雨宿りでブルーなレオン
リュカ・B・カハール。
旅の連れ――という他に、どんな関係かと言うのに少し悩む相手。
勝手に弟分的には見ちゃいるが、それにしちゃあリュカからの尊敬は足りねえし。
かと言って友達なんて言うのもどうも違う。
親しい間柄には違いないが、これだとは言えぬ腕白坊主について、少し話そう。
リュカの人となりは割愛。
そんなもんは主観によって異なる。以上。
じゃあ何についてかと言えば、リュカがそこらの腕白坊主とどう違うかだ。
俺だけが使えていた魔技をリュカに教えた。
最初こそ魔手ひとつで大苦戦していたようだったが、今じゃ魔鎧も魔纏も魔留も使える。
まだ魔力を自分の体へ留めて利用する技術だが、これによってリュカはそんじょそこらの大人にも劣らぬ身体能力を発揮するし、凡百の剣士程度の攻撃では傷もつけられないだろう。
それだけならば、俺はちっとも焦る必要なんてなかった。
僅かな1歳程度の年の差による肉体的な優位もあるし、これでも鍛えてきた方だから同じ魔鎧でも発揮できる力には大きな差がある。比べてみたら一目瞭然だった。
しかし。
俺が憂慮するのは、魔技だけではない。
俺は穴空きで、今じゃ自前の魔力はさっぱりない状態。
対してリュカは、そういう欠陥もなく魔法が使え、しかも魔力容量、魔力放出弁、魔力変換器といったものがいちいち常人を上回っていたことが判明した。
魔法の使い方は誰かに教わったというものではないらしいが、単純な魔法で桁外れの威力をいちいち発揮してしまうのだ。むしろ、魔法の制御がド下手くそと言っても良い。
制御については何故か発達しすぎている魔法を使うために必須な身体機能が強すぎる弊害なのかも知れないが、ともかく、これは魔法の才能があると見て良かった。
特に魔力容量に関しては4年前に少し魔力をもらった時は大したことがなかったのに、また同じことをしてみるととんでもない量になってしまっていた。
常人は大体、アフリカゾウ並みだ。ちょっと多くてジンベイザメ。
だがリュカは動物には例えられないほどの魔力を感じた。ちょっとした山と言っても良い。しかも、まだ魔力容量が増えて成長を続けてしまっている。
「いつから、こんなに魔力増えた?」
「気がついたら……?」
曖昧だ。
それでも、よくよく尋ねてみればはっきりと魔力が増えてきたと感じ始めたのは魔技の練習をしてからのことらしい。
魔法については俺はさっぱり分からないからメルクロスに到着してからソルヤにでも尋ねてみるとしよう。
だがリュカについて、もっとも俺が懸念しているのは将来的なところだ。
ある程度の年になってリュカも大人になってきたら、いちいちああしろということもなくなるだろう。その時に今よりも魔技が使え、魔法も扱えるようになり、色々な経験を積んだとし、果たして俺はコイツの前で面目を保てているのかどうか。
魔法もありでぶつかり合うとしたら、多分勝てなくなる。
まして俺は魔力中毒というものまで患ってしまい、魔技の出し惜しみもなしに全力全開で戦おうとすれば保っても5分程度だろう。
俺の持っている魔技というアドバンテージをリュカも備え、プラスアルファの魔法を――しかもとんでもない桁外れの出力を持っているのだから、勝てる道理はないのだ。今すぐではないにしろ。
「嫌んなってくる……」
「雨が?」
「雨も、他のことも……」
絶賛、雨に降られている。
どうもこの世界、雨はあまり降らないし、すぐにやんでしまうのだが降り出すとなかなかに激しい。雨脚が立って道は泥でぬかるんでしまう。それに傘なんてものもない。
雨対策と言えば帽子で、前後に長い丸ツバのものを被る。テンガロンハットのような形状だ。水が染み込んでもツバから落ちていくから顔は濡れない。もちろん、服はずぶ濡れになってしまうのだが首裏に雨水が流れ込むのも防止できる。帽子だけに。俺もオッサンだなあ、中身は。
で、この帽子、リュカはちゃっかりバリオス邸を出る時に持たされていて、今も被っているのだが俺は持ってない。なもんで、顔はもう滴り落ちる雨水でどうしようもなくて、木陰で雨宿り中だ。それでも合間から雨は落ちてきてしまうのだが、多少はマシだった。次に町へ立ち寄ったら帽子を買おう。あるのとないのじゃ大違いだ。――なんて思うのも実は数回目で、毎度のように買い忘れているが次こそは忘れまい。
「レオン、今、メルクロスってところに行ってるんでしょ?」
「ああ」
「何するの?」
「ただの挨拶」
「その後は?」
「どうしたもんかね……。ノープランだ」
とりあえずオルトには積もる話をせねばなるまい。
スタンフィールドでもさんざんに話はしたが、それでも語りきれていないことは多い。
あと、約束通りにじいさんに顔を見せてやらねえとな。
そろそろ、じいさんもいい年だから最後の別れにもなっちまうかも知れねえし。どこへ行くにしろ、遠くまで行く予感があるからそうそう戻っても来られないだろう。
それからクララでもふもふ成分を補給して、あとは――何もないな。
「リュカはどうしたいよ?」
「旅はするんでしょ?」
「まあな」
「じゃあついてくだけ」
「そうか」
ちゃんと考えないとなあ……。
ただただ、漫然と旅をするだけってのも味気ない。
色々見て回りたいとか、土地ごとの音楽にも興味あるし、ギターをどうにかして手に入れたい願望もあるが、それはメインじゃない気がする。
ミシェーラ姉ちゃんのとこにでも顔を見せるか?
とりあえずのやることはないし、やることやったらそれでもいいかもな。それから生家でも探してみて、遠目にちらっとでもママンや、ブリジットやマノン、イザークを見て、ついでに顔も知らない弟のロジオンくんでも拝むかね。
「レオン、暇」
「俺も暇」
「じゃあ勝負しよう、勝負!」
「あのな、ちらっとだけ前も言ったけど、俺は魔力中毒なの」
「えー?」
「別にやってもいいけどいざって時に魔技が使えなくなったらマズいことになるだろ。
そろそろレヴェルト領も近いから治安は良くなってくるだろうけど、それだって何が起きるかは分からねえんだから」
「その時は俺がレオンのこと守ってやるよ」
「それでもダメなんだよ。きっちりかっちり、何時間経てば元に戻るとかって保証もねえし、あんまり使いすぎると数日は尾を引いて控えなきゃいけなくなるんだ。メルクロスに着いたらつきあってやるから、お前はひとりで魔弾でも練習しとけ」
「でも俺魔法使えるし、いらなくね? そういうの」
リュカのくせに正論めいたことを言いやがって。
確かに魔法が使えりゃあ、必要がないのかも分からん。
「レオン?」
「んじゃあ、魔鎧の精度でも上げとけ。お前、ムラがあるんだよ。ただ使えてるのと、完璧に使えてるのはかなりの差が出るから、今できる魔技の完成度を高めろ」
「ちぇっ……」
魔鎧の練習を見てやりながら、またぼんやりと今後のことを考える。
考えるべきことは行き先でも、旅の目的地や意義なんてものじゃない。
俺が――レオンハルトとしての俺が、今後どういう生き方をしていくのか、ということだ。
『レオンハルト、恨むのなら強くなれ。でなければお前に価値はない』
パパンは、俺をどうするつもりだったんだ。
あの言葉は度々、俺の頭にふっと浮かび上がってくる。
何のためにレオンハルトは生まれて、どういう理由があって俺はレオンハルトとして二度目の生を受けたんだろう。
雨は降り続ける。
重そうな雲を眺めながら、晴れるのを待った。




