早かった再会
「一丁上がりーっと。降りてきていいぞー」
呆気なさすぎた。
得物を抜かれはしたが、てんでなっていなかったというのが本音だ。
5人いたバカどもを丁寧に一撃でのしていってから、屋根から出番を待ちわびていたリュカに手を振ってやると、飛び降りてきてからつまらなそうな顔をした。
「俺もやりたかった……」
「いいんだって」
ヒーロー願望の強いやつだな。
それから、ようやく取り囲まれて絶体絶命になっていた少女を振り返る。
当然だろうが、上から人が降ってきたのだから唖然としている。
しかもそれが年下の子どもで、2人目まで降ってきちゃったんだから驚くだろう。恐る恐る、上を見ている。もう降ってくるものはないのに。
ついでに魔影も使って、近づいてくるのがいないかを警戒しておく。
「大丈夫?」
「え、ええ……あなた達って、何なの……?」
「俺はリュ――」
「名乗るほどのもんじゃあないからこれで」
リュカの口を手で塞ぎ、引きずっていく。
無事ならそれでいい。ミシェーラ姉ちゃんを待たなきゃいけないんだから、面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。見たところ町娘のようだし、気をつけて帰ればいいだろう――と思っていたら。
「待って、待って待って……あの、ねえ、助けて!」
ヘルプミー入りましたー!!
憮然としつつも大人しく引きずられていたリュカが、魔鎧まで使って抵抗してきて踏みとどまらされてしまう。
「レオンっ!」
「……マジかよ」
キラッキラの眩しいリュカの眼差しを向けられてしまうと、無碍にしにくい。話くらいは聞いてやるかと観念しておくが、騎士団だってあるんだから丸投げしちゃうのもありだろうと希望は捨てないでおく。
「助けてって言われても、ただの子どもだからなー。
騎士団とかに陳情に行った方が俺はいいと思うんだけど……」
「騎士なんて頼れないの」
「何で?」
「何でも」
理由になってないと思うのは俺だけ?
「あと10日……ううん、20日だけ、匿って。それだけでいいから」
「いや、だけって……」
「お願いだから、そしたらちゃんとお礼もするし、何だってほしいものあげる!」
「何でもっ!?」
「金ならあるから」
「っ……じゃ、じゃあ、じゃあね、うーん……」
「待った。誰かに追われてたりしてる?」
「そう、そうなの。だからお願い、助けて」
「その誰かさんが来てるぜ」
魔影に反応があった。歩みは遅いが、こっちへ進んできている。
もうすぐ路地を覗き込まれる。攻撃的なら相手になってやろう。そうでなきゃ、まあ考えよう。
誰が来るのかと身構えていたら、人影が来た。ひとりだけだ。
魔法で灯されている街灯はここまでは差し込んでこないので逆光になる。そう背は高くない。
「リーズ、見つけたぁっ!!」
場違いな女の声だった。
小走りでこっちへ走ってくる。
光源が浮いている。小さな光の球が浮かんでいて、それがふわふわ浮きながら声の主とくっついてきている。
「探したんだよ、リーズ! 何かあったらどうしようって、心配して……た、んだけど……」
声の主が、途中で勢いを失って立ち止まる。
俺も身構えていた体から力が抜けてしまった。
「レオン?」
「ミシェーラ?」
「「……何でここに?」」
見事にハモった。
ミシェーラ姉ちゃんが、何でかピンチを迎えていた少女を追ってきていたのだ。
「どこ行くの?」
「しーっ、しーってば――」
「リーズぅっ!!」
リュカの声で振り返るとリーズと呼ばれる少女は行き止まりの壁へしがみつくようにしていた。登ろうとしていたのかも知れないが、すぐにミシェーラが怒るように声を出すと何かを諦めるようにうなだれた。
つーか、ミシェーラ姉ちゃんに怒られるとか……。
怒ることもあるんだなあ、ミシェーラ姉ちゃんって。
「こほんっ……えーと」
とりあえず人目を忍びたい、というミシェーラ姉ちゃんの要望でリーズなる少女を連行して宿の俺達の部屋へ戻ってきた。ミシェーラ姉ちゃんとリーズには椅子を用意し、俺とリュカはベッドへ腰掛ける。
「リーズ、この子がレオンだよ。学院でのことは話したでしょ?」
「聞いてたよりも悪そうな感じ……」
「そんなことないよ。レオンはすごいんだから」
照れちゃうからよせよ、ミシェーラ姉ちゃん。
「それで……えーと、そっちの子が、リュカくん?」
「何で俺のこと知ってんのっ!?」
「手紙に書いてあったから。わたしはミシェーラ、よろしくね」
「うん」
まあ、うん。
いいだろう、この辺は。
「それで、この方は――」
この方?
まるで偉い人を紹介するような口ぶりに引っかかりつつ。
「リーゼリット・エーフィ・ディオニスメリア様。
今度、成人の儀を迎えられる、ディオニスメリア王国の第三王女殿下です」
思わず噴きそうになるのをこらえた。
「王女様っ!? 本と――っ? ? っ……? っ!!」
「ごめんね、あんまり大きな声は……」
リュカがとんでもない驚き方をしたが、いきなり声が消えてしまった。
魔法でどうにかしたんだろう。ミュートしたかのようにリュカは口パクしている。
「……その王女様が、どうしてあんなとこに? 助けてとか匿ってとか言われたんだけど」
第三王女殿下はつーんとそっぽを向いている。
拗ねた子どものように。
「実は……成人の儀が嫌だって脱走して」
「成人の儀が嫌なんじゃないの」
「だからって脱走なんかしちゃダメでしょ。
リーズはお城の外のことを知らないんだから。
悪い人だっているし、この王都でも最近、奴隷狩りとか起きてるみたいなんだから」
「ふんっ、何もなかったわよ。せいぜい、ちょっと楽しいところへ連れてってあげるっていう人がいただけ」
「いやそれアウト」
「ただちょっと人数多かったし、目立ちたくないから場所だけ教えてって言ったら何か変な感じになっちゃっただけで……」
「攫われる5秒前だったなー」
「ほらーっ! レオンが偶然いなかったら今ごろリーズ、大変なことになってたんだよ!」
「でもすぐにミシェーラが来たじゃない!」
「結果論でしょう、それは! 痛いことされてたかも知れないんだよ?」
言い返そうとしていたリーズだが、ミシェーラ姉ちゃんにじっと睨まれてしまうと口をつぐんだ。ただ怒ってるだけなら言い返していたのかも知れないが、うっすら目を潤ませている。こんな顔をされてはじゃじゃ馬っぽい王女様でも弱るらしい。
俺のミシェーラ姉ちゃんをこんなに心配させやがって。
「っ!!」
とんとんとリュカが俺を叩く。
あっ、とミシェーラがまだ魔法をかけていたのに気がついて解除した。
「ってば! ……あ……声出た」
「で、何て言ってたんだ?」
「ごめんね?」
「お腹減った」
空気を読まねえなあ。
必死に何かを訴えていたかとお前ば空腹かよ。
「そうだ、もうこんな時間……! リーズ、お城へ戻ろう?」
「嫌よ……。きっと叱られるから」
「……ちゃんとわたしが、リーズと外出してきますって取り繕っておいたから大丈夫だよ。
怒られることはないから、一緒に帰ろう?」
「本当?」
「うん」
でもそれって、遅い時間まで連れ出しちゃったミシェーラ姉ちゃんが叱られるんじゃねえの?
リーズの手を取ってミシェーラ姉ちゃんは椅子を立つ。俺の視線に気づいたのか、やさしい顔に笑みを作ってみせてきた。
「リーズを助けてくれてありがとうね、レオン。あとリュカくんも」
「いいんだよ、これくらい。だってレオンは正義の味方だか――もがっ」
「余計なことは言わんでいいっつの」
「正義の味方?」
「違うから。全然そういうんじゃないから。こいつが勝手に言ってるだけ」
「……そっか。今日はバイバイ。ほらリーズも」
「んもう……早く連れてってくれてれば良かったのに……」
「リーズっ」
「はーい。……ありがとね」
城まで送ろうかとも思ったが、断られたので宿の前まで見送った。
リュカがさっぱり空気を読まずに腹が減ったと催促してきたから夕食にした。
それにしても、お城の仕事って……もしかして、第三王女様のリーズの世話係みたいな感じか?
だとしたらそれってすげえのかも。




