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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#13 ただいまと、いってきます
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レオンとじーじの宝




 じいさんに土産話をするつもりじゃあいたが、どうも興味を持たれなかったから途中でやめた。

 代わりにすることと言えば、一緒に漁へ出て競ったり、釣りへ出たり、そうして獲った魚を最強調味料の醤油で料理して振る舞ったりだ。実はノーマン・ポートで酒も買ってきていたが、何となく出す機会を逃している。


 夜になるとじいさんは寝るのが早いから、浜辺へ出て歌を作った。



 たまにノーマン・ポートまで出向いてじいさんと競うように獲っている魚を換金したり、クララと会ってもふったり――クララの成長は目覚ましく色気を出すようになっていた――それが済んでからトニーと合流してスモーをやったり――ちなみにトニーもまた、体がどんどんデカくなってる真っ最中だ――と、けっこう満喫している。



 クララは毛のボリュームもさることながら、体の方もボリュームが良いところに出てきていて、俺はただただ純粋な気持ちで尻尾をもふっているのに背徳感に駆られそうになるほどだった。いっそもう押し倒したって許されるんじゃないか的な。

 でも悲しいかな、いくら飢えてたって小さいころから知ってる、親戚の女の子みたいな感覚の娘には手なんぞ出さないのが紳士なのさ。


 トニーも獣人族らしく急成長を遂げていて、俺とそう変わらない年齢のはずなのに、すでにして身長が20センチは違っていそうなほどデカくなっていた。大熊族という種族らしく、平均すると2メートルくらいの身長になるらしい。最初は小熊くんだったのに、とんでもねえ成長だ。

 ちなみにスモーにはかなりハマってしまっているらしくて、ノーマン・ポートのあちこちで、スモーをして遊ぶ子どもを見かけた。トニーが普及させてしまったらしく、石畳でやると危険だということで子どもの遊び場がわざわざ作られて、そこには砂が敷き詰められてスモーの稽古場かと思うくらい盛んになっていた。


 横綱は現在のところ、トニーらしい。

 まあ、別にちゃんと競技化されて金とかが動いてるわけじゃないけど、最強の力士という意味でトニーだ。

 かつて俺が覚えてた限りの決まり手でけちょんけちょんに倒してやったのを覚えていたらしく、それらを研究しながら他の子に試しつつ、どんどん確立していったようだ。試しにと、トニーと取り合ってみたがヤバかった。まともな力勝負じゃあ絶対勝てないと見て、どうにか勢いを利用して引き落としで決めた。


 折角だからときちんと番付を教えてやると、トニーはスモーをいずれノーマン・ポートだけでなく、ディオニスメリア王国全土――いずれは世界中に広めたいとまで夢を語ってしまった。とりあえず、大人になってからオルトのところへ行っておけとだけ助言しておいた。

 あいつに気に入られれば、レヴェルト領内では普及すると思われる。ルールとしてはけっこう簡単だし。廻しの代わりになるようなベルトもちゃんと作った方がいいだろうな。でなきゃモンゴル相撲みたいになっちゃいそうだ。モンゴル相撲はあれであれでいいんだろうが、やっぱ俺は日本相撲の方が好きだ。



 そんな感じの里帰り(?)だ。



 唯一、困ってるのは、いつになったらここを出ていくかというタイミングくらいのものだった。




「レオン」


 小舟から釣り糸を垂らしていたら、いつもは黙々と釣りに興じるのに珍しくじいさんから話しかけられた。


「何?」

「いつ、行くんだ?」

「決めてない」


 エサはシンリンオオガザミの身。

 これがかなり釣れる。手応えを感じて釣竿を上げると、グロフィッシュが釣れた。目玉4個の小物だったからリリースしておく。



「ずっといろ」


 ぶっきらぼうにじいさんが言う。

 釣り針にエサをつけ、また海へ投げ入れた。



「ずっとはいないな」

「だったら、さっさと行け」


 じいさんの竿にもヒットがきた。

 アジのような小さめの魚が釣れた。今夜はこいつを素揚げにでもするか。サクサクのカリカリで、醤油をたらすとこれまたウマい。



「極端じゃねえ?

 ずっといるか、さっさと行くかって」

「何を言うとる。

 やたらに食い扶持が増えるだけだ」

「あーそうですか……」


 まあ、食うけどさ。

 でも互いに食わせ合ってるようなもんだろうに。



「俺はじーじが寂しいんじゃないかと思って来てるんだけどなあ」

「そりゃお前だろう」

「あ、そんなこと言う? もう来ねえぞー? いいのかあ?」

「ワシには、子がいる」

「ん?」

「カークと言う。……それがワシを見つけて、やって来た」


 じいさんの、子ども。

 いたのか。まあ、いても不思議じゃないが。



「今になって……一緒に暮らさないかと持ちかけられた」

「ふうん……」

「あれは漁師になるのを嫌って、勝手に飛び出していったバカ息子だが……」

「嬉しかったの?」

「そうじゃない。だが……思うところはある」

「んで?」

「ここを離れようと思う。足を伸ばせば近くに海もある。

 別にどこだろうがワシのすることなど変わらん」


 だろうな。

 海に潜って、気ままに魚を獲ってれば満足そうだ。



「だからもう、お前がワシにつきあう必要はない。

 カークにもお前よりデカい子どももいるし、じきにひ孫もできそうだ」

「じーじはそんな年か……」


 つっても、この世界――あるいは国は、けっこう初婚年齢は低いしな。

 15歳で成人になって、若い娘ならそれと同時に結婚なんてことも珍しいことじゃない。

 でもって、20歳にもなってりゃ、子どもがひとりくらいいたっていい年齢。フォーシェ先生のように行き遅れなきゃ、そういうのが普通だろう。ちょっと遅くたって20には結婚するくらいだ。



「生意気なお前などより、ひ孫の方がかわいいに決まっとる」

「ひっでえ言い方」

「だからもういい」



 またじいさんの竿に当たりがくる。

 俺がさっき釣り上げたのと同じようなグロフィッシュが釣れる。リリース対象だ。針を外し、じいさんが海へ投げ込んだ。シンリンオオガザミの身をほぐしたものを入れているカゴをじいさんの方へやる。


 それを針へまたつけ、じいさんが海へ投げ入れる。



「もういいから、好きにしろ、レオン」

「……そうかい」


 思ってたのとは、何だか違うことになっている。

 海辺の小屋でひとりで生きるじいさんのイメージしかなかった。それが家族に囲まれて、生まれたての赤ん坊を抱いている想像は――どうもなあ。赤ん坊を抱いてるだけなら、俺もそうされてたし分かるんだが、明るい家庭のイメージがない。



「そしたら、今度はそっちに顔出すかね」

「来ないでいいわ」

「ほんとにいいの?」

「いいと言うとるだろう」


 寂しいことを言われるもんだが、それにかこつけて俺を遠ざけようとしてるようにも聞こえてしまう。

 嫌われるようなことは――まあ学院に行くために出てったりもしたから何とも言えないか。にしたって、言い方が突き放してる。



「そしたら、さっさと行っちゃったらそれがもう、最後の別れになっちゃうぞ?」

「それでいいだろう」

「ずっといろとか言うくせに?」

「それはそれだ」

「さいですか……」



 小魚を何匹か釣り上げてから釣りをやめた。

 海が夕焼けで赤く染められるのを見ながら、夕食の支度を始めた。アジによく似た小魚のゼイゴを取り、鱗と頭とエラ、ワタを除く。水気を取ってから鍋に張って火にかけた油へ突っ込んで揚げた。爆釣だったもんで50匹近くて下処理をしている内に日は暮れてしまったが、途中でじいさんが手伝ってくれたからそれでも早く済んだ。



「うまいな」

「うまいっしょ」

「ショーユをもっとくれ」

「塩分取りすぎは体に悪いから、ちょろっとな」


 木をくり抜いてじいさんが作った醤油差しでかけてやる。

 しっかり揚げているから小骨までがっつり食える。ちょっと焦げてるのはご愛嬌だ。暗くて鍋の中が見えなかったんだから仕方ない。カリカリでふっくらしてて、いい素揚げになった。



「なあじーじ」

「何だ?」

「ちょっとさ、歌聞いてくれよ」

「嫌だ」

「何で?」

「真面目腐って……性に合わん」

「そう言わずに聞けって。俺だってこうやって切り出すのは気恥ずかしいんだから」


 ふんとじいさんは鼻を鳴らす。

 だが食べ続けるみたいなので手についた油を舐めながら小屋へ戻り、リュートを持ってくる。


 椅子代わりの流木へ腰掛けて、両手を着ているシャツで念入りに拭いていく。



 毎晩、こそこそと作っていた歌を咳払いしてから歌い出す。

 じいさんはそっぽを向くように、素揚げをバリバリ食べている。素直じゃないじいさんなのは知っている。



 波の音とアンサンブルしながら、リュートの音色は響く。

 歌った。



 じいさん。

 本当はばっちり覚えてるんだけど、ぼんやりした記憶にしとくって体で伝えるよ。


 じいさんが俺を拾った時は、よぼくれてるなって思ったんだ。

 おお、目が覚めたかい、なんてどこの国民的RPGの王様をもじったんだって。離乳食とかくれて、それから俺のこと抱えて海を見せてくれて。

 どこから来たんだろうな、なんて哲学的なこと言っちゃって。

 俺のことを海の神様がくれた宝物だとか言っちゃっててさ。


 ずっと前のことみたいに思えるけど、あの時に見た海は波の反射した光のきらめきまで覚えてるんだぜ。


 豪快なくせにけっこうセンチメンタルで、それを隠して強がっちゃってるのは分かってんだ。

 寂しがり屋なのにちゃんと言わないから両極端なこととか言っちゃって、それがもう最大限の照れ隠しで、そういうとこが大好きだ。



 だから、いつまでも元気でいてくれよ。




 そんなありふれた歌を、歌った。

 生意気で軽口ばっかでガキらしくもなかったけど、じいさんに出会えたことは最高の巡り合わせだったんだ。


 きっと俺もじいさんも、何のためじゃなくて、出会うために出会ったんだ。



 静かにリュートの音が消える。

 じいさんは砂浜に目を向けたままじっと座っていた。




「明日、行くわ。

 風邪ひくなよ、じーじ」


 動かないのを見て、そう声をかけてから小屋へ戻った。

 しばらくして戻ってきたじいさんは、寝床で俺と並んで横になる。



「レオン」

「ん」

「お前が、ワシの宝なのは変わらん」

「俺も、じーじは宝もんだよ」



 言いおって、とどこか不満そうにぼやかれた。

 朝になり、漁に出て、朝食を食べて、醤油を分けてから出ていった。




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