表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーリグレット!  作者: 田中一義
#12 リュカ・B・カハール
113/522

上位互換



「レオン!」

「よっ、リュカ――」

「覚悟ぉぉぉぉっ!!」

「は?」


 バリオス邸の庭でリュカが重そうな鉄の棒を振り回して練習をしていた。

 俺に気がつき、馬を降りたところでいきなり、それを持って向かってくる。魔鎧を使ったのははっきり分かった。いきなり動きが変わったのだから。コマ送りでもしたかのように速くなり、芝の植わった地面が抉れてもいた。


 俺も魔鎧を発動し、腕で魔纏のかけられた棒を受ける。

 すぐに棒を引いて突きを繰り出してくるが、それを横から弾いてそのまま胸ぐらを掴んで肩から背負い落とす。片腕で自重を全て支えたリュカは片手ハンドスプリングで跳ね上がり、鉄の棒を投げてきた。掴み取り、逆にぶん回すように投げてやると目を剥いた。



 痛そうな音がし、リュカがひっくり返る。



「痛っつ〜……」

「いきなり何だっつーの」

「強くなったとこ見せようと思って……」


 額を両手で押さえながら、尻をついたままリュカは俺を見上げた。

 見た目はけっこう成長したのに、中身はあんまり変わった印象がない。まあ、バリオス卿みたいな感じに育ってたらどうしたもんかという心配は地味にあったから安心はするが。


 相変わらず背は俺より少し低いほど。髪の毛はつんつんしていて、こんがり日焼けしている。どこにでもいそうな腕白坊主って具合だ。俺みたいに顔つきがちょっと不良めいた感じもなく。



「魔技、どんだけ覚えられた?」

「魔手と魔鎧と魔纏」

「ふうん……ま、基本形だな。バリオス卿はいるか?」

「いる。呼んでくる?」

「呼ばなくていいけど、とりあえず屋敷に入れてくれ」

「うん、こっちこっち!」


 変わってないようで何より。

 もうちょびーっと、落ち着きってもんを培ってもらいたかったけど……まあ、子どもだしいいか。うるせえって言ってる内がかわいい盛りなんだろう。反抗期が怖いぜ。




「レオンハルト、大きくなったな」

「どーも。でもまだまだ背は伸びるつもりなんで。

 バリオス卿はすっかり元気になったみたいで良かったです」

「やることは山積みだからな」


 屋敷へリュカに引きずられていくと、すぐにバリオス卿が顔を見せてくれた。

 いつか初めてここへ来た時も案内された、オーシャンビューの超眺めがいい応接間だ。リュカは俺の横じゃなくて、バリオス卿と並んでソファーに座っている。まるで親子だな。あんま似てないけど。



「少々、遅かったようだな」

「色々ありまして……ははっ、ははは……」

「色々って何?」

「その辺は後でな」

「だが丁度いいころにきた」

「って言うと?」

「明日から豊漁祭だ。祭りの間はいなさい」

「祭りか。いいっすねえ……。じゃ、その間はいますよ」


 祭りはいい。

 本当にいいタイミングで来られた。


 七転八倒だな。……あれ?

 あ、違う、七転び八起きだ。最後まで転び倒してどうする、俺。



 軽い挨拶をすると、バリオス卿は何かと忙しいらしく仕事へ戻ってしまった。

 とりあえずゆっくりしたかったから、あてがってもらった客間のベッドへ寝転がる。前に療養させてもらっていたところだ。


「なあレオン、釣り行こう」

「俺疲れてんだって……」

「いいじゃん、俺、この前、すっげえ大物釣ったんだ。

 釣りで勝負しよう、釣りで。それなら俺、絶対勝てるから」

「釣りかあ……。んじゃあ、でっかい魚を獲った方が勝ちってルールならやってやるよ」

「言ったな!? 言ったな!? いつまで? 制限時間はっ?」

「今から、日没まで。1ミリだろうが獲った魚の大きい方が勝ち。ただし、買ったりするのはなしだ」

「分かった、行ってくる! 負けないかんなっ!!」


 バタバタとリュカが走っていく。

 勢いよく閉められたドアの向こうから、釣竿がどこかと訊いて回っている大声がした。あいつにとって俺ってどんな存在になってるんだか。


 まあでも張り合いたいお年頃なのか?

 負けるつもりは毛頭ないけどな。



 カハール・ポートの祭りの準備が進んでいる賑やかな町で、手頃な棒を手に入れて、削って銛にした。それから一旦屋敷へ戻り、シャツと短パンの漁師スタイルとなって海へ向かった。


 久しぶりに飛び込んだ海は気持ち良かった。

 銛に魔纏をかけながら大物を狙って仕留めていく。



 4匹ほど活きがいい魚を仕留め、でっかいタコまで見つけて水中戦を仕掛け、見事にゲットした。

 じいさんは普通に食ってたけどバットはさっぱりタコを買い取ろうともしなかったから、あまり食べる文化はないのかも知れない。

 タコか。タコ……タコはどう食うもんか。桜煮とか、寿司屋で食った時は感動したっけな。でもあれ、小豆で煮たとか聞いたし、小豆はないしなあ。いや、獲れたて新鮮なタコさんなら案外いけるんじゃないか? 水から煮るんだっけか。大丈夫、俺には伝家の宝刀のソイソースパイセンがいるんだ。勝てる。



 屋敷へ帰るとリュカはまだ帰っていなかった。

 シェフに厨房を借り、俺が獲ってきたタコを塩揉みしてから鍋へぶち込むと顔を引きつらせていた。


「そ、そんなものを食べるので……?」

「うまいんだって。ほんと」

「ですが……」

「あ、そっちの一番でっかい魚は手えつけないでくれよ。リュカとの勝負だから」



 俺が仕留めた大物は体調70センチはありそうな、まさしく巨大魚だった。マグロみたいのには負けるかも知れないが、陸から釣り糸を垂らすだけではああいうのは釣れないだろうし、俺の勝ちは揺るがないだろう。

 俺は手抜きの勝負なんてしないのだ、ハッハッハ!!



「レオーン、釣ってきたぞ!!」

「おう、勝手口から帰ってくるたあお前も慣れてるな、屋敷に」


 バンッと勝手口が開き、厨房へ直にリュカが顔を出す。

 ふっふっふ、と得意そうにリュカが魚を見せた。なかなか大きいが、30センチくらいだろうか。



「どうだっ!?」

「ハッハッハ、リュカくんよ。――それで勝負かね?」

「うっ……れ、レオンのも見せろよ!」

「良かろう……これだぁっ!!」

「なああっ!?」


 俺の大物を見せつけると、リュカは雷に撃たれたかのように絶句した。

 それから、力を失って四つん這いになってしまう。



「俺に勝とうなんぞ30年早いわ」

「そんなにっ!?」

「それか俺より背が高くなったらいけるかもな」

「魚食いまくってるし!」

「んん〜? じゃあこの差は何かな?」

「うっ……」

「ハッハッハ、精進したまえ」


 リュカの反応がいいからこっちも調子に乗るってもんだ。

 シェフはそんなやり取りをほほえましく見ながら、早速、獲ってきた魚を捌いてくれていた。



「これ何?」

「タコだよ、タコ」


 で、落ち込んだのから立ち直ったリュカが俺の鍋を覗き込む。


「タコ」

「タコだ」

「食えるの?」

「うまいぞ」

「マジっ?」

「大マジだ」


 ダシは海で適当に取ってきた海藻。コンブはなかったが、ワカメっぽいからいける……といいな。でもワカメって、あんまりダシを取るのには向いてなかったような気がしないでもないが、まあいいだろう、うん。失敗は成功の母だ。


 適当に味つけをし、ことこと煮る。

 その傍らでシェフの邪魔にならないよう、学院のことなんかを喋ってやった。魔鎧と魔纏の使えるリュカならば、仮に学院へ行っても余裕だろうと言ってやると目を輝かせていた。



「通うか? 俺は別にいいけど」

「でもそしたら6年もまた足止めでしょ? やだよ、もう」

「それもそうだよな。で、お前はこの4年どうだった?」

「レオンに言われたことちゃんとやったし、サントルの手伝いとかもしたよ」

「バリオス卿の手伝いって?」

「んーと……こ、こーきょー、じぎょーっていう仕事のしさつってやつについてったりした。

 あとは教会とか作った時に、近くの町までおつかいに行かされた、10回以上も。ひとりだよ、すごいっしょ?」



 リュカの言葉だからところどころ曖昧だったが、カハール・ポートは俺が知っていた、悪政に虐げられる町ではなくなったようだ。


 港を拡張する工事に浮浪者を集めて、寮のようなものも作って生活を保障した上で働かせたらしい。それ自体は赤字になるが、港が広くなれば税収を多く取れるようになる。港ができてからは工事に従事していた人々は、働いて手に入れた金を持って生活を立て直せるということだ。


 で、浮浪者と一緒でたくさんいた孤児はカハール・ポートに教会を建てる代わり、孤児院も併設してもらったんだとか。布教したい協会側は歓迎し、多少の助成金も出すということで孤児が一人立ちするまで育ててもらう。教会の人間っていうのは知識人が多いから、ちゃんと最低限の教育も施してもらえるということだ。


 そういうことにリュカは度々手伝わされたのだと言う。

 魔技が使えるリュカは、やはり俺と同じで年齢不相応の実力になってしまった。

 もちろん、本当に強いやつには敵わないんだろうがせいぜい数日程度の旅歩きならば、リュカとあと誰か大人をつければあまり危険はないようだった。



 思ってたよりも、良い感じにバリオス卿はやってくれている。

 さすがだ。そりゃ、オルトが俺を差し向けて手助けするに値する立派な貴族なだけある。



「あ、そうだ、あとレオン、レオン」

「あん?」

「俺、魔法もけっこー得意だった!」

「へえー。ちょっと見せろよ。庭でいっか」

「庭じゃダメって」

「……は?」



 リュカに連れられていったのは町を出たところのなだらかな丘陵地帯。

 暗くなりかけだったが、リュカは簡単に火の球を浮かせて光源を作っていた。


「見てて、レオン」

「おう」


 ふうっと息を吐いてから、リュカが魔法を放つ。


 瞬間、夜闇が盛大な炎で明るく染め上げられた。

 ただただ、簡単に、火の玉を作るだけのファイアボールという魔法。それが、直径数十メートルはあろうかという大火力で放たれたのだ。




「…………」


 唖然とする。

 何これ。確かに、ちょっと魔力は多いかなくらいに、前は思ってたにしろ。



「どうっ? まだこれくらいなら10発以上いける!!」



 こんなとんでもない火力って、あるもんなのか?

 得意気に言ってきたリュカにしばらく返すことがなかった。



 魔技が使えて。

 こんな魔法も使えて。


 これって、完璧に俺の上位互換じゃねえ?




 ちなみにタコの煮物は思ってたより柔らかくはならなかったし、イメージとは違った味になったがリュカはもりもり食べた。バリオス卿は二口ほどで手を止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ