レオンと暗殺者
あと少し、怪しいと断定するのが遅ければあっさり死んでただろう。
狭い空間で黒ずくめの暗殺者は次々とナイフを繰り出してくる。まるで俺の動きを先読みしているかのように絶妙なタイミングで一撃ずつを放ってきて、その度にひやりとさせられる。奇妙な感覚だった。
ブーツが擦れるように床を踏む音ばかりが変に耳に残る。
魔影で確認している他の5人には動きがない。それがさらに不気味だ。
暗殺者の繰り出してくるナイフを魔手で掴み取り、握りつぶした。砕けた刃から液状の何かがこぼれる。身を引きながら飛び退こうとした暗殺者を逃さず、手の中に掴んでいた刃を投げつけてさらに床を蹴る。
「一体、何を企んでやがるんだよ!?」
喉を掴み、くびり、締め上げながら壁へ叩きつけた。
魔影で捕捉していた、カウンターの向こうの空間に潜んでいた2人組が動き出した。もがいている暗殺者を盾にするように向けると、その体が何かに射たれて揺れて動かなくなった。矢尻が俺の眼前へ突き出てきている。
ボウガンのようなものを投げ捨て、同じ格好の暗殺者2人が短剣を引き抜きながら迫ってきた。
死体を投げつけてみても、それを切り捨てながら向かってくる。
「クソったれ――」
俺も短剣を抜いて相手の短剣を受け止める。
何か液体めいたものが慣性で顔にかかってくる。変な臭い。生の果物を向いた時にむわと香ってくるものに似ている。まさか、毒みたいなもの? いや構ってる暇はない。
弾き返すが、もうひとりが斬り込んでくる。
後ろへ下がると邪魔な陳列棚へ背がぶつかった。仕方なく魔鎧を使い、力ずくで思いきり短剣を振り回して押し返す。かがみながら逆手に短剣を握り直し、相手の顔面へ拳を叩きつけ、よろめいたところで首へ刃を突き刺した。撤退するかのように数歩下がった、残りのひとりに手加減抜きの魔弾をぶち込むと頭が弾け散った。
建物の外へいた3人を魔影で確認するが、いつの間にか消えてしまっていた。
鼻血が垂れてくる。
いきなりすぎて、少し魔力を集めすぎたか。
手の甲で血を拭い、3つの死体を見下ろした。
放っておくべきか、始末をするべきか――。
警戒のために続けていた魔影に2つの人の反応が引っかかった。
息を殺しながら戸口へ身を寄せる。ドアを開けてきたところで、短剣を出して止めた。
「誰だ?」
「俺様だ、レオンハルト」
「オッサン? と……リュカ?」
短剣を下ろし、ふと――違和感に気がつく。
オッサンにしては軽さも足りないし、リュカも静かだ。何か、何となく、違う。
そう思った時に、オッサンが無造作に腕を振るった。
ドンと強い衝撃が頭を駆け抜け、よろめいたところで押し倒される。
「っ……誰だ、てめえら――」
オッサンの姿をした誰かを睨むが、目の前がぼやけていく。
気が遠退いていって、意識は闇に飲まれた。
「――おーい、少年。風邪ひいちゃうぞーい?」
無遠慮にぺしぺしと頬を叩かれている。
オッサンの声だ。いきなり、俺のこと殴って、いい具合に意識刈り取ってきた――
「っ……てめっ!」
「うわっととと……何何、どったの?」
体を跳ね起こし、気持ち悪くなって口を押さえた。
ものすごく酷い乗り物酔いの感覚。吐き気が込み上げてきて呼吸がおかしくなる。
オッサンが俺の背をさすっている。
ここはどこだと周囲を見れば、アストゥート商店だった。
だが、俺が片づけた3人の死体もない。血痕も、血の臭いもしなかった。戦ってる最中にいくつか薙ぎ倒されたはずの陳列棚さえも、最初にここへ足を踏み入れた時のままだ。
一体何が起きた?
ミシェーラ姉ちゃんから話があると呼び出されて、ここへ来たらいきなり天井から人が降ってきた。顔を上げて天井を見る。建物の骨組みが丸見えで梁まで剥き出しになっている。あそこで俺を待ち受けていたのか?
それから、敵を倒していった。
全部で6人だったが、半分しか仕留められなかった。だが、仕留めた。
なのにどうして、死体のひとつも、戦いの跡も消えてる?
「おいオッサン……」
「何よ?」
「……本物のオッサンだよな?」
「オッサン、偽物が出回るほどの有名人じゃないんだけど」
「…………」
姿変えの魔法――ってやつだったのかも知れない。
ちょっとできる魔法士なら使えたって不思議じゃない魔法だ。結局は他人が成り済ますものだから、違和感を抱いたのも頷ける。
だけどどうして、俺は生きてる?
殺すつもりにしか思えなかったのに、何でまだ生きてるんだ。
「どうして……ここにいんだよ?」
「そりゃ少年がいつまで経っても戻ってこないみたいだからでしょ。
ああ、リュカ少年はちゃんと宿に戻しておいたから安心なさいよ、オッサンの親切心が身に染みるねえ?」
「今、どれくらい?」
「さて……正確にゃあ分からんけども、もうけっこう遅い時間よ。
ここの場所を聞かれたの思い出したから来てみたら、少年が寝てたんだけども」
けっこう長いこと気を失ってたわけか。
にしても、吐き気が収まらない。辛い。吐きたいけど、どうせ吐けるものなんてなさそうだ。ただただ、吐き気だけが腹の中でぐるぐるぐると渦巻いている。
「一体どったのよ? こんなとこでお昼寝すんのが用事?」
「……んなわけ、ねーだろ」
ダメだ、気持ち悪い。
何か出しておけとばかりに胃がひきつって、吐け、吐けと催促してくる。
「んじゃま、宿まで送ろうかい?」
「……いいって……」
「んでも自分で歩けんの? 顔色悪いよ?」
「大丈、夫――っぷ……」
立ち上がろうとし、体を動かしたらまた吐き気が込み上げてくる。
「いいからオッサンに甘えなさいな、少年」
されるがままに背負われた。
オッサンのつけている鎧が硬くて冷たい。
商店の外へ出ると立ちんぼがたくさんいた。
オッサンはそれを避けながら、声をかけてくる相手ものらりくらりと断って歩いていく。
「悪い……オッサン」
「んんー? 何がよ?」
「何か、迷惑かけてて……」
「おおっ、まさか少年がそんな素直に詫びれる人間だったとは。
最近の若者も見捨てたもんじゃないねえ、こりゃ。それが分かっただけでオッサン十分よ」
西部を出ると見慣れた町並みとなった。
それでも俺を背負ったオッサンは目を惹きそうなものだったが、行き交う人はあまり興味を持つこともない。吐き気に続いて、何だか熱っぽく意識が朦朧としているのにも気がついた。頭も左っ側のところが痛んでるような気がしてくる。
「ヴィクトル!」
もう少しで東部に入ろうかというところで、そんな声がしてオッサンが足を止めた。
騎士がひとり、人混みを掻き分けてこっちへ走ってくる。あちゃー、とオッサンが小声で呟く。
「ヴィクトル、耳に入れたいことが――」
「あー、はいはいはい、ちょいと今はやることあるから後回しにしてちょうだいな」
「ですが、早急に――」
「後でって言ってんだからそうしておくんなさいや、早めに戻っからさ」
取り合わずにオッサンは早足で行く。
「いいのか……?」
「いーの、いーの……。オッサン、税金ドロだから」
冗談めかしてオッサンが笑う。
宿へ戻り、俺をベッドへ運ぶとオッサンはあっさり帰っていった。
ぐったりした俺を見たリュカはすぐに寄ってきたが、寝かせろと言って目を閉じた。それでも吐き気と、頭痛のせいでなかなか眠れずに、息を漏らすばかりだった。
いつの間にか、夜中にも関わらずにリュカが医者を連れてきていたが風邪だろうと診断された。




