悪童、吼える
俺とマティアスの試合並みに、マティアスとロビンの決勝戦は白熱したらしい。
いつかリアンは、マティアスとロビンが戦えばロビンに分があるんじゃないかと推測していたが、ドンピシャ大当たりだったようだ。
「マティアスが果敢に攻めつつ、魔法で不意を突こうとしましたが、ロビンは見事にそれを読みきって別の魔法をぶつけて倍返し。マティアスがようやくロビンの魔法をかいくぐって辿り着いても、ぶつかり合うはアーバインの兄弟剣です。ロビンの膂力と俊敏な動きを、マティアスは磨き上げた剣術で対処します。足元をすくったのはロビン、泥の魔法で絡め取り、一撃入れるもマティアスも譲らず絶妙な身体バランスですぐさま反撃。手にした剣で血をすすぎ合う激しいぶつかり合い、魔法を魔法で弾き返す多彩かつ変幻自在な魔法戦――」
軽妙な語り口でリアンは聞かせてくれる。
こいつは舌から生まれたんじゃなかろうかと思ってしまう。
「雌雄決したその瞬間、誰もが息止め見守る一時で先に倒れる我らが勇者マティアス! 遅れて倒れた賢者ロビンへ吹いた風は勝者を包む天つ風とはなりません。それは勝利に飢えた最後の魔法、激戦に震えのきたした膝は折れ、倒れ込む先は落ちてはならぬ場外です。
剣を突き立て勝鬨上げるはマティアス・カノヴァス、序列戦第一位を掴んだ当代の勇者なのでした……とさ」
気のない拍手にも関わらず、リアンは大仰に胸へ手を当ててお辞儀して見せた。
「とまあ、そういう具合でマティアスが剣闘大会と序列戦を二連覇したという形ですね」
「どれくらい脚色したんだ?」
「3割程度ですよ」
「3割か……」
「もっとも、ものの見え方というのは人によって千差万別ですがね」
ちなみにリアンは準々決勝でロビンと当たって敗れたそうだ。
俺が以前に剣闘大会でぶつかったようにロビンを研究しつくして臨んだらしいのだが――惜しくも一歩及ばなかったらしい。またガシュフォースが大活躍したらしいが、地力でロビンとの白兵戦に劣ったらしい。騎士養成科にガチでぶつかり合って下すんだから、ロビンは底知れないポテンシャルだ。
「マティアスはカノヴァス家の長男ですし、騎士団へ将来的には入ると見なされているのでスカウトはなかったようですが、ロビンは大人気になったそうですよ」
「どこぞの貴族に仕えないかって?」
「ええ。魔法を専門にしていながら騎士顔負けの白兵戦闘能力を見せつけたのですから、ある種、当然でもありますね」
「でも貴族は……獣人が嫌いなやつが多いだろ」
「確かに少々、品のない声のかけ方もされていましたが、どこかになびいた様子はさっぱりありませんでしたね」
「そっか……」
「卒業後は故郷へ一度、帰るようです」
「ふうん……。リアンは?」
「とりあえず騎士団へ入ろうかと考えています。
まだちょっと考えてはいるんですが、今のところはそれが良いかなと」
「がんばれよ。あと俺がブタ箱ぶち込まれた時は助けてくれ」
「それが冤罪であったならば張り切らせていただきますよ」
「マティアスは自由を手に入れられるわけか。どこに行くんだろうなあ……」
「ああ、それですけど、実は確定ではないものの、ほぼほぼそうなるだろうという話を入手していまして」
キラーンとリアンの目が光る。
ほほう、と身を乗り出して顔を寄せる。
「実はですね、マティアスは――」
卒業式の前日になり、ようやく救護室から解放された。
まだまだ体は傷だらけだが、たんまり薬草を全身に擦り込まれて式に送り出された。
卒業式に出るのは体感として何年ぶりか――いや、よしておこう。
入学式の時もこんなこと考えたなあ、なんて変な感慨に耽りながら次々と登場する、例のお偉方のお話を聞き流す。
卒業生の挨拶として登壇したのは、やはりマティアスだった。
これはマジメに聞いてやろうかとも思ったが、頭のお固い話だったからこれも聞き流すことにした。
式の後は最後のホームルームだが、エジット教官が体育教師かっつーくらい、涙を堪えて感動的に話をしていた。
可哀想なことに、その有り難いお話に落涙するようなやつはひとりもいなかったようだが。
「諸君、騎士になる者、家を継ぐ者、あるいは自由を謳歌する者それぞれだろう。
だがしかし! 諸君がここで血と汗を流し、火花を散らして競い合った日々は決して消えぬ事実である!
これから歩む道は違えども、ここにいた記憶を、経験を頼りに邁進せよ! これが最後の教官としての教えである、胸へ刻んだ者から去れッ!!」
男泣きがかっこいいぜ、エジット教官。
もっとも、あっさりと帰っていくやつばかりで、あんまりにも可哀想だが。いや、うん、折角だし何か挨拶くらいはしておくか。
「エジット教官殿」
「レヴェルト……」
「色々とありがとうございました。……まあ、説教は長いし、話がループするしで、ちとアレだったけども、教官がいてくれたからそれなりに楽し――うぷっ」
暑苦しい筋肉でホールドされた。
「入学試験の時は、あの時はよくできた子だと思っていた……!
それなのにいざお前が入ってみれば、お前のようなやつは前代未聞だッ!!」
「あ、はい……あの、い、痛い……傷が、また傷が痛いから――」
「だが、お前は我が誇りである!
レヴェルトっ、愛すべき悪童よ、いつでもまたわたしのところへ来るがいい!
お前が望むのならば、そのたるんだ態度をいつでも叩き直してやるぞぉっ!!!」
痛い痛い痛い、有り難いくらい痛いから放してくれよっ!!
ようやく解放されると、傷口が開いたような気がした。
それからマティアスとリアンもエジット教官に話しかけたが、やはり筋肉ホールドを受けていた。こっちの話なんて聞きゃあしない。
あんまり長居するとロクなことにならなそうだと、素早くリアンと意思疎通をはかってからマティアスを引っ張って退散しておいた。
「さて、明日には寮を出て行かなければなりませんから、騒ぐなら今夜のみですね」
「そうだな。あんまりにも僕が強過ぎたものだからレオンがずっと救護室を出られなかったし」
「おいこら、ぶっ飛ばすぞ」
「やってみるといい」
「また今度にしてやる。今は教官のせいで痛いから……ほんと、馬鹿力なんだから……」
「ふっ、いつでも受けて立ってやる」
そんなことを言い合いながら学院の玄関ホールへ来ると、そこに何十人もの騎士養成科の卒業生がいた。しかも入口を塞ぐように横並びになって。
「何だ、こりゃ?」
「さて、何でしょう?」
「どけ、お前達。通れないぞ」
「黙ってろカノヴァス」
「何?」
「用があるのはレヴェルトだけだ」
「はあ? 俺?」
「ああ、あれですか、卒業式ということもあり、尚かつレオンは負傷している身。
6年分の鬱憤を晴らすためになりふり構わず袋だたきにするのならば今日が最後にして最大のチャンスという」
「あー……そういう……」
「分かってるんなら早い。――覚悟しろぉっ!!」
「まったく、こういう手合いは――」
「マティアス、リアン、いいって。俺だけで」
剣へ手を伸ばしかけたマティアスを手で制して前へ出る。
丁度いい機会だろう。
「時効なんざねえからな? 俺の武具用の磨き布を盗んだ恨みと俺がクソしてる最中に上から水をぶっかけた恨みと俺の机に落書きした恨みと俺の肩に突風の魔法紋仕込んで危うく階段から転落しかけた恨みと試合の度にブーイングしてくれた恨みと野次飛ばしまくってくれた恨みと俺に差出人不明のラブレター送りつけた挙句一晩待ちぼうけさせた恨みと俺の席の床だけ油べたべたにしてくれた恨みと俺がランチで食おうと思って楽しみにしてた菓子を見事にぶちまけて踏みにじってくれた食い物の恨みといちいちいちいちひそひそ声で神経逆撫でしてくれた恨みと俺の持ち物に生ゴミぶちまけてくれた恨みとあとはもう色々ありすぎて忘れたけど、もろもろ、覚えてるからな?」
「恨みが深すぎるだろう」
「と言うか、そんなにされてたんですねえ……」
「てめえら全員、無傷でお家に帰れると思ってんじゃねえぞ、ゴラァァァッ!!」
吼えながら、両手の指合わせて10本から、魔弾を撃ちまくった。
魔縛でひとりをふん縛って、ぶん回しながら薙ぎ倒し、乱戦に持ち込んでひとりずつ、目潰し金的顎喉仏を狙って、拳や蹴りをぶち込んでいく。
いつの間にか、騒ぎを聞きつけた下級生まで俺を倒そうとして混じってきて、その混乱にマティアスが巻き込まれて参戦していた。
騒ぎに騒いで、全員伸してしまうと倒れた人の山が形成された。
それを麓から登って、頂上で飛び跳ねてツバを吐きつけてやる。
「ちったあ懲りたかあ? ああ? 二度とナメたことすんじゃねえぞ」
気分は爽快だった。
が。
「いやあ、これが悪童レオンの最後のエピソードとなるんですね。
何年後かに、どんな尾ひれがついて、事実とどれだけかけ離れるのか楽しみです」
そんなリアンの楽しげな言葉が、何だか耳にざらついた。