不屈のマティアス
「お久しぶりです、父上」
ガルニとともに父と待ち合わせた店へ行くと、二階の個室へと案内をされた。
恐らくは一番上等な部屋なのだろう。調度品も良いものばかりが取り揃えられていた。
「レヴェルト卿が、やたらに自慢していた年少者とやるようだな」
「はい。ですが彼は――」
「聞いてください、父上。あの男は悪童レオンと言って、学院では嫌われ者なんですが兄様は剣闘大会で見事に下して――」
「ガルニ、余計な口を挟むな」
「す、すみません、兄様……」
いまだにレオンのことは快く思っていない。
だが彼は僕の友人には変わりなく、最大に警戒しなければならない強敵でもある。
「彼は――レオンハルトは、以前もお話しした僕の友です。
いささか品位に欠く人物ではありますが腕も立ち、魔力欠乏症にも関わらずに特別な魔法を操ります」
「魔力欠乏症は真なのか? レヴェルト卿も言っていたが、そんなのが学院でやってこられたと?」
「はい。それを覆すだけのものを持っています」
「だが、今日の試合はそう見えなかった。あれはユリアンティロの次男坊が弱かっただけだろう」
「確かにマルティン・ユリアンティロの不出来はありましたが、レオンはこのガルニと同じ年です。
ガルニではきっと彼には勝てなかったでしょう」
「そんなことはありません、兄様。僕ならばあのウォーターフォールを蒸発させて――」
「そんなムダなことを発想するからこそ負けるんだ。
あんな魔法は凍結させて打ち砕いてぶつけてやればそれだけでいい。
それかレオンがしたように後ろへ下がって体勢を直すなり、次の一手のために備えれば済む。
魔法を真正面から打ち破って悦に浸ったところで勝利には近づかない。よく覚えておけ」
「マティアスの言う通りだ、ガルニ」
「……分かりました、父上、兄様」
父上がグラスに入っていたワインを飲み干し、僕が注いだ。
「マティアスも飲むがいい」
「いえ、僕は明日がありますので今日はご遠慮しておきます」
「それなら僕が――」
「ガルニ、お前はシードルにしておけ」
「……はい」
不満そうだがガルニは大人しくシードルにした。
「魔力欠乏症で、弟と同じ年の者を友と呼んで高く評するか。
いくらレヴェルト卿の寵愛を受けているからとて、それではカノヴァスの名に傷がつく」
「いいえ、決してそのようなことはありません。
父上、僕は彼からたくさんのことを学ばされました。
傲慢であることの何と愚かなことであったか、真に強いとはどのようなことを言うのかを」
「真に強い、か。ではマティアスよ、それは一体何と心得たのだ?」
「不屈の精神です。
いかなる困難を前にしようとも、屈することなく前へ進むこと」
「青臭いな」
「ええ、そうでしょう。
しかし、だからこそ、そう在るべきことがいかに難しいかということなのです」
「それに影響をされたから、お前はおかしなことを言い出したのか」
「……約束は必ず守ります。
前年度序列戦3位、今年度剣闘大会優勝の実績に加え、今回は序列戦第一位の栄光を掴みます。
ですから、卒業後数年の自由を認めてください」
「今さらなかったことにするとは言わん。
……だがもうひとつ、条件を付け足させてもらう」
「もうひとつ、ですか」
「騎士団へ入った後、必ずや誰もがお前を羨望するかのような功績を残すことだ。
それが叶わなければ家督はガルニに継がせる」
「父上っ、それは本当ですか!? 兄様でなく、僕が――」
「無論、ガルニ、お前はマティアス以上の功績を残すことだ。
それでダメならばどこかから婿養子を見つけてくるまでだ」
「っ……」
「分かりました、父上。
必ずや、父上のご期待以上の成果をお持ちいたしましょう。
しかし、仮に僕が父上の期待に応えられずともガルニは必ずや、成功をいたします」
「兄様……」
「くれぐれも、急いてステラの婚約者を見つけるようなマネはご遠慮ください」
「カノヴァスの家名を汚すことだけは、何があっても許さんぞ」
「ええ、よく理解をしています」
食事を済ませてガルニと寮へ戻る道すがら、レオンとロビンの寮の近くを通った。
陽気な音が聞こえてくる。またレオンが音楽をやっているのだろう。
「兄様」
「どうした?」
「その……僕は兄様を誰よりも尊敬しています。
悪童レオンを倒して、学院では誰よりも強く、すでに騎士団にも負けないだけの力を持っているはずです。
だと言うのに、どうして……あの悪童と仲良くしていらっしゃるのですか?
僕にはあいつが本当にすごいやつには思えません。あれは、まるで悪魔です。騙されているようにしか……」
目を伏せたガルニに嘆息しつつ、その頭を叩く。
「僕も入学初日に、お前と同じようにレオンにやられた。
全く同じだったさ。手下を作って、僕の格を見せつけようとして決闘を挑んだ。
レオンを軽くひねり、平伏させ、逆らえばこうなるのだと周囲に知らしめようとした。
だが――本当に一瞬で返り討ちにされてしまった。
その後にレオンは、僕へ言ったんだ。これからは友達だ、と。
屈辱的なことを命じられるものかと思っていたのに、友達だなどとレオンは言って、手を差し伸べてきた。
何とも言い表せない悔しさで胸が満たされたさ。
友達という言葉にかこつけた下僕のように僕を扱おうとするんじゃないかと怖くもなった。
けれどレオンは本当に、対等な友人関係を築いた。
見下すか、あるいは目上の者に唯々諾々と従うかしか、知らなかった。ガルニもそのはずだ。
僕らの言う友人とは利害が一致して手を組む者を言うが、僕とレオンの間にある関係は利害が不一致すれども成り立つものだった。
見返りを求めずに手を差し伸べ、大した意味も目的もなしに、ともに同じ時間を過ごすことが当たり前の間柄だ。
恐らくそれは……レオンと出会うことがなければ、一生知らないままだったかも知れない。
くだらないと父上は仰るだろう、ガルニも今はそう思っているかも知れない。
だが……それで見えてくるものはあり、それが良いと感じることがあるんだ。
ガルニも早く、本当の友人を作るといい。僕が卒業すれば部屋をひとりで使えるようにはなるだろうが、ルームメイトを迎えてみろ。
僕を尊敬してくれているのなら、試しに一年間だけでもそうしてみろ。
それで分からないのならば仕方がないことだが……僕はお前にも同じものを感じてもらいたい」
じっとガルニは僕を見上げていた。
「行くぞ」
「……はい、兄様」
「父上とは違う意味で、僕はお前に期待してるんだ」
「何故ですか?」
「お前が僕の弟だからだ」
翌朝も、ガルニとともに早朝の鍛錬をした。
この一年で随分とガルニは成長した。父上が思っているよりは実力をつけているはずだ。このまま、僕が学院を去っても自分で考えながら鍛錬していければ、いずれは序列第一位の座へ就くことができるだろう。
「兄様、序列戦、応援をしています。
父上は兄様が旅へ出ることに反対しておられますが、僕は兄様のなさることに間違いはないと信じています」
「買い被りすぎだ、ガルニ。僕だって間違うことはある。
旅に出たきり、楽しくなりすぎて戻らなくなることだってあり得るぞ」
「それは、困りますが――」
「だからこそ、お前がいてくれて良かったと思っている。
もしもの時はお前に任せたい。よく学び、よく活かせ。
今日の戦いも、残りの試合も、僕の全てを出し切ってお前に伝わることを望んでいるよ」
「……はい、兄様」
「そして、僕の完璧な戦いと、華麗な勝利に酔いしれるがいい。
あれが僕の兄なのだと誰にでも自慢できるほどの、最高の戦いを見せてやろう」
控室でレオンと会うと、いつもと同じ調子だった。
「マーティアスくーん、調子はどうだよ?」
「すこぶる快調だ。剣闘大会のころよりも充実している。
無様な戦いは見せられないんだ、レオンもコンディションは良いんだろうな?」
「ハッ、相っ変わらずみたいで安心したぜ……」
「ああ、僕だって同じ気持ちさ。胸を貸してやるから、全力で挑んできたまえ」
「おうおう、たかだか1回勝った程度で調子に乗りやがって。
そのたっかい鼻をいつかみたいにぽっきり折られねえように気をつけろよ」
「僕の鼻が高いのは生まれつきなんだ。
女神シャノンは僕に才能、美貌、家柄とあらゆるものを与えてくれているからね」
「うっぜえ……」
「だが、やはり一番、感謝すべきは良き友人達と巡り会わせてくれたことにあるだろう」
「ふうん?」
「互いに遠慮はなしだ。今日の戦いが永遠に学院で語り継がれるものにしよう」
「上等」
そして、ステージへ上がる。
父はレオンを品定めするように見下ろしていた。
父上、僕はあなたにも感謝をしている。
学院へ入るまでにあなたが施してくれた教育がなければ、レオンによって崩される価値観もなかっただろう。
だからこそ、見ていてください。
あなたが己の後釜として型枠にはめようとしていた僕が、この学院でどうなったかを思い知ってください。
きっと予想の遥か斜め上まで飛べるでしょう。
その上で、僕を不要と言うなら言えばいい。あなたが何と言おうが、何をしようが、僕はあなたに屈するつもりはない。