王都散策
ミシェーラ姉ちゃんに会うのにどうしようかと、考えたことがあった。
いきなりブレイズフォードの屋敷へ行って会いに来た、なんて言ってもそれは礼儀知らず甚だしい。夜中に日本放送協会から受信料契約を迫られるくらいにうざがられる。
だからあらかじめ、いつに行くから都合はよござんすか、とおうかがいを立てにゃあならない。
しかし、向かう先は騎士団長エドヴァルド・ブレイズフォード様のいるお屋敷だ。何か怖い。パパンなはずなんだけどどうも、俺はいきなり赤ん坊の足を掴んで逆さまに盛り上げるオッサンのイメージが強いから苦手意識がある。いきなり捨てるし。
なもんで、オルトに相談したらラーゴアルダに着いてから手紙を書いて出せば良いと言われた。町から町へ届けるものではないからすぐに届いて、返事もくるだろうと。ちょっと不安なのは学院を卒業してからそろそろ1年というころだが、すでにミシェーラ姉ちゃんがこっちに来ているかどうかだ。返事を待つ間は同じ宿へいなきゃいけないし、待ってる間に金が尽きて泊まれなくでもなっちまったら面倒なことになる。やたら高いし。
まあ、金はそれなりにたんまりあるからいいんだけど。
今後オルトに何か依頼されちゃった時を考えると憂鬱になってくる。
「レオン、早く行こう、早く!」
「待てって……ちゃんと行くし、時間はあるんだから」
ミシェーラ姉ちゃんへ宛てた手紙へ蝋燭を垂らして封し、さらにレヴェルトの印章を押した。息を吹きかけて乾かす。
「よしっ……と」
「手紙?」
「そっ、手紙だよ」
「誰に?」
「女」
「レオン、恋人いるの?」
「そういうんじゃねえけどな」
ちゃんと乾いたのを確認してから、宿の人に手紙を出してくれるように託して観光へ出た。
昨日も宿を探してさんざん歩き回ったが、あまり都の様子なんかは見ていなかった。
都の中心地が色々と観光に良さそうな場所だと手紙を預けた時に聞いて、まずはそこを見ようと決める。
そこもまた、でっかい建物がこれでもかと並んでいたし、道幅もやたらに広かった。
貴族の姿が多く目について、そういうのは従者を引き連れているから避けて歩くだけでも面倒だ。もっとしゅっとして歩け。日本の国民的某RPGを見習って一列で歩けっつーの。
「劇場が3つもあるのか……。すげえな」
「げきじょー?」
「劇が見れるんだよ。たまにはカハール・ポートでもやってなかったか?」
「ルーペリアス・カリエール物語!?」
「それは劇のひとつ。お前、あれ好きなの?」
「大好き。ルーペリアス格好いいし」
そういや、学院じゃあ大マジメにそういう物語を覚えさせられたっけか。
有名な英雄譚や恋愛譚から、マイナーな古い古い話まで。教養ってのは分かるけど、俺は登場人物の名前を覚えるので精一杯だった。
「劇の他にも、そうだな……おっ、ここは近々、楽団が公演するみたいだ」
「がくだん?」
「音楽だな。これも気になるな……。音響とかもどんなもんなんだか。
こういうとこを借り切ってワンマンライブなんてしちゃったら、俺はもうスターだろうなあ……」
王都ラーゴアルタの一番の劇場なんてくらいだから、武道館ライブだとか、そんなのに相当しそうだ。
滞在中に――あるいはミシェーラ姉ちゃんと一緒に、この公演も観に来てみたいものだ。
「観てみたい」
「1回くらいは来るか」
「うん」
劇場の他にもお貴族様の社交場であるダンスパーティーのためだけの建物だとか、やたらに大きくて何もない広場には時折サーカスがやってくると聞いた。だがこの広場、俺の常識としては認めがたいが処刑なんかにも使われ、そういうのも娯楽として大勢の人を集めるらしいから非文化的だ。いや、文化なんだろうが、何かなあと思ってしまう。
あとは、コロシアムなんてものもあった。
凶暴な魔物同士を戦わせるのを見物したり、時には騎士が馬に乗ったまま戦い合ったりと趣向を凝らして血を流すのを眺めるというものだ。何でも教会の力で、殺しはやめなさいと言われてしまったようで、死ぬまで続けると言うのは撤廃されたようだが――魔物同士の戦い合いというのは、公開給餌なんて名目で食わせ合いにして続けてるんだとか。
野蛮極まりない。
が、人間同士の戦いの方はせいぜい大怪我で、戦いの後に死ぬことはあっても、死ぬ瞬間を見せるという催しではなくなったらしい。まあ、うん、まあ……。
基本的に娯楽というのは観るというのがメインだ。
王が住む、このラーゴアルダではひとつの会場で何でもできるように――なんてケチ臭いことをせず、ある程度まで用途を絞って様々な建物を作っている。
でもって、これらの建物は見物のために入るだけで金を取られる――と。
そこはケチケチするなって言いたくなるが、まあ仕方ないんだろう。金は天下の回りものだが、その天下を治めているのは王様なんだからそこに戻っていくのだ。
とりあえずは、何があるのかというのを今日は見て回った。
実際に何を観て暇を潰しつつ遊ぶかは、明日以降でいいだろう。
ちなみにリュカが言っていた屋根が金ぴかの建物は、お貴族様御用達のダンスホールだった。
それを教えてやると、つまらなそうにしていた。まあ一生足を踏み入れることもなさそうな場所だし、綺麗な姉ちゃんへの欲というのはまだ薄いんだろう。女と触れ合いたければそういう店だってちゃんとあるし。……まあ、何であれ、リュカには早い話だ。
宿へ帰ると部屋へ向かう俺達を主人が引き止めてきた。
「お客様、言伝を預かっております」
「言伝……?」
「ミシェーラ・クラシア様からです」
「早っ」
手紙はもう届いたのか。
そりゃ、朝に出しておいてもらったにせよ……。
「お手紙は届きました、とのことです」
「……あ、そう。はいよ、ありがとさん」
別にこう、予定がどうとかそういうのじゃないわけな。
まあ分かるけども、うん。そうだよな。けどちゃんとここにいてくれて良かった。
今度こそ部屋へ引き上げると、リュカはバルコニーへ出て湖を眺め始めた。
確認してみたところ、あの湖で漁をできるのはちゃんと許可を受けた人間だけで、それ以外の者が釣り糸を垂らしたり、泳いだりすれば罪に問われるとのことだ。湖に落ちるだけでもヤバいらしいが、銀貨10枚で遊覧船には乗れるようだ。
「レオン、船がある」
「銀貨10枚の高級船だぞ」
「銀貨10枚っ!? ……10日かぁ」
乗りたいのか、こいつ?
俺もバルコニーに出てその船を眺めると、立派なものだった。
綺麗な湖に映える赤い塗装の大きな船だ。
かなり大きな船に見える。もしかしたら、あれもお貴族様の社交場になってるのかもな。
「別に乗りたいんなら、一緒に乗ってもいいけど……」
「レオンが金出してくれんのっ?」
「……まあ、な」
「じゃあ乗る! あの船、すごそうだし! 湖も透明で透けて見えそうだし、あの船の先っちょのところとか行ってみたい!」
現金なやつめとは思うが、ここまではしゃがれると悪い気はしない。
子どもは子どもらしくしていればそれが一番良い。嬉しけりゃあはしゃいで、寂しければそう言えばいい。大人になったら嫌でもグッと我慢しなきゃならないことがあって、それを理解しなきゃいけないんだから、それまでは素直にいればいいのだ。
翌日は商業エリアの商店を見て回って時間を潰した。
色々と珍しいものがあったし、どこかの国の工芸品だとかいう人形の顔がのっぺりしまくっててリュカと大笑いしたりした。店主にはじろっと睨まれてしまったが。
そうしてまた宿へ帰ると、ミシェーラからの手紙の返事が届けられていた。




