あばよ、スタンフィールド
「頭痛い……」
「僕は喉も痛い……」
「気持ちがいい天気だね」
スキヤキパーティーが終わってからは、マティアスを引き連れて寮の俺達の部屋で二次会をやった。
やはりここでもしみじみ語り合うことはなく、リュートとカホンで歌い明かした。
平然としてるのはロビンくらいのもので、俺とマティアスは見事に二日酔いで、リアンショックによる影響でヤケになって歌いまくったから喉が枯れ気味だ。
「楽しかったね。あんまり覚えてないけど」
「お前のせいで、色々とアレだったぞ……」
「恨むぞ、ロビン」
「えっ……な、何か、した?」
お前のぽろっとした爆弾発言でめちゃくちゃになったんだっつーの。
「僕は、一度寮へ戻って荷物を取ってくる……」
「うん。僕はフォーシェ先生の研究室に挨拶行くね」
「襲われるなよ」
「うん」
「じゃあ、また」
「おう」
「バイバイ、レオン」
「ん」
2人で揃って学院へ向かってしまった。
寮の自室へ取り残されると、急に静かに感じる。
荷造りがまだ残っていた。すでにロビンは荷造りを終わらせていたようだが、俺はずっと救護室に囚われの身だったからさっぱりだ。カホンは旅の楽士にでも譲って、リュートを始め、旅に必要なものを優先して選ぶ。残った持ち帰らないものは寮の連中にあげちまおう。
結局、マティアスとロビン。それとリアンが一緒に3人でヴェッカースターム行き。
ミシェーラ姉ちゃんは一旦、産まれ育ったあの家へ帰ってから王都へ移住。
俺はメルクロスへ向かい、途中でリュカを拾って――その後はまだ未定だ。
名残惜しいが、今生の別にするつもりは毛頭ない。
だから、荷造りをし、いらないものを寮生どもにくれてやってから、ふらっと寮を出て、馬を借りに行った。
卒業生が帰るものと思われるたくさんの馬車がスタンフィールドを出て行き、入れ違うように新入生を乗せたと思しき馬車が入ってくる。
人の移り変わりというのは風物詩だろう。
そこには色々な物語があって、数えきれない想いを抱えた人がいて。
スタンフィールドを見渡すと、相も変わらずに三次元にデカい。
軒を連ねる建物もさることながら、岩山の中腹辺りに作られている神殿のように作られている学院の玄関。あの階段の上り下りを何度憂鬱に思ったことか。あれが嫌なばかりに授業をサボったこともあった。
意味もなく、マティアスとどっちが先に登れるかなんて競ったこともあったっけ。
魔技を使わずに勝負したら、ロビンがめちゃくちゃ早く駆け上っちゃって、俺とマティアスの勝負はどうでも良くなったこともあったっけ。
だが、いつだって終わりがあるから始まりを迎えるというものだ。
寂しがったって自然だが、それに縋って前へ進むのをためらうのはいけない。
色々あったが、済んでみれば思い出は美化される。
さんざん、くだらない嫌がらせをは受けたが昨日全てを晴らせたような気がする。
結局、剣闘大会三連覇も、序列戦第一位も達成できなかったが満足したから後悔はない。
ご褒美だってちゃんとオルトからもらえた。
……もっとも、竜退治とバリオス卿の頼みと序列戦参加が醤油一ツボの対価とすれば、随分高くついた気もするが。
まあ、良しとしよう。
そうしておかないと折角美化しかけてる思い出に泥をかけることになる。
「あばよ、スタンフィールド」
告げて立ち去る。
悪童レオンはこれで終わった。
メルクロスに着いたら、またじいさんのところへすぐに向かおう。
リュカを連れて行ったらどんな顔をするかね。あいつはバカっぽいけど愛嬌も持ってるから、もしかしたらリュカの方が気に入っちまうかも知れない。
リュカはリュカでどうなったことやら。
カハール・ポートへ着くころに、丁度、リュカと別れてから4年になるだろう。そのころには俺も13歳か。こっからガンガン背を伸ばしていかねえと。とりあえず、チビって因縁をつけられるのはおさらばしないとなあ。
でもって、じいさんとしばらくのんびり暮らしつつ、クララでもふもふ成分を補給してメルクロスにまた戻って今後を考えよう。そう言えばトニーなんていたな。あいつ、まだスモーやってるのか? 獣人族だし、そろそろしっかりしたガタイになってきて強くなってるかもな。
それからファビオだな。
ソルヤは寂しがってるなんて言ってたが、どうせ顔を合わせりゃおくびにも出しゃあしねえんだ。一丁、成長した俺の実力ってもんを見せつけてやってやるとしよう。
まだまだ勝てるかは怪しいのかも知れないが、それなりに善戦はできるだろう。
それからメルクロスをまた旅立ったら、俺もヴェッカースタームに渡ってみるか?
聞いた限りじゃあ右も左も獣人だらけらしいし、そのころにはこの体もいっぱしの男としての機能を十全に発揮できるようになって、尻尾を一晩で5本も6本もはべらせられるかも知れん。夢が広がりまくりんぐだぜい。
けどばったりマティアスどもと出くわしでもしたら、また素晴らしき尻尾への偏見を受けそうだ。何が尻尾狂いだっつーの。
それに何か、会いたくて追いかけていったみたいに思われたりするのも嫌だな。うーん。
ヴェッカースターム行きはもっともっと後にしておくか? 時間はたっぷりあるだろうし。しかし、尻尾成分は補給したい。悩む。
とりあえず、クララの尻尾まで我慢。
いや今からやっぱりロビンのとこに戻って、行く前に――いやいやいやいや、初志貫徹だ。行こう。
機会があればミシェーラ姉ちゃんのとこも訪ねてみたいな。
パパンには会いたくないが――上手く逃げればいいだろう。
あわよくば生家の場所を聞き出して、ちょっくらママン始め、マノンやブリジットやイザークの顔を拝んでおきたい。マノンなんかはいまだにおっちょこちょいなことをしてそうな想像がわくけど、あのころのマノンって思い返せばかなり若かったし、今ごろはいい具合のレディーになってるのかも知れない。
ブリジットは、ぽっくり逝ってなきゃあいいな。まあ、大丈夫か。何せ鬼メイド長、老いもへったくれもあるかっつーくらい、見た目も態度も変わってないような気がする。
イザークは、一度くらい声を聞きたいな。まったく喋らないってわけでもないようだし。
やることはたくさんだ。
ギターも手に入れたいし。巻き弦がネックなんだよな。魔法でちょちょいとやれねえもんか。何かこう、物作りが盛んな町とか、音楽の盛んな場所があれば、そこの楽器を扱ってる職人らへんに提案してみたいもんだ。
何となく、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
うん。これは、あれだな。
新しい風の匂い。
新鮮で気持ちがいい香り。
なんてね。
なるほどな、こういう気分か。分からんでもない。
「よーし、駆足! ぶっ飛ばせーいっ!」
馬を駆った。
この荒野の先には、懐かしい場所がある。
この荒野の先には、まだ知らぬものが満ちあふれている。
この荒野から広がる道は、全てが繋がっている。
だから振り返る必要も、寂しがる必要もない。
今は一秒でも早く、前へ進むだけだ。




