋭いだけの棒きれでできちゃうんだからとんでもない。


 ただ面倒臭いことに、魔纏はどういう風に強化するかをちゃんと考えて、効率良く魔力で覆ってやらないといけない。

 刃物ならば刃に魔力を這わせれば切れ味が上がるが、そこだけに集中するあまり、持ち手を誤って握りつぶしたりもしてしまう。メカニカルな構造のものだとしたら、その機構をちゃんと理解してやらないと最大の効果を発揮できない。


 ……もっとも、そんな小難しいものを魔纏で強化するつもりはないが。



 他にも魔技はあるが、現時点で習得できたのは魔手、魔鎧、魔纏のみだ。

 ちなみに、じいさんには隠している。驚かせてぽっくり逝かれたら後味が悪すぎる。



 そんなわけで、まあそれなりに俺は強くもなっているはずだった。

 身体能力は魔技で補える。戦う技術もじいさんに仕込まれてる。今ならボリス相手でもいける気がしている。……いざ目の前にしたらどうかとも思うが。



「お、レオン。今日もチェスターじいさんのおつかいか?」

「はい、これ。シケてるうみで、くろうしたんだからいろつけろよ」


 ノーマン・ポートの漁港で働く、いつもじいさんが魚を卸す若者はバットという。

 漁もやるし、魚を買い取って流通もさせるし、食堂までやってるという地味に有能な若者だ。が、こいつはけっこうせこいし、がめつい。



「じゃあ、今日は……こんなもんか」

「ぼったくり」

「ぼったくってないさ」

「グロフィッシュが4ひきだぞ、それでどうか28まいってどうなんだよ」

「……ちっ」

「ちっ、じゃねえよ」

「じゃあ銅貨52枚」

「……ま、だとうか」

「まいど」


 ファーストコンタクトで、俺でもいまだに見た目が生理的にうけつけないグロテスクフィッシュをバットは、売れないと言っていた。

 だが、それは真っ赤な嘘で、見た目こそ悪いが味は良いということで人気がある。

 その上、こいつは海の中だと凶暴なもんで獲れる漁師もそういないらしい。だから高値の魚だ。


 じいさんは本当に小遣い稼ぎ感覚なようで、安く買い叩かれてようがどうでも良いらしかったのだが、俺が交渉するんだからそれは許さない。じいさんが納得しようが、俺は納得しない。



「ああそうだ、レオン。貴族様が来てるみたいだから、気をつけろよ」

「りょーかい」


 受け取った金を確認し、漁港を後にする。

 バットに貴族のことで注意されたが、どうやら貴族というのは傲岸不遜で庶民を完全に見下しているらしい。

 うっかり貴族の召し物を汚そうものなら、その場で公開リンチだ。しかもそれは罪として咎められない。胸くそ悪い話だが、それが普通らしい。



 バットに魚を売りつけたら、ノーマン・ポートを見て回る。

 珍しいものがあれば見物するし、欲しいものがあれば買う。旅の行商人なんかがいたら、絶対に覗くくらいだ。見たことのない品がずらりと並ぶと、知的好奇心をくすぐられる。



 ……が、今日は特に興味を惹くものがなかった。

 屋台で買った魚の串焼きを昼飯に、いつかベニータに誘拐された噴水のある広場でのんびりする。

 ノーマン・ポートは比較的、治安が良い。それでもたまに誘拐事件みたいなものは起きる。田舎で仕入れて、都会で売るというのが奴隷商のやり方なのかも知れない。


「ぼちぼち、かえるか……。いや、でもなあ……」


 ノーマン・ポートへはそれなりに時間をかけて来るから、あっさり帰るのも面白くない。

 来たからには遊んでいきたいのだが、何もないから仕方ない。でも、もしかしたら何かあるかも知れないと、粘りたい気持ちもあり、魚のいなくなった串を口にくわえながら考える。



「レオンハルト」


 目についた綺麗な町娘のパンツの色について考えていたら、不意に呼ばれた。


「お、クララ」

「きょうも、おつかい?」

「まあな」


 クララはノーマン・ポートで、母親とふたりきりで暮らしている。

 父親については、見ていないし、彼女の口から語られることもないから触れないでいる。たまにノーマン・ポートへ来ると、ごくまれにクララに出会った。大概は向こうから見つけて声をかけてくる。どうも、やはり懐かれているらしい。



「これからかえっちゃう?」

「どうしようか、かんがえちゅう」

「じゃああそびましょ?」

「…………んー、まあ、いいけど」


 いいけども、クララは女の子らしくおままごとが大好きだ。

 俺は旦那役。中身が大人な俺にはちと、気恥ずかしい。それでも子どもと遊んでやるのは嫌いじゃないんだが、おままごとはなあ、と思ってしまう。


「じゃあいこ、レオンハルト」

「ま、いっか」


 どうせ、やることなんてない。懐いてくれてるのに無碍にするのも可哀想だ。

 クララに手を引かれて彼女の家に向かう。この世界にも集合住宅はあって、その小さな家に何度か招かれている。

 クララの母親は漁港の手伝いをして生計を立てているらしく、日中はクララはひとりで過ごすのだとか。ひとりぼっちじゃ寂しいもんな。



「あんまりはしゃぐなって、ころぶぞ」

「だーいじょうぶっ」


 ふりふりと尻尾は揺れている。ままごとの後にはもふらせてもらおう。

 なんて考えていたら、不意に路地から人が出てきて前方不注意のクララがぶつかった。転ばないように俺が抱きとめ、ぶつかった相手を見上げたら――ドレスが見えた。ドレス?

 ドレスだ。ひらひらがこれでもかとついた、いかにもお高そうな、ドレス。




「――きゃああっ! け、穢らわしい……!」



 パニックになったように、ドレスの女が金切り声をあげて引き下がった。

 何か、ヒステリックなババアだな。顔面蒼白だ。


 なんて観察をしていたら、女に続いて路地から出てきた身なりの綺麗な男ども――3人が腰の剣を抜こうとしていた。何これ。


「き、切り捨ててしまいなさい!」

「かしこまりました、お嬢様」




「…………は?」

「はぁぁっ!!」


 クララを庇うように前へ出た時には、すでに剣が振り下ろされていた。

 じいさんに比べりゃ遅い。木製の銛を背中から抜いて、横から剣を叩いて逸らすと石畳に剣先がぶつかった。

 その剣を踏みつけながら、銛を男の喉元へ突きつける。



「なにさまのつもりだよ」

「このお方をどなたと心得る! フランソワ・デル・エンシーナ様だぞ!」



 バットの忠告を思い出す。


『ああそうだ、レオン。貴族様が来てるみたいだから、気をつけろよ』


 あー、そういう、感じかな?

 これってどうすりゃいいんだ。


 考えている内に、5歳児相手でも容赦するつもりのない、貴族のフランソワ様のおつき3人は俺とクララを包囲していた。遠巻きにノーマン・ポートの住民が顔をひそめて見ている。


 ほんとこれもう、どうすっか。

 とりあえず――正当防衛ってことで勘弁してもらおう。



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