衝撃的な夜
「わたしはこれで帰るよ。そろそろファビオが可哀想なことになりかねない」
「オルト、ファビオなら大丈夫だから寄り道をしておいしいものを食べていこう」
「こんなことをソルヤも言っているようだし、発つのは早い方がいいだろうから」
「そうしてやってくれ。俺はカハール・ポートにちょっとだけ寄ってから、メルクロスへ行くから」
オルトはヴィッキーへ跨がり、ソルヤもまた別の馬に乗る。
と、オルトが何かの包みを俺へ差し出してきた。
「これはキミへのご褒美だ」
「ご褒美?」
「序列戦、実に面白かった。
まだカノヴァス卿の、あの顔が忘れられないよ……ふっ、ふふふ……」
どんな顔になってたんだ、マティアスの親父は。
「急いで戻ってくる必要はない。ゆっくりメルクロスまで来たまえ」
「分かった」
「ソルヤは、何かレオンに言うことはないのかい?」
「……レオン」
「ん?」
「ファビオが寂しがるから、お前は早くメルクロスへ戻れ」
「……寂しがってるかあ?」
「レオンと手合わせするのを楽しみにしていた」
「……そっか、分かったよ」
「それだけだ」
「おう」
「では行くとしよう」
「じゃーな!」
馬で走り去る2人を見送ってから、包みを見てみる。
ツボだ。陶器っぽいツボが見えた。中に何か、液体めいたものが入って――これは、もしや!
「すっかり忘れてた……。かなり昔だもんなあ、これ頼んだの」
けど、このタイミングは最高とも言えるだろう。
包みを抱え、とりあえず食材調達へ向かった。
寮ではなく、宿屋の食堂をマティアスの(マネー)パワーで貸し切らせてもらい、その会を開いた。
名目は卒業パーティーだ。いつもの顔ぶれで無事に集まれる。
「では卒業記念ということで、今夜は飲み、語り、笑い合おうじゃないか。
こういうものはひとつの区切りという意味合いも強い。中には早く騒ぎたくてうずうずしている者もいるだろうが、最初はきちんと――」
「マティアスの話が長そうだから、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「乾杯です」
「最後くらいしっかりさせないか、キミ達!!」
「ほらほら、いいんだよ、んなマジメな話なんかその内ぽっこり浮かぶから。
それよかだ、諸君! 長らく俺が口にしてきた、究極にうまい肉料理を今日はご馳走するぜぇいっ!」
「それって、このお鍋でやるの?」
「そう! ロビン、やってくれ」
「うん」
用意したのは、浅めの丸く大きい鍋。
その下には石の台を置き、表面に火の魔法紋を記してもらった。
鍋がほどよく暖まったところで、臭みが一番少ない動物性の食用油脂を投入。そして、肉屋で買ってきたブロック肉を手間をかけて薄切りにした肉を、投・入ッ! 肉をこんがりこんがりとキツネ色になるまで焼いてから、オルトにご褒美でもらった醤油と、大枚はたいて購入した砂糖をぶっ込む!!
「おお、食欲をそそる香りですね」
「ねっ、おいしそ〜」
「わくわく」
「ったくロビン、口でわくわく、とか言っちゃうあたりお前はかわいいなあ」
「あっ……そ、そんなことないよ?」
「でも尻尾が素直なんだよなあ」
「初めて見るソースだな……。やけに黒くないか?」
「まあまあまあ、一口食べるまではどんな味か想像を膨らませておけって」
ぐつぐつと煮立たせておいて、適当に野菜を投入。
さらに一煮立ちさせてから、さらにソイソース・アンド・シュガーをぶち込むべしッ!!
野菜に火が通ってきたところで、これまた入手した鶏卵――じゃないけど、何かしらの鳥の魔物の卵を割ってよくよく溶くべし、溶くべし、溶くべしッ!!
「卵、生で食べるの……?」
「うーむ、これは……いきなり、ゲテモノ臭が」
「確かにな……」
「え、そう……かな?」
「さすが、ロビンは分かってくれるなあ」
「えっ?」
「というわけで、できあがりだ。ここから取り出して、それぞれ自分の卵にからめて、口へ運ぶのだ」
「取り分けないのか?」
「取り分ける必要なんぞあるか。熱々で食うんだよ! 具がなくなったら、また投入だ。そうして突つき回して食う! つーか食え!」
最初に食べたのはミシェーラだった。
恐る恐る、肉を取って卵に絡めて、口へ運ぶ。
「あむっ……」
その反応を全員でうかがう。
ミシェーラ姉ちゃん、うまいだろ?
うまいって言ってくれ、ミシェーラ姉ちゃんならきっと、うまいって思ってくれると思うんだ!!
「っ――これ、って……」
「やはり、ゲテモノでは――」
「こんなの……こんなの初めてっ! おいっしいっ! おいしいよ、レオン!」
「よっしゃあああああああ―――――――――――――――――っ!!」
俺はその笑顔が見たかった!
ミシェーラ姉ちゃんのその笑顔だけで、俺もうスキヤキ食わなくてもいいやっ!! いや食べるけど。
続いてリアンが、ロビンが、最後にマティアスが食べていき、それぞれ違ったリアクションだが好評だった。やはり醤油は神だ。ぶっちゃけ輸送の都合で賞味期限とか怖かったけど、醤油だし、劣化したってそこまでダメになるものでもないだろうと思って正解だった。
スキヤキの衝撃的なウマさには誰もが夢中になっている。
これにもっちりふっくら白米があれば、俺は思い残すことはないと思う。
「ロビン、これがスキヤキなんだ」
「スキヤキっ? え、これなの?」
「そうだ。どうして、これがあの歌のタイトルになったと思う?」
「えーと、ええっ……? わ、分からないよ。何でなの?」
「幸せは雲の上にあるからさ」
「う、うん……?」
「つまり、昇天しちゃってもいいさってくらい、うまいからだ!」
「そっかっ!!」
「さすがに違うと思いますが……確かにおいしいですね」
スキヤキを突つきながら、わいわいと雑談の興じ始める。
あの時にこんなことがあったとか、実はこの時にこう思ってたとか、そんな思い出語りが多かった。いつもなら深酒をすることもないのに、今夜ばかりはガバガバと酒を飲んでいた。
ロビンは上機嫌になって、尻尾をゆらゆら揺らしながらスキヤキをひとりで楽しげに歌い出す。
マティアスはもう過ぎたことを持ち出しては俺に文句ばかり言ってくるし、リアンはいつもと変わらぬ様子で笑う。
そんな中でミシェーラ姉ちゃんだけはあまり酔った様子を見せなかった。
「レオンは明日からどうするの?」
「メルクロスのレヴェルト卿のとこに帰るよ。その後は決めてない」
「そっか。約束、忘れないでね」
「忘れないって」
「他の皆はどうするのー? ねえねえ。マティアスとロビンは?」
「僕は旅へ出る! そして世界を見て回るつもりだ。5年ほどのつもりだが、10年以内と父上には保険で言っておいた」
「どこに行くの?」
「ヴェッカースタームに渡る!」
「ヴェッカースタームと言えば、ロビンの故郷があるところですね」
「ああそうさ、ロビンと一緒に、ロビンの故郷へ行く」
「ロビンと一緒なの?」
「うん、カノヴァスくんがね、ひとりじゃ寂しいからって〜えへへ〜」
「違うぞ、ロビンっ! 僕は寂しいからなんて言ってないだろう、キミが寂しいんじゃないかって――」
「自分が寂しいからって、それを口実に誘ってくれたって分かってるけど、嬉しいよね〜」
「ロビーン!!」
「楽しそうですねえ。わたしも騎士団は取り辞めて旅にでも出てみましょうかね」
「あ、じゃあ一緒に行こ〜。僕、別にリアンが女の子でもだいじょーぶだよ」
「ははは、それは有り難いお言葉ですね」
「えへへ〜」
「……ん?」
「あん?」
何か、変な会話が聞こえてきた。
まったくロビンは、いい具合に酔っ払っちゃってまあ……。
「ハハハ、キミ達、何をおかしな会話をしているんだ? リアンが女の子?」
「そうそう、ロビン、酔いすぎだっつの。リアンも顔には出ねえのに意外に酔ってるんだな」
「えー? リアンは女の子だよ? そういう匂いするもん」
「匂いって、お前……」
「そうですよ。これでもわたしは女として生まれてきているんですから」
「わたしと相部屋だしね」
「ですね」
うん?
あれ?
俺が酔ってるのか?
鍋奉行として酒は控えめにしてるんだぞ?
「なあマティアス、俺、酔ってるのか? ミシェーラがリアンと相部屋とか、ロビンがリアンから女の子の匂いするとか、リアンはリアンで女で生まれたとか聞こえてるんだけど」
「いや僕もそう聞こえてるさ。酔っているのは僕らじゃなくて、彼らさ、はははっ!」
「そうだよなあ!」
「おや、そこまで言われては心外ですね。触ってみます?」
「ないない、胸なんぞせいぜい胸筋だろ?」
「よし、じゃあもみほぐさせてもらおう」
「ちょっとリアンっ、ダメだよ、そんなの!」
「いいんですよ、どうせ酒の勢いなんですから、ハッハッハ」
「そいじゃあ、いっただきまーす!」
「僕は女性の胸には一言あるぞ?」
マティアスと一緒に、胸を張ったリアンへタッチ。
ぐいっと掴み……つか、んで……あれ、れれれのれ?
「…………」
「…………」
「はい、そこまでです」
やんわりリアンに俺達の手を放された。それから、にこっと笑い。
「言っておきますが、偽物じゃありませんからね?」
「……え? え、おい、マティアス……」
「嘘だ、夢だ、幻だ……リアンが、リアンが、女の、はずは……」
「そう思いたいのなら、ご自由にどうぞ。
諸事情で、実は男子として生きようとその昔に決めてしまったものですから。
それに今さら普通に女として生きるつもりもありませんから、今まで通りに接してください」
手に残った感触。
そっと、マティアスと互いに胸を揉み合うが、リアンには感じたものがない。
「「リアンが、女ぁっ!!?」」
「おや、ようやく理解が追いつきましたか」
なんてこったい、どうして今さらこんな衝撃事実に気づいたんだ。
言われて見れば顔立ちがものすごーく女っぽいし、体格だって華奢だし、何か地味に尻にエロスを感じるし、酒のせいか色香のようなものが漂ってる気もするし、声だって確かに高めだし、ていうかミシェーラ姉ちゃんの前で不躾に女の胸揉んじゃったところ見せちゃったしいいいいいいっ!
「だから言ってたのに、2人ともダメだよ」
「つーかロビンはいつから気づいてたっ!? いつからだっ!?」
「そ、そうだぞロビン! 何で知ってたなら言わなかったんだ、これまで!」
「え? だって……匂いで普通に……」
「分からねえよっ!!!」
「まあまあ、いいじゃないですか」
「それにリアンも何故黙っていたんだっ!?」
「いえ、別に隠していたわけではないんですが、誰にも指摘されなかったものですから」
「あああああああああああっ! どうしてだよ、言うだろ、普通! もっと違うタイミングあっただろ!?」
スキヤキの感動とか、しみじみ語り合うとかもなく、ひたすらにリアンが全ての話題をかっさらった衝撃的な夜だった。