悪童レオン対勇者マティアス②
ああ、やっぱ強え。
かち合った初撃で、そう思った。
薙ぎ、突き、払う。
それをマティアスは防ぎ、発動速度に重きを置いた魔法で撹乱しながら容赦のない反撃をしてくる。
一瞬たりとて気を抜けば、即座にやられる緊張感。
久々に使った魔技をもってしても、やはりマティアスとは拮抗してしまう。
「エアブラスト!」
爆散する強烈な風の奔流は、本命――に見せかけた攻撃の事前準備。
鋭い突きから、即座に気流に炎を乗せてくる。安全圏はマティアスのすぐ傍のみ。あえて飛び込み、放たれた土魔法もまだ本命ではない。短く持った槍でトスバッティングをするようにマティアスへ打ち返し、狙っていた本命への連携を崩してやる。
「やるな――」
「何年のつきあいだと思ってんだ?」
ぶつかり合い。
体当たりするかのような、激しい衝突を繰り返しながらマティアスがアクアスフィアを発動。ロビンが賞賛するほど精度の高い、水魔法だが、そう何度も食らってやるつもりはない。魔弾をぶつけて力ずくで綻びを作り、そこへ槍を差し込んで抉れば壊れる。
弾けた水飛沫を突破する。
繰り出した槍はアーバインの剣で受けられ、素早く引き抜かれた青い剣の一撃は魔偽皮で見切って紙一重で回避。その鼻っ面へ、拳を叩き込む。
マティアスが地面を転がり、追撃へ移るが突如として眼前に土の壁がせり出した。
跳び箱をするように、片手を突いて越えるとマティアスはすでに体勢を持ち直していた。深々と、2本の剣で切り裂かれる。
「プロミネンスロア!」
さらに続く爆発と衝撃の嵐。
瞬時に一帯の空気が乾燥し、鮮やかな紅の光に満ちたのだ。
魔鎧と魔纏を使い、思いきり槍を投擲する。
流星のごとく放たれた槍は焦熱地獄を一直線に駆け抜けてマティアスへ迫った。対処しきれずにマティアスは左腕を持って行かれる。千切れたわけではないが、傷は深いはずだ。
フェオドールの長剣を抜いて、渾身の力とともに振り下ろす。
収まらぬ激しい炎の爆発の中を、さらに炎が迸っていったがそれをマティアスは土壁で防いだ。それを向こう側から打ち壊し、紅炎によって熱された無数の土塊が俺目掛けて飛来してくる。
「しゃらくせえ――」
魔石を握り込み、ソルヤに込めてもらった魔法を発動。切り札だったが、仕方ない。これで一気に勢いをつける。
ステージ上いっぱいを激しい無数の竜巻が踊り出して炎を全て吹き消した。それだけに留まらず、竜巻は無差別に、全方位に、風の刃を飛ばしまくる。魔偽皮を使って、それをかいくぐりながらマティアスに駆けていく。
「ロックプレス!!」
竜巻をものともしない巨岩が空中で形成され、落下をしてきた。
そいつが俺の行く手を阻み、同時に竜巻をひとつ潰す。直下から、さらに土塊が飛び上がってくる。後ろへ跳ぶと、またもやロックプレスが発動されて巨岩の陰に身を投じる形になった。
振り上げた腕で、巨岩を横から殴りつけて飛ばす。
先に落とされた巨岩を迂回しながらマティアスは姿を見せ、素早く斬り込んできた。フェオドールの長剣で受け、捌く。二刀流の連撃を浴び続けるのは不利だ。強引にフェオドールの長剣を振り切って、その灼熱の炎で離れさせて、今度は俺が突撃をする。
横から薙ぎ払った一撃と、マティアスの2本の剣がかち合った。
発せられた炎は瞬時にその衝撃でかき消されてステージを駆け巡っていった。
ギラついているマティアスの瞳に、同じような顔をした俺が写っていた。
剣を交わらせては、すぐに離れ、また打ち合う。
その度に爆ぜる炎は物理的に感じる熱以上に、胸を熱くさせる。
汗で握った長剣が滑りそうな感覚がするのはご愛嬌。
炎に煽られチリつくマティアスの自慢の上は一興。
このぶつかり合いはただ楽しんでいるだけの酔興。
「エアブラスト!」
剣戟で奏でる狂想曲は拍の揃わぬ全休符で打ち止めにされた。
突風に吹き飛ばされつつも、足は地に着けたままクラウンチングスタートの姿勢で止まる。駆け出す。鼻から血が垂れた。
終わらせなきゃいけないようだ。
「さあ来い、レオン! 名残惜しいがもう終わりだ!」
言われるまでもない。
フェオドールの長剣は下段に構え、一気に切り上げる。
真正面から受けて立つマティアスは青い方の剣を両手で構えていた。
「ひとまず今日は、俺の勝ちで終わりだがなあっ!」
「言っていろ、僕が勝つ!!」
衝突と衝撃。
だがもちろん、あのマティアスがこんな単純な決着のつけ方をするはずもない。
アクアスフィアを選んだのは確実性を取ったからだろう。
まんまと俺はその水の中へ囚われる。念入りに土魔法で俺を弾き出そうとしているが、その考えは甘い。フェオドールの長剣へ、魔纏をかけて無理やりに振るう。
魔纏によって増幅された、激しい炎はアクアスフィアを蒸発させた。
お陰で全身を急速沸騰した高温の湯にさらされたが魔鎧のお陰で耐えきれた。
目論見を潰されたマティアスは驚きつつも、口角を上げている。
「プロミネンスロアッ!!」
「クリムゾンジャベリンッ!!」
魔鎧のために、魔纏のために使っていた魔力を全て、昂りに変える。
まるで全ての光が赤いカラーフィルムを通過したかのような、とんでもなく赤い光景になった。
マティアスが放ったのは、火属性の高等魔法だろう。
凄まじい熱と、炎が織りなす破壊の衝撃波の嵐を呼び起こす。
俺が放ったのは、唯一使える魔法。
全てを穿ち、貫くための炎の槍を射出するだけ。
ぶつかり合った魔法は、互いを飲み合って膨れ上がった。
交じり合い、膨れ、ひとつの巨大な球となる。
夕焼け時の太陽が落ちてきたかのような赤い光の爆発だった。
全てがそれに飲み込まれていく。
勝敗はもう、どうだって良かった。ただ、満たされていくものがあった。
赤い光を見ていたはずが、気づけば見慣れてしまった救護室の天井を見ていた。
「――おはよ、レオン」
柔らかい声がし、視界にミシェーラ姉ちゃんの顔が出てくる。
「……おはよ、ミシェーラ」
「体は痛くない?」
「超痛い……」
「だと思うよ、ひどいもん」
「ははは……」
「でも……すごい勝負だった、って皆が言ってるよ」
「結局あれって……どっちが勝った?」
「マティアス」
「だよなあ……」
「ギリギリだったけどね。
運良くマティアスだけ場外にならないで、レオンは落っこちちゃってたから。
2人とももう意識がなくなってたし、でも降参もなかったし、どっちが先にダウンしたかも分からないからって、残ってたマティアスの勝ちになったの」
実質、引き分けってとこか。
まあいい。本気で勝ちに行って、正真正銘の全力でぶつかり合ったんだ。
それに楽しかった。
「今から決勝戦だけど、見に行く?」
「……マティアスと誰?」
「ロビン」
「じゃあいいや……。ミシェーラは見に行かなくていいの?」
「ついさっき、三位決定戦で負けちゃって……悔しくなっちゃうからさ」
「そっか」
「うん」
しばらく天井を見ていたら、口に何かの果物が押し込まれた。
ちゃんと小さめに切られている。軽い食感はリンゴみたいだが、酸味が強いイチゴのような味だった。
「おいしい?」
「おいしい」
「良かった」
飲み込むと、また果物を入れられて無言で食べる。
6切れほど食べると、それで終わりのようで次はなかった。
「ねえレオン」
「うん?」
「卒業しても、またレオンに会いたいな」
「……俺もミシェーラに会いたいかも」
「じゃあ、約束しよ。卒業してもまた会おうって。
わたしはきっと王都にいるから、会いに来てくれる?」
「分かった」
「じゃあ……わたしの秘密を教えてあげる」
「秘密?」
「わたしの、本当の名前。
クラシアはお母さんの昔の家名なの。
本当はね、ミシェーラ・ブレイズフォードっていうんだ」
「……ブレイズフォード、って……」
「お父様は騎士団長。わたしは、その娘。
だから、王都に来たらブレイズフォードのお屋敷を探してね。
他の皆には、あんまり喋らないでね。友達同士の立場でいたいから」
騎士団長の娘、ミシェーラ・ブレイズフォード。
その弟である俺は――レオンハルト・ブレイズフォードということになる。
「……ミシェーラって、すごい貴族だったんだな」
「家柄とお父様だけだよ、すごいのは。でもね」
「うん?」
「わたしは……レオンも同じくらい、すごい子だと思うんだ」
ミシェーラ姉ちゃんは、もう、すでに――?
懐かしい感じがした。ベビーベッドに寝かせられている俺と、覗き込んでくるミシェーラ姉ちゃん。
動けない俺が退屈しないように、火のお手玉をして見せてくれていた、あの時と同じような構図。
いや、思い過ごしだろう。
そんな都合の良すぎることはない。
目を閉じて眠るふりをした。
例えそうだったとしても今さらだ。
今さらなんだよ、ミシェーラ姉ちゃん。
俺とミシェーラ姉ちゃんは多分もう、そういう関係に戻ることはできないんだ。