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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#2  海とじいさんと俺
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ビートイット!



「っふわぁぁぁ〜………っとお……あー、よく寝た。寝てんじゃないでしょうね、あんた達」


 ぼっさぼさの髪の毛。半目しか開いてない目。

 ベニータは乱暴に地下室のドアを蹴り開けた。向こうの光が差し込んでくると、眩しくて目の奥が萎むような感じがする。


「何その鼻血? ここ出ようとしてがんばっちゃったりしたの? きったないわね……」

「……どこつれてくんだ」

「さあ? これから売りさばくんだから、あんたらの行き先なんか知らないわよ。興味もないわね」


 獣人の女の子――クララが俺の後ろへ隠れる。気づいたら懐かれてた。

 尻尾をもふもふしまくってただけなのに。まあ、かわいいから良しとしておこう。俺がきっちり守って帰してやるから安心しろ。


「出てきなさい。言っておくけど、奇妙なことをしたらボリスがうっさいわよ」


 ベニータに従い、クララをともなって警戒しながら地下室を出た。

 ボリスはその部屋に鉄格子の箱を用意していた。上下が鉄板、四方を鉄の檻で囲まれている。一部だけ戸のように開くようになっていて、そこが開いていた。あれに入れられちゃうわけか。


 出口をちら見すると、その視線に気づいたか気づいてないのか、ベニータが近くに立った。あれに入る前にどうにか逃げたい――が、どうしたもんか。ボリスは鼻をほじくっているが、犬みたいな耳と尻尾から察するに俊敏な動きを見せそうだ。それでいて暴力的。

 暴力的――か。



「入れ」


 鼻くそを飛ばしたボリスが命令する。背中に触れるクララの手が、服を掴むのを感じた。

 あそこに入れば、おしまい。魔手がどんだけの力を発揮してくれるかなんて分からないから、あれをぶち破れるようなつもりもない。


 真っ向から隙をついて逃げ出さないとならない。

 だけどボリスには、確実にダメージを与えるなりして動けないようにしておかないと追いつかれるだろう。袋叩きにされることは別にいい。喧嘩なんぞ腐るほどしてきた。


 だけど、さすがにボロ雑巾になっちまったらじいさんに悪い。

 ワガママ言って町まで来られるようになったのに、すでに一晩も行方不明だ。……急にじいさんに罪悪感湧いてきた。すまん、でも帰るから安心しとけ。


 室内を見渡して武器になりそうなのを探す。

 テーブル。持てない。椅子。持てない。上着掛け。遠い。ランタン。背が届かないとこに置いてある。


 ……やっぱダメか。


「おいガキども、耳が聞こえねえのか。入れって言ってんだ」


 ボリスが面倒臭そうにソファーを立った。

 のそのそと近づいてくると、こいつはほんとにデカい。が、やっぱもう出たとこ勝負だ。



「ガキじゃねえ、おれはレオンハルトだ。どれいなんかに、なってたまるか」



 ぽりぽりと、犬耳の中に小指をつっこんでボリスはかいた。

 それを出し、ふっと息を吹きかける。


「はあーん? ……じゃあ、教育の時間といこうぜ、クソガキがぁっ!!」



 足元にあった、鉄の檻を蹴り飛ばした。

 ただ物にあたっただけなのに、鉄製にしか見えない檻が壁をぶち破っていった。あまりの迫力に体が硬直しかけたが、背中にクララを感じて気合いを入れる。魔力をクララから借りて、魔手を発動。地下室のような暗闇じゃなきゃ、ほんのり発光してるのも分からないが感覚は確かにある。


 ボリスが手近にあった上着掛けを掴んで振り上げた。それを魔手を発動している右手で受けると、あっさり折れて破片が飛び散る。俺の右手に痛みはない。ぶつかってきた衝撃はあったが、それでも軽く感じられた。――いけるか?



「クララ、火っ! どこでもいい!」

「は、ひゃっ……!」



 クララがほんの小さな火の玉を投げた。そこら辺のものを燃やして、火事になればいい。そう思って、クララが目を覚まして自己紹介をしてきた時に打ち合わせておいた――のだが。


「そんなのが一体どうしたぁっ!」


 ボリスが片手でそれを握りつぶす。

 うん、まさか俺、ボリス本人に飛ばすとは思ってなかった。想定が甘くて悪いな。



「いそげ!」


 クララを左手で引っ張って、蹴り飛ばされた鉄格子によって開いた穴へ向かう。

 長屋みたいにお隣にも誰かがいるのかと思ったが、空家のようだった。しかし、同じ間取り。玄関のドアから出ていけばオーケーと思っていたら、また壁がぶち破られてボリスが姿を現す。壁まで破るとか――。


 何かがぶつかってきて腹部が痛んだ。

 膝をつく。瓦礫の、破片。壁をぶち破ったのと同時に飛んできた? 運が悪すぎるだろ、これ!


「おいクソガキぃ、それで終わりかあ?」


 頭を掴まれ、持ち上げられる。足が浮く。

 ボリス。潰れた目は近くで見ると、キモい。あと迫力がありすぎる。ちびりそう。


 片手で持ち上げられんのかよ、幼児とは言え。

 っつーか、頭が、痛い、めりこむ、指、指が、めり、こんで、るぅっ!!



「ぎ……ぐ……」

「痛いかあ? このままトマトみてえに潰れるかあ? ええっ!?」


 やーさん顔負けの恫喝。顔負けっつか、もう、手え出してるしな、こいつ。

 ベニータがぶち破られた壁の向こうから面倒臭そうに覗き込んでる。油断しすぎだぞ、こいつら。


「お、まえが……」


 俺の頭を掴んでいるボリスの右手首を、両手で握る。3歳児の握力じゃ、痛みを与えるなんてできやしない。全身丸ごと鉄鋼かと思うくらい、握った手首も硬い。骨だか筋肉だか分かりゃしない硬さだ。

 でも、こうして触れてれば――


「俺が何だあ、クソガキ」


 魔力をこいつから奪って、僅かに力が緩むのは計算外だけど僥倖!

 アフリカゾウなみにありそうなこの魔力を俺の中に留めて、流動させて、右手の表層へ。



「――つ、ぶ、れ、ろぉっ!」




 ミシミシ、と音がして。

 俺を投げ飛ばそうとするその前に、全力を込めて、粉砕する。


 ぐしゃりとボリスの手首が握り折られ、そのまま俺は床へ落ちた。激痛に耐えかねた絶叫は、獣の遠吠えと違ってただただ耳障りなだけ。ざまーみろと中指を突き立ててやってから、クララの手を引く。ベニータが素早くこっちに来ていた。



「何してんだ、ボリス! 逃がしゃしないよっ!」

「ちっ――」


 想像以上にベニータの判断が早い。もう少しパニくったりしてくれてもいいだろうが。

 でもこっちはもう行ける。ドアを開けようとする。カギがかかっている。でも内鍵を回せば――内鍵が、あれ、ついて、ない? ドアを叩く。って、ダメだ、魔手を使ってからじゃねえとこんなの破れな――


「ぐえっ!?」


 息が止まったかと思った。後ろ襟を掴まれ、ドアから遠ざけるように後ろへ引かれたのだ。そのまま床へ倒れ、起き上がろうとしたが腹の上を踏みつけられる。


「っぶ、ぐ……」


 ベニータ――。

 ほんとに、どこのSM女王様だ、こいつは。人を踏みつけるとか。しかも、体重までかけて、きやがって。こちとら3歳児だぞ、手加減ってもんを知れ!


 なんて悪態つけたらいいけど、強かに頭を打って、しかも容赦なく踏みつけてくるもんだからお手上げ状態。いや、魔手で逆転――


「その右手を警戒しろ、ベニータァッ!!」


 俺の手が、ナイフによって切断――はされなかった。だがナイフの背が肘の少し下を打ちつけてきて激痛が奔る。俺をここへ連れてきた時、無造作にナイフを振り落としたのと同じで容赦のない動きだった。


 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい――!

 左手でやるか、いや、やれそうにない。右手しか練習してねえ。右手に持ってくだけで、どんだけ鼻血垂れ流したかも分かんねえのに、こんな土壇場じゃあムリ。


「おれもう、きょにゅーはしんじない……」

「ガキのくせに視線がエロいのよ、あんた。そのせいでボリスに昨日はさんざんせめられたんだから」


 この2人ってそういう関係かよ。

 すっげえどうでもいいこと知って人生ゲームオーバーか。もうちょっとうまくやるつもりだったのに、そうそうことは運ばねえのか。


「はぁぁ……こんなにだめとは……おもってもなかった……」


 もう、体力も限界。アドレナリンパワーも終了。目の前が霞む。

 次に目が覚めてから、次のことでも考えるか。奴隷だろうが生きてりゃ逃げ出すチャンスもあるさ。クララには悪いけど、もう限界。



「クソガキぃ……いっぺんどこじゃねえ、死ぬ手前まで何度だっておいたしたことをお仕置きしてやるよ」

「……おてや、わらかに」


 目を逸らすと盛大な物音がして、落胆した。

 が、痛みはこなかった。不思議に思ってすぐ顔を向けると、木片が飛び散っていた。さっき叩いた覚えのあるドア。何かが物凄い勢いで飛んだかと思うと、俺と同じように驚いた顔をしていたボリスの顔面にそれがめり込んで吹き飛ばしていた。細長い、棒状の――銛? その先端に見慣れた、返しのついた棘がついていたから分かった。ボリスの顔面にめり込んだのは、持ち手の側だ。



「見つけたぞ……お前らレオンに、一体何をした?」



 ドスの利いた、低いしゃがれた声。

 ぶっ壊れたドアの向こうにじいさんがいた。


 じいさんや、ちょいと格好良すぎるぞ。



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