じーじ、ロック認定
「じーじ、しつもんしていい?」
「何だ?」
「おれのまりょくは、すくないの?」
ベニータとボリスにやられた傷が全て治ったある日、そんな話題から俺はじいさんに切り出してみた。
漁具を点検したり、直したりという作業中を狙った。じいさんは何かをやり始めると、終わるまではやり続けようとするから、時間のかかるこの作業中なら逃げられることもないだろうと踏んだ。
だが、魔力の多い少ないなどはただのジャブだ。
本命はじいさんが何者か、という点のみ。あわよくば――
「ようやく……気がついたか」
あれ?
何だその、とうとう語らざるをえないな、みたいな感じの。ジャブだぜ、これ。
「……え、なに。すくない、の?」
「ワシの知る限りだと……最低も最低だ」
最低も、最低。
何だその、本当に限りなくダメみたいな感じ。余命宣告でも受けた気分になる。
「お前くらいの年齢で、賢い子なら、もうぽんぽん魔法なんぞ使うはずだというのにできないんなら、そういうことだろう。癇癪で魔法を起こすこともない……」
癇癪で魔法? 何それ。
つか、何だ、この失望ってより哀れみみたいなの。
じいさん、いつもの3割マシで渋くなってんぞ、おい。渋くて飲みきれねえよ、そんな顔されると。
「…………それ、まずい?」
「訓練で魔力を増やす方法もあるにはあるらしいが、ワシゃ知らんし、失敗すりゃとんでもない後遺症が残るだの言うておったしのう……」
「それはいいから、ないとまずいの?」
「んむ……んんむ……」
どうもじいさんは、言いにくそうだ。
もしかしてジャブ程度で放ったこの質問って、かなりアレだったのか?
魔力が少なくて、じいさんが知る限りは最低の最低だと、めちゃくちゃヤバかったりするのか?
「じーじ」
「魔法のひとつも使えんのでは生きていけんだろう。
火起こしもできんで、ワシがおらんでお前はどうやって食事を用意する?」
「……そういう、問題?」
火なんぞがんばれば摩擦で起こせそうなもんだが、じいさんらしく生活に結びついた生きづらさを語られてしまう。
「ましてや、お前はどこぞの貴族に生まれたんだ。
……貴族に生まれて魔力を持たないなど、庶民に生まれる何倍も厳しい道になるに決まっている」
「どうして?」
「少しの魔法も使えない人間など足や腕がないまま生まれてくるようなもんだ」
そこまでひどいもんなのかよ……。
ずっとすこやかに成長してるとばっかり思ってたのに、実は重大な障害ありじゃねえか。
「……それにお前の親も、お前を捜してはおらんようだ。
だからワシはお前を町になど連れて行きたくなかったというに」
そうならそうって言ってくれりゃあ良かったもんを。
人混みが嫌いとか面倒臭いとか、完全に納得して株価下げまくっちゃってたぞ、じいさん。
……でも、そんくらい魔力が少ないってのは良くねえことなのか。じいさんなりに俺のこと心配してたんだな。
「レオン、お前は……ワシが一人前にしてやる。魔力のことは気にすることなどない」
「……わかった」
まあ、これは後回しで考えるしかないか。魔法使いたかったんだけどな……。
いやいや、頭を切り替えろ、俺。これはまだジャブだ。……うん、ジャブだよな。
「じゃあじーじ、じーじってなに?」
「ん?」
「たすけにきたとき、じーじ、つよかったから」
「ただの漁師だわい」
「そんなはずない。りょうしのまえは?」
「本当に漁師しかやっとらんわ。……ま、昔はもっと大きなとこにいたもんだから、海賊だの、バカなことを企むアホどもを片手間に潰しておったが……」
それは漁師の範疇を超えてるぞ、じいさん。
しかも何を地味に照れてるんだ。武勇伝とか語りたくなっちゃうタイプですかい、そうなんですかい、じいさんよう。
「くわしくおしえて、じーじ」
「詳しくも何もないわい……。海賊というバカの集まりがおって、これは船にのってあちこちの港で好き勝手に暴れる無法者だ。ワシがおったところにもそいつらが来て、仕事にならんかったからぶちのめしにいっただけだ」
じいさんは淡々と語り出す。
海賊退治をしたら仲間の海賊が報復に来たとか、ひとりで全滅をさせたら表彰なんか受けて面倒臭くなって別のところへ移住したとか。その道中で治安の良くない世界らしいから、悪事を働く輩のトラブルに巻き込まれてこれもぶちのめしただとか。
あんまりじいさんは賞賛を受けたりするのは好きな方じゃないらしくて、気の向くままにやってたらいつの間にかどんどん持ち上げられてきたから逃げるようにして移動し続けたらしい。それでここ数十年で、ようやくここに落ち着いたらしい。
町の中で暮らそうとするから面倒事に巻き込まれるんだから、こうして適度な距離を取っておけばいいだろう――と。
じいさんが思ってたよりロックだった。
色んな武勇伝を持ちながら、それでも漁師と言い張るあたりが、最高にクールでロックンロール・スピリッツを感じる。
「つまらん話だろ」
語りながら漁具の修理が終わると、じいさんはそう言って片づけを始めた。
「じーじ、おねがいしていい?」
「ん? 何だ、お願いなど……また町か?」
「ちがう。じーじの、つよさ……たたきこんで」
「必要ない」
「あるの」
「ない」
「ある」
「ないっ」
「あーるっ!」
言い合い、睨み合う。
しばらく無言で互いの意思をぶつけあっていると、じいさんはふいっと顔を逸らした。
「……教えることなどないわい。
それでもワシみたいになりたいなら……容赦はせんぞ」
「オーケー、ありがと、じーじ」
そうして俺は陸上でも、魚を狙う以外のために銛を振り回す日々が始まった。
教えることなどない、とか言いながらじいさんはバリバリに対人戦だろうが強かった。
木製の銛でじいさんに挑み、こてんぱんに反撃に遭うという訓練が日課に加わった。
――それからの日々は地味な地獄だった。
強くしてほしいというお願いをじいさんはちゃんと聞いて、訓練めいたものを施してくれるが、もちろん、そればかりで1日は終わらない。
早朝の漁は魚を1匹でも獲れなきゃ、永遠に終わらなくなった。
じいさんは引き上げても、俺は魚を獲ってこない限り海へ投げ飛ばされて帰れない。それでへとへとになって戻ると、じいさんはすでにメシを食い終わってて、俺はメシ抜きのままじいさんと模擬戦みたいなことをする。
じいさんと10本勝負をしてから俺は朝食にありつく。
それから林に入っての食材調達なのだが、ここでもじいさんに銛を持たされて魔物を狩ってこいと言われる。
シンリンオオガザミを相手にすることはないが、それでも魔物はすぐに逃げたりするし、向かってきてもなかなか強い。生傷は絶えないが、それでも獲物を仕留めないと戻れない。
そんなハードな日中でも、昼食の後は昼寝の時間をもらえた。
ここで寝ておかないと体が保ちそうにないから、俺は爆睡する。で、夕方前に起こされるとまたじいさんとの10本勝負。
もちろん、全部負ける。
これでもかと叩きのめされる。
それから晩飯を作って食べて、じいさんとの日課は終わる。――が。
俺には魔技の練習という日課もある。
魔法が使えないんでも、魔技は使えた。ならばこれを磨くしかない。
ただ困ったのは魔力を分けてもらう相手がいないことだ。じいさんからもらおうかとも思ったが、横になるなり爆睡するじいさんからもらいすぎたらぽっくり逝くんじゃないかとか考えてやめてしまった。
危うく魔技の習得も諦めかけるところだったが、魔力は大気中にもあるというのを思い出した。クララからもらう方が楽だったから忘れかけていたが、ひとりでだってできることだ。
だけど、これがまた人にもらうより感覚が違うもんだからかなりてこずった。何というか、人の中にある魔力が紙粘土だとすれば、大気中の魔力はめちゃくちゃ硬い粘土だ。
少し形を変えたり、むしろうとするだけでも硬くてなかなか形が変わらない。
こいつを取り込めるようになったのは、試みてから数ヶ月も経ってからだった。
それでも油断すればすぐに鼻血が出て、貧血でぶっ倒れて朝を迎える。じいさんは鼻血をカピカピにしながら寝てる俺にエロガキとか、鼻くそを深追いするなとか言ってたが、大して気にしてないようだった。それはそれでどうかとも思ったが反論はしないでおいた。少なくともエロというのは否定できない。
魔力が極端に少ない、というハンデがどれだけのものかはまだ知る由もなかった。