オッサン、登場
レオンへ
お手紙を読みました。
こんなに早く会えるなんて思っていなかったから嬉しかったです。
この王都ラーゴアルダにわたしが来たのはもう半年くらい前になります。
毎日、毎日、夜会への招待状がたくさんお屋敷に来ていて、それを読んでいるだけで気が滅入ってしまっていたから、レオンからのお手紙は本当に嬉しかったし、レオンに会えるんだって思うと急に元気になりました。
けれどわたしは今、王城でちょっとしたお仕事をしていてなかなか時間が取れません。
それがない日でもやらなくてはならないことがあったりして、レオンと会う時間がなかなか取れない状況です。
どうにか都合をつけるので、もうちょっと待っててください。
だけどレオンのことだからラーゴアルダでは退屈しちゃうと思って、耳寄り情報をお届けします。
騎士団にはレオンの知ってる人もたくさん入ってます。
ほとんどは多分レオンのことを好きじゃないのかも知れないけれど、イアニス・ダールマン先輩もいるし、騎士団の魔法士隊にはイレーヌ・ヒンメル先輩がいるし、イレーヌ先輩の弟さんのトゥルッカ先輩だって騎士団にいます。そういう人を訪ねてみたりすれば暇は潰せるかも知れません。
レオンのことだから忘れてたんじゃないかな?
ちゃんと人の名前は覚えておかなきゃダメだからね。
必ず都合をつけるので、しばらく待っていてください。
ごめんね。
ミシェーラ・クラシアより
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いつまでだって待つぜ、ミシェーラ姉ちゃん。
にしたって、懐かしい名前がちらほら出てきたな。
騎士団の存在は頭に入ってたけど、学院の卒業生もいるってのは完璧に忘れてた。
イアニス先輩とか超懐かしい。
学年が2つ上だったから……今は3年目とかか? 序列戦では一桁台までいけたんだよなあ。いやー、懐かしい。
それにイレーヌ先輩ね。
マティアスとロビンに女が苦手とか、面倒極まりない誤解を与えてくれちゃった、あのいい女。騎士団の魔法士隊ってのは、どんなもんなんだか。優秀な人だったし、それなりに家柄も良かったりするのか? 弟の方は名前も知らなかったし、面識もないけど。
だけど騎士団にいるっていう権力で、俺に突っかかってきそうなのもいそうだな。
今度ばっかしは、盛大にやり返してやるわけにもいくまい。
……目えつけられないようにしとこう。
「しっかし、お城で仕事ねえ……。一体何をしているんだか……」
てっきり、貴族のお嬢様らしく夜ごとに貴族同士の社交場へ繰り出す生活を強いられてるのかとも思ったが、仕事か。
ミシェーラ姉ちゃんが典型的な貴族のお嬢様じゃないことは分かっちゃいたけども。
ブレイズフォードなんて家柄だから侍女みたいな仕事でもないだろう。
一体、何だ? あんまり想像がつかねえや。政治に関わるような性格でもないし……。
まあいいか。
忙しいようだけど、元気ならいいんだ。
とりあえず手紙にもあったし、イアニス先輩とかイレーヌ先輩らへんと会ってみるか?
騎士団ってどんくらい忙しいんだか分からねえけど、真っ昼間から飲屋街で酒を堂々と飲んでる騎士もいるし、割と自由な不良公務員って感覚かも知れない。
そうだよな、よくよく考えてみりゃあ騎士団なんぞお貴族様の集団なんだし、汗水垂らしてマジメにやってるやつなんて一握りのはずだ。
「むにゃ……ほねが……のど……に……」
何度も何度も読み返したミシェーラ姉ちゃんからの手紙を折り畳んだところで、呑気な寝言が聞こえてきた。もう食えない系の寝言は定番だが、魚の骨に苦しんでる寝言なんてバリエーションもあったのか。
蹴り飛ばされていた毛布をリュカにかけ直してやってから、俺も自分のベッドへ横たわった。
いざ知り合いを探そうと思っても、王都ラーゴアルダは広い。
ただただ歩くだけではとてもじゃないが探し出せなかった。騎士は見かけても、年齢がまた幅広いし、たまに何となく見覚えがあるような――と見ていたら、視線に気づかれたのか、向こうが俺を見てはギョッとして逃げるように立ち去っていったりしていた。そんなに怖がることはないだろ。俺はちょっかい出してきたアホしか叩きのめしてないはずだぞ。
で、半日ほど歩き回ってから諦めた。
ミシェーラ姉ちゃんも、どうすりゃコンタクト取れるかくらい教えてくれりゃあ良かったのに。そそっかしいんだから。
まあそこがいいんだけど。
「何か、あっさりしててうまい」
「……そうかよ」
安めの大衆食堂を選んで昼飯を食っている。
リュカは花より団子派だ。湖で獲れたという白身魚をがっついて食べている。
この王都ラーゴアルダで暮らす庶民のほとんどは商人だ。畑を耕すような者はいない。商人でなければ何らかの職人だったりだ。足を運んだ食堂は土方のような体力自慢が多いようで、もりもりと食べている客ばかりだ。
お高いレストランなんかより、こういうところの方が落ち着く。
俺もお貴族様として生まれはしたが、レオンハルトとして生まれる以前は平々凡々な一市民だったしなあ。平凡すぎて、何の芽も出そうになかったが――いやいや、いいんだ、それはもう。
「よう、ちいと相席いいかい?」
食堂が混んできたのに、食べ盛りのリュカが追加注文をするとひとりのオッサンが声をかけてきた。見もしないで、はいはいどうぞと返すとガチャガチャと音がして突ついていた白身魚のソテーから顔を上げる。ちらほら無精髭の生えた、騎士だった。テーブルへ立て掛けられた剣は使い込まれている。
「いつものよろしくぅー!」
「あいよ、旦那」
しかもめちゃくちゃ馴染んでるし。常連じゃねえかよ。騎士のくせに。
騎士のオッサンは注文してから首をゴキリゴキリと回して鳴らし、くたびれたように煙草を出して火を点ける。口から漏れていく煙だの、背筋の丸まった姿だの、そこはかとない哀愁が漂っている。40歳とかそれくらいだろうか。
見かけた騎士はどいつもこいつも、髪型までばっちり決めてたのにこのオッサンは無造作ヘアだ。無造作風セットしていますよヘアじゃなくて、ほんとの無造作だ。薄くはなってない豊かな黒髪をぼっさぼさにしている。
どうにも、騎士らしくないオッサンだ。
「キミらもパレードとか見にきちゃったの?
オッサンさあ、これでも一応は騎士なんだけど嫌んなっちゃうのよねえ。
パレードの当日だけでも忙しいのに事前に色々と打合せだの、何だのってさあ……」
話しかけてくるし。
リュカが俺とのお約束を思い出したのか、俺を凝視してくる。
お約束その一。
貴族は無視して、何か言われたら丁寧にその場を去ること。――に抵触中だ。
が、しかし。
どうも普通の貴族とも違う。
「騎士なのに、こんなとこで油売ってていいの?」
「いーの、いーの。オッサンなんてね、年功序列で自由気ままな身だから。
あーあー、若くなりたいなあ。キミらいくつよ? オッサンねえ、今年で43になっちゃうの」
「俺は13……だったっけかな。リュカって何歳だっけ?」
「12歳」
「若いなあ、いいなあ、羨ましいなあ……」
案外そうでもねえぞ?
ガキどもに混じるって精神的に体力使うもんだぞ?
なんて言えないが、オッサンはひたすらに羨望していた。そこでリュカが追加注文した料理と、オッサンの分らしい料理とエールが出てきた。エールを飲み、ぷはあっとうまそうに息を吐く。これこれ、なんて呟きながら酒と煙草を堪能している。ダメなオッサンだ。騎士のくせにダメなオッサンがここにいる。
「ねえレオン、いいの……?」
そんなダメオッサンを観察してたらリュカに小声で言われた。
お約束その一についてだろう。
「別にこれくらいならいいって。
ダメなのはえらぶってるやつだから」
「ふうん……」
同じく小声で答えるとリュカは気にしないことにしたらしく、肩肘張らずにまたがつがつと食べ始めた。
「あ、そうそう。
少年達は大人と一緒じゃないみたいだけど、何してんのよ?」
「んー……暇潰し?」
「ほおーん? んじゃあ、それ、オッサンもつき合わせてよ」
「は?」
「オッサンも暇でさあ。お仕事めんどいから逃げてきちゃった。色々と案内してあげちゃうよ?」
悪いやつっていう線もないわけじゃない――が。
まあ、最悪は逃げればいいだけだろうと思ってオーケーしておいた。




