じいさん、無双
シンリンオオガザミを問答無用でぶっ殺してたくらいだから、まあじいさんは強いんだろうとは思っちゃいた。
だけど想像を超えていた。
顔面に銛がめり込んでぶっ飛ばされたボリスは起き上がってきて、じいさんに襲いかかった。ベニータも同様だった。闖入者の老人相手に、鬼気迫っていた。おっかない登場の仕方だったのもあるんだろう。
だけどじいさんは、その数段上手だった。
ベニータが容赦なく振るったナイフをひょいとしゃがんで避けたかと思えば足を引っかけて、突撃してきたボリスにぶつけた。ボリスは頭に血が上ったまま、仲間のはずのベニータを片手間に吹っ飛ばし、俺に潰されてない左手でじいさんの銛を振り回した。しかしじいさんは繰り出された銛を軽々しく避け、銛を掴むなり、ぶんどった。その拍子で、何をどうしたのか、ボリスの左腕が折れた。明らかに折れた。音もしたし、関節が反対に曲がっていた。
激昂してさらに吼えたボリスは、哀れにも銛で側頭部を叩きつけられてぶっ飛ばされる。
今度は起き上がってこず、完全に伸びていた。終わってから振り返れば呆気ないし、もしかしたらベニータとボリスがそう強くなかったのかも知れない。だけど、じいさんはあからさまに2人の上をいっていた。
室内に入ってはきたが、それきり一歩もその場を動いていなかった。
これはもう、ただの漁師のはずもない。そういう確信は持たざるをえなかった。
俺が夜遅くになっても戻らなかったことで、じいさんは少し心配をしたらしい。それが何時になってからなのかは分からないが、とりあえず夜中であったことは確かだ。多分、俺が鼻血出しながら魔手の練習をしてた間だろう。
で、漁港の若者達がクララの誘拐事件を教えた。クララは数日前に誘拐されて閉じ込められていたようで、1日1つのパンをぽいと投げられるくらいだったらしい。そこへ俺が放り込まれれば、心細かったのも解消はされただろう。俺はもふらせてもらって、クララは人のぬくもりに触れて、ウィンウィンだったということだ。
クララのことは置いといて。
誘拐事件のことを知って、3歳児らしからぬ賢さをついつい発揮してしまう俺様のことを鑑みて、何かあったんだろうとじいさんは結論づけた。それで探しまくったらしい。そりゃもう、べらぼうに。
奴隷商人らしい人物を探しちゃあ俺がいないかと見繕って。
あるいは俺が本を読んでもらっている場所をじいさんは知ってたから、そこで聞き込みなんかをして。
すると、ベニータが浮上した。だがベニータは昨夜はお楽しみだったわけで、飲みにいくだの抜かしてたがそれもあっさり切り上げてここへいたわけだ。いつもならベニータがいるっていう酒場をじいさんは見つけて乗り込んだものの、ベニータはあんあんいってる最中。そこで、ベニータと一緒にいるボリスのことをじいさんは知る。
ボリスはそれなりに、悪い方面に有名だったらしい。
具体的にどういうことをしてるっていうのは、手広くやってるから挙げきれないが、まあ、ワルだった。そんな悪党がベニータと一緒にいて、しかもベニータは俺をどっかへ連れていった、という情報もじいさんは持っていて、家捜しをしたらしい。それでもって、派手に音が聞こえてくる2人のアジトを見つけて、乗り込んだ。
結果は説明の通り。
ベニータもボリスもじいさんによって叩きのめされた。ベニータはボリスにやられた感もあるけど、そうさせたのはじいさんだし、そういうことにしておこう。
2人を叩きのめしたじいさんは動けない俺を背負って、怯えていたクララの手を引いた。
その時には俺はじいさんの勇姿を見届けて気絶してたが、クララもちゃんと親元へ帰れたらしい。
「バカたれが」
起きると小屋にいて、すでにじいさんの漁も終わっていた。
正直ものすごく面目ない。起き上がろうとしたけど、どこが痛いかも分からないくらい痛くてそのままになっておいた。じいさんが俺の体を支えるように起こしてくれても痛い。
「ごめん」
「ワシが間に合わんかったらどうするつもりだった」
「……どっかでにげだす、チャンスをまった」
「バカたれが」
魚を食って、また横になった。
バカたれ、くらいしかじいさんは叱ってこなかった。もしかしたら、ベニータもボリスも手応えがなさすぎて、そこまでの心配はしていなかったのかも知れない。ちょっと悪戯をした、くらいな?
まあでも、悪いと思う。
ほんとに申し訳ないと思う。
「ごめん、じーじ」
謝る。
だがじいさんは、不機嫌そうにふんと鼻を鳴らすくらいだった。
本当はじいさんがただの漁師じゃないんだろとか、訊いてみたい。
だけど、ひとまず体力を戻して傷を治さなきゃダメだろうと思って、大人しくしておいた。
初めての来客があったのは、その翌日だった。
じいさんがケガしてようがお日様に当たれと言って、渋々、痛い体で小屋を出た。するとそこに、獣人の母子がいた。ずっと砂浜を歩いてきたのか、ちょっと疲れた様子で。
「クララ……?」
キツネの獣人の、母子。子の方は、クララに違いなかった。となれば、やっぱりもうひとりは母親なんだろう。そもそもこんなところへ客がくることが意外すぎて、素っ頓狂な声を出した。と、クララが手を繋いでいた母から離れて俺の方へ走ってきて抱きついてくる。
「いっ……たい、いたい、から……」
「あうっ……ご、ごめんなさい」
右手がベニータのせいで負傷してて、骨にヒビが入っているらしい。そのせいで、めちゃくちゃ痛い。
「あなたがレオンハルトくん? クララを守ろうとしてくれたんでしょう? どうもありがとう」
母親が砂の上に膝をつき、俺の負傷してない左手を取って言った。むず痒くなって、俺はじいさんを呼んだ。
クララとその母親は、ひたすら砂浜を歩いてきたらしい。実は海沿いにノーマン・ポートへ行けるらしいのだが、陸を突っ切っていった方が距離が近いそうだ。これを知ってれば、ひとりでこっそり俺は町に行ってたかも知れない。
わざわざ、けっこうな距離を歩いてまで来たのは俺とじいさんにお礼を言うためらしい。律儀だ。
じいさんはあの騒動の後、俺を背負ってそのまままっすぐ帰ってしまった。だからクララとの再会を喜び、安堵したクララマミーはじいさんにお礼を言えずじまいになったんだとか。
「どうもありがとうございました」
「礼なんぞいらんが……無事で良かったの」
じいさんは割とぶっきらぼうだ。
で、俺はそんな大人の会話を聞きながらクララの尻尾をぞんぶんにもふらせてもらっている。クララはたまに、んっ、とか、あんっ、とか奇妙な声をあげる。
「しっぽ、くすぐったい?」
「うん……」
「やめないけどなっ」
「う、うん……」
「…………あれ、そういうはんのう?」
ちょっと照れ臭そうにしつつ、クララは嫌がらない。
まあ、もふれるんならいい。とか思ってたら、クララは尻尾をちょろちょろ動かして、俺の顔とか首筋なんかをくすぐってきた。
「お、おお……おおお……いいな、これ……」
「ほんとう? うれしい……」
一丁前に照れやがって。15年後に出直してこい。
尻尾をもふるのもいいが、尻尾でもふられるのもいい。そんなわけで左手が空いたから、左手で魔手の練習をさせてもらった。いちいち鼻血は出なくなったが、右手に魔力を集めるのと、左手に魔力を集めるのだと感覚が違って難しかった。
ボリスから魔力を奪った時にも感じたが、クララの魔力は例えるならジンベイザメだ。でっかい。でもボリスの方が魔力は少ないような感じがした。不発に終わったが、ベニータから魔力を取ろうとした時に感じたのは、インドゾウくらいかと思った。
まあ、デカい。
こうして大人と子ども、男と女と、3人分の魔力を何となく知ったら、俺の飴玉サイズが何なのかということに思い至った。ごくごく偶然にこの3人が多いのか。もしくは、俺の飴玉サイズがあまりにも少なすぎるのか、という疑問だ。
だが、まだ確かめようがない。
ちなみに魔力を取られる感覚はクララが言うには「ちょっとふにゃってする」ものらしい。何じゃそりゃと思うが、貧血よりもごくごく軽微なイメージでいいんだろうか。
「それではこれで。本当に、ありがとうございました」
「またね、れ……レオンハルトくん」
「ワシは2人を林の向こうまで送ってくる。留守番くらいはできるな、レオン」
「ん、わかった。……じゃあな、クララ」
じいさんが母子を連れて林に入っていく。
左手でのんびり、少し危うげに夕飯の支度をしながらじいさんの帰りを待った。
何はともあれ、一件落着。
魔法についてはまだまださっぱりだけど、しばらくは魔技を練習していこうと決めた。3歳児の握力で大人の手首を握りつぶせるんなら、最終的にどうなるのか恐ろしくなる。
まあでも、今回はうまくできなかったけど似たようなことがあれば便利になるだろう。
人生はトライ・アンド・エラーの連続だ。失敗するから、何くそと次で踏ん張れる。そういう経験なんだと言い聞かせ、海辺の小屋の平穏な日常へ戻っていった。