観光ガイドな騎士
ヴィクトル・デューイとオッサン騎士は名乗った。
エールを2杯飲み、それを肴にメシをつまんで煙草をまたたく間に10本も吸いきってから俺達は食堂を出ていく。
「オッサンのことは、気軽にオッサンでいいからね〜」
「オッサン、あれって何?」
「お、順応性が高いねえ、リュカ少年。あれはレヴェルト領ってところが産地として有名な野菜で、生でかじると青臭くてたまんないんだけど、火を通すとまったりねっとりした味わいになるのよ。バターと一緒にさっとソテーにすると、いいおつまみになんのよねえ」
最初こそ、いわゆる変態にカテゴライズされる性的倒錯を持ったやつじゃあるまいかと疑っていたが、どうやらそれはないようだった。通りかかった美人の姉ちゃんに鼻の下を伸ばしてたりしたし。
それにガイドとしても優秀なようで、リュカが何か尋ねればぱっと答えてくれたりもする。
さらっとは都を見て回っていたが、オッサンのガイドが加わるとさらなる発見がたんまり出てきた。
王都ラーゴアルダの成り立ちみたいな歴史的背景だとか、その裏にあった実情のバカバカしさも知っていたし、片言節句にまぶされた深い知識がにじんでいるにも関わらずに、俺とリュカの興味がないと分かっているのか、オッサン自身も大した興味がないのか、小難しい話はしなかったし、語る上で必要になれば噛み砕いた説明をしてくれた。
「そういや少年達は大聖堂とかは見たのかい?」
「だいせーどー?」
「あったっけか? 見てないな」
「ははーん、さてはキミらはこの辺しか見てないな。
大聖堂は北西にあって、立派すぎるくらい綺麗な建物なのよ。
別に熱心な信者ってわけじゃなくても、あれは見る分にはなかなかだよ」
意図的に西側と北側は避けてたから知らないのは当然だった。
オッサンに連れられて大聖堂へ行くと、確かに見事な建物がそこへ鎮座していた。
巨大なステンドガラスがはめこまれた壁は綺麗だし、中へ入れば――お布施という名目で金は支払わされたが――厳かな空気がそこにあった。この世界にも色々と宗教はあるが、一番影響力を持っているのは女神シャノンというのを信仰する、通称シャノン教だ。
その女神像は常にマントのように布を纏っていて、穏やかなやさしいほほえみを浮かべている。
教義だかは詳しくないが、愛と清貧をモットーにしている印象がある。
とは言え。
「ここでおっきな声じゃあ言えないけど……今の法王様は金にがめつくてねえ。
教えを広く世に知らしめるために、って名目で信者から大量の金を巻き上げてぶくぶくと肥え太ってるのよ。
まあ、その内の一部の金でこういうとんでもない建物とかも作っちゃあいるみたいだけど……これが清貧かねえ」
そんなことをオッサンは言ってた。
ま、宗教と金なんてのは切り離しにくいだろう。
それに一部だけが腐って搾取されていようと、敬虔な信者は本気でシャノン様を信仰しているのだ。
一概に否定する気はしない。
俺だって言っちゃえば全てを救うのはロックと信じているんだ。
言わばロック信者だ。本当に救われてるのかとか、実情がどうとかは気にしない。
したくない。ケチつけずに放っておけと言いたくなる。
「もう日暮れだねえ。オッサンはそろそろ、大人のお楽しみをしなくちゃいけない時間だから帰るわ」
「大人のお楽しみって?」
「気になるかい? じゃあ一緒に行っちゃう? ちょいとかか――あ痛っ」
「余計なことまで教えんでいい」
「んもう、興味があることならガンガン学んでくべきよ? レオンハルト少年ったらむっつりだなあ」
「そういうんじゃねえだろ……」
いやでも、あれ?
年齢的にはそういうことになっちまうのか?
この反応だとばっちり分かっちゃってるし、それに興味を示そうとしていないように見られるわけで……?
まあいい。
女もいいが、今はいいのだ。
「ほいじゃあね、気をつけて帰んなさいよー」
オッサンと別れる。
ふらふらと歩いて人混みに消えていくと、すぐにオッサンの姿は見えなくなった。
「レオン、騎士って変なのでもなれんだね」
「だなあ……」
「俺ああいう騎士は好きかも」
「……俺もだ」
騎士様が人助けをしてる現場なんて見たことないが、あのオッサンは観光につき合ってくれて愉快な時間を過ごせた。初めて、騎士に対して礼を言いたくなった事例ってことになる。
「もっとも……あんなじゃあ見た通りに出世なんぞできてなさそうだけど」
「しゅっせ、って?」
「偉くなるってこと」
「ああ、確かにしてなさそう。でもダメなの?」
「ダメってわけでもないかも知れないけど……全部が全部、あんなオッサンだったらどうするよ?」
「……その方がいいかも?」
「…………」
違いないと思ってしまったが、黙っておいた。
いやきっと、別に肩を持つわけじゃないが騎士団にだってまともなやつはいるだろう、うん。
帰り道、食材を買うおばさまや、どこぞの貴族の使用人なんかでごった返す市場を抜けて歩いた。
スリに遭いかけたがリュカがさっと、財布を持っていこうとした男の手首を掴んでいた。大人しく返してもらえたからトラブルめいたこともなかった。
俺が被害に遭いかけたのに、何でリュカが気づいたのかと尋ねたら、あっさりとした口調で返された。
「だって見て分かったし」
いやいや、どこを見たら分かるんだよ、と。
よくよく追及してみれば孤児時代にはスリも空き巣も常習犯だったらしい。だからそれらしいのは分かるんだとか。手癖が悪いのな。
今はやってないみたいだからいいけど。
スリを防いだことを誉めてやると、得意になって前を見ないで人にぶつかっていた。……締まらないんだよなあ。
日も暮れかけとなると王都ラーゴアルダの東部は静まってくる。
お貴族様の宿が多いから、馬車こそ通るものの徒歩の姿はあまりいない。
広い道を馬車のために空け、端を歩いていたら路地の小径を覗き込んだリュカがぱたと足を止めた。
「どうした?」
「人がいる」
「そりゃ、人くらいいるだろ」
通り過ぎようとし、何となく俺も見てみると固まった。
奥の方で数人の男が何かを取り囲んでいるのだ。リュカが俺を見てきている。
「……レオン、あれって」
「ついてこい」
周囲を見てから人がいないのを確認し、建物の壁を登らせてもらう。
魔鎧を使い、ついでに指先にも魔手を重ねがけすることで簡単に石の壁へ指先は簡単にめり込んで壁を掴めるようになる。あとはそれを繰り返しながらロッククライミングでもするようにひょいひょいと登っていけばいいだけだ。気分は、赤と青の全身タイツスーツのアメコミヒーロー。さっと平坦な屋根へ上がらせてもらうとリュカもすぐについて来た。
「助けに行かないの? 見てるだけ?」
「黙ってろ。もしかしたら、勘違いかも知れないだろ。目に魔手だ。できるな?」
「うん」
屋根からそれを見させてもらう。
目に魔力を集めて視力を高めれば遠くのものもはっきり見えるようになる。
取り囲まれていたのは、少女だった。
この世界の成人前後といったころで、袋小路に追い詰められてしまっている。取り囲んでいた男のひとりが剣を引き抜く。脅しに使うようだが、これはもう言い逃れられないだろう。
「リュカ、俺が行くから、お前は逃げようとしたやつがいたらそっちに降りて行かせないようにしろ。
騒ぐようだったら、ちゃんと手加減して動けないようにしてやれ」
「うん」
「くれぐれもやりすぎんなよ」
男達のひとりが、少女の手を掴もうとした。
屋根から飛び降りながら、魔弾で抜かれていた剣を弾き飛ばす。
「何だっ――?」
「名乗るほどのもんじゃねえ」
男達と少女の間へ降り立ち、拳を握った。




