締まらないレオン
「ようやく逃げるのを諦めたか」
「ああ、もういいぜ」
「この人数相手にどうしようってんだ? ええっ、小僧ォッ!」
「どーもこーも、あるかっつーの……。
てめーらを、全員まとめてぶっ飛ばしてやるって言ってんだ。
あの世までぶっ飛ばされたくねえならあっさり死ぬんじゃねえぞ」
「〜っ――やっちまえええええっ!!」
フェオドールの長剣を薙ぎ払い、渦巻いた炎でまずは10人ちょっとの人数をまとめて焼き払った。
陽炎に僅かに揺らぎ、黒炎が立ち上る向こうであからさまにうろたえているが、魔弾を連射しまくって掃討。
「突撃しろぉっ、突撃だ、数の力で押し殺せぇっ!!」
親玉の鼓舞で手下どもは怒号を上げながら向かってきた。
が、すでに魔縛を張り巡らせている。何も見えずに飛び込んできた連中は、ピアノ線のように細く強靭に貼られている糸で肉が切れたのを感じただろう。だが、アホな突撃号令のせいで背後から押され――まずひとり分が割り木のように一瞬でバラバラになった。ひとりでは済まない。2人、3人、4人とその惨状には気づかずに後ろから押されて死んでいく。
「アホどもめ――」
逃げ切ろうと思えば、余裕だった。
わざと逃げなかっただけで、森を駆けながら魔爆を張り巡らせてきたのだ。
魔影で連中の固まりも把握している。ぶつ切りにされて肉片が落ちていき、ようやくそのバカげた突撃命令が収まるものの、団子状になりすぎている。そこは、俺のテリトリーだ。
「焼け死ぬって、辛いらしいぜ。
俺なんか放っておけば良かったのにな、ご愁傷さん」
魔縛の糸へ、フェオドールの長剣で点火した。
たちまち炎が森を駆け巡り、バカどもをまとめて囲って焼き始める。
炎の中から悲鳴が聞こえてきた。僅かに使える水魔法で消火しようとしているやつもいるが意味はない。すでに地面に落ちた枯れ草が燃え、それが生木に燃え移っている。凄まじい煙にいぶされ、一酸化中毒でも死んでいくだろう。
「走って突破しろぉっ!」
炎の中から、親玉が先陣を切って飛び出してくる。
意外と根性のあるやつだ。が、しかし。
「お生憎、てめえは生かしちゃおかねえよ」
魔弾で脳天をぶち抜けば、潰れたトマトのように破裂して死んだ。残党はどうでもいい。こんだけ酷い目に遭えば少しは懲りるだろう。九死に一生を得て心を入れ換えれば万々歳だ。
さっさとその場を後にした。
近くの村へ戻る前に、さらわれて奴隷にされかけていた人達を解放した。
見張りに残っていた残党はできるだけ血が流れないよう、丁寧に殴り飛ばして無力化をしておいた。足の指をポキッと折ってやったから、悪さをするにはかなりがんばらないといけないだろう。
捕まっていた人々を連れて村まで戻ると、感動の再会のバーゲンセールだ。
誰もが手を取り合って喜び、中には涙ながらに抱き合っている姿もあった。良かった良かった。
さて、血腥いガキはとっとと行こう。
繋いでおいた馬へ跨がって、そっと立ち去ろうとしたところで――
「あのっ!」
呼び止められる。
馬ごと体を横向きにして振り返る。
確かこの村に立ち寄った時に、地獄の底にいるかのように暗く沈んでいた女性だ。
連れ去られてしまったという幼い兄妹と手を繋いでいた。
「ありがとうございます……」
「……いいって、別に」
「名前は何て言うんですか?」
「……名乗るほどの者でも――」
「レオンだって」
かっこつけようとしたのに、わざわざ助けてやったお子様が口を挟んでしまった。
締まらない。
これはかなり締まらない。
男のくせにびーびーびーびー泣いてたから慰めてやった、っつーのに、どうしてこういう仕打ちをするかね、お子様は。まあ肉体的には俺とはちょっとしか違わないくらいなんだろうけど、それにしたってあるだろう。空気を読めとは言わないけど、何かこう察するものはあるだろう。同じ男だ。このロマンは分かってくれるはずだろう、うん。
「……じゃ、そういうことで」
気を取り直して、馬を歩かせた。
気恥ずかしいから駆足で走らせてみた。好きなだけ走っていいぞ。
スタンフィールドを発ってから、かなり経つ。
だと言うのに、どうしてか行く先々で色々とあってカハール・ポートにも着いちゃいない。
どうしてこうなってるんだか――。
そりゃあ、急いでないって事情はある。
ようやく手に入れた、何に縛られるでもない自由な時間だ。リュカを拾えば二人旅になって好き勝手はしないだろうから、それまでの羽根伸ばしという意味合いも兼ねて悠々自適だ。
だがちょっと町へ立ち寄れば近くにやたら強い魔物が出てて酷い被害が出てるとか。
折角のうまそうな名産品がその魔物に食い荒らされて、それを目当てに立ち寄ったのに食えないって判明して退治しに行ってやったさ。退治して、その肉を食ってみたけどあんまり旨味がなくてほとんど捨てた。どっかの魔物が食い荒らして骨くらいは残っただろう。
で、温泉なんてものがあるらしいと耳にして山の中まで来てみれば山賊。
しかもそいつらの仕業で温泉はとても入れない状態になってて。さらにはまあ、近隣の集落だの村だのを襲撃しては金目のものも、若い女も、食料も奪っていく悪辣な連中だとか。そりゃあ、もう怒りのままに山賊どもを懲らしめに行ったさ。
これはもう寄り道なんぞしない方がいいだろうと思って、丁度、日暮れに差し掛かって立ち寄った村では奴隷狩りだ。
喧嘩を売りに行って盛大に暴れて惹きつけて、森まで誘導して蒸し焼きにしてやったさ。奴隷狩りも、奴隷商人も俺の嫌いなもののリストだと超上位だ。いっそ殿堂入りだ。
そんなこんなで、もうただ帰郷してるだけなのに色々とありすぎた。
寄り道は大抵が無駄足で、ちょっと立ち寄っただけでもトラブルが起きる。
何これ、体質? 運命? レオンハルトはどんだけハードモードな人生を送ってるわけ? ちょっと、ゆっくりしようとしただけなのにこんな仕打ちってないだろう。
ていうか、治安が悪すぎるんだよな。
悪党どもが野放しになりすぎてるっつーか。
レヴェルト領がどれだけいい場所だったか本当に思い知らされるばっかだ。オルトってすげえんだなと思う。
それともディオニスメリアの僻地に当たるところだからだったりするのか?
あり得そうだな。
国土の中心地にある王都に近いほど治安が悪い感じもする。
人が多くなれば、その分だけ悪党も増えるし、監視の目も、それに対処する手も足りなくなるって寸法なのかも知れない。魂の故郷である日本の治安が心底良かったもんだと心から思う。
が、それももうすぐ終わりだろう。
カハール・ポートはもう目と鼻の先――10日もあれば着きそうな距離だ。この道も何度か往復したから勝手が分かってきている。世の中は慣れだな。
これほど恐ろしくもあり、頼もしいものもない。
バリオス卿に挨拶して、2、3日ほどゆっくりしつつリュカの成長を確かめたらメルクロスだ。
そう言えば溢れていた浮浪者や孤児はどうなったもんか。何かするとは言ってたけど、具体的なことは聞いてなかったし、少し気になるな。
ま、でもバリオス卿なら大丈夫か。
うっかりリュカが懐きすぎて、俺と一緒に行かないとか言ってた――いやないか。
手紙でも早く早くってせがまれまくってたし、うん。
もうすぐだ。
海に着いたら泳いで、魚を獲って食おう。
久々に獲れたてぴちぴちの新鮮な魚を味わえる。楽しみだ。




