手応え
学院内に学生の父兄の貴族がぞろぞろと入ってくると、ほぼ全ての学生が身なりを直し出す。
中にはこほんこほん、あーあーあー、と声を出す練習までするようなやつもいる。
父兄の貴族は、立場がある連中ばかりなもんだから当然のように従者を引き連れていて、その従者の数でもこっそり競い合っているようだった。……アホらしい見栄の張り方だ。だがそんな中でも、変わらないやつは――もとい、そもそもが変わってるやつは、変わった行動を取るようで。
「皆さん、あそこにいる背の小さな子を見てください。
わたしが後見人をしている少年でして、あれで今年卒業をするんです。
しかも彼は今年度の剣闘大会で準優勝をしていて、序列戦でもカノヴァス家のご長男を倒すと豪語しているんですよ。
魔力欠乏症で、年の差があり、体格差もあり、しかも捨て子という不遇の身でありながら、代々、武勇に優れると名高いカノヴァスのご長男を入学した初日に決闘で倒したという快挙も持っていまして。
おーい、がんばりなさい、レオン」
そんなことをお貴族様だらけの行列の中で吹聴しながら手を振ってくる始末。
ひそひそ言われている中、澄まし顔で、にこやかに、オルトはオルトでいた。後ろを歩くソルヤは仏頂面だ。
「何だかやっぱり、変わった人だね……」
「俺以外の目からしてもそうだよなあ……」
一緒にいたロビンで、決してあれがこの世界でも普通でないことを再確認する。
「でも……本当に、大丈夫なの? 魔技だって……」
「ああ、そこらへんはクリアした」
「えっ?」
「いやー、持つべきものは後見人かもな。お前も持てば?」
「……え?」
「行こうぜ」
「えっ、え? ど、どういうことっ? クリアって、だって、魔力中毒――」
「だーいじょうぶだって」
それでもロビンはしつこく聞いてきたが、適当に流しておいていつもの控室へ向かった。
「あっ、レオン! 何か調子が悪いとか言ってたのに、出られるの? 大丈夫?」
去年に引き続いて序列戦に選抜されたミシェーラが控室に入ると近寄ってきた。
「まあ……大丈夫だって」
「まあ、って……」
「それよか、貴族がいっぱいで肩凝りそうだよ……。後見人のオルトまで来ちゃってるし」
「そりゃあ……序列戦に出られるって名誉なことだし、見たいって思うのは親心じゃない?」
「そんなもんかねえ……」
「そうだよ。わたしのお父様も来るし」
「ふうん――ふうんっ!?」
「どうかした?」
「あ、いや……そ、そっか……。来てるんだ……? いや、うん……分かった」
ミシェーラの父親ってことは、あのパパンじゃねえか。
え、マジで来てるの? ミシェーラ姉ちゃんは誤摩化せてるけど、さすがに実の父親の方は誤摩化せないんじゃねえ? もしも、俺だってことがバレちゃったらどうなるんだ?
いやでも、死んだことにされてるっぽいし……?
いやいや、死んだことにしたのに、生きてるってのが不都合だとか何とか思われちゃったりしたら、何かマズいことになっちゃったりしねえか?
いやいやいや、ワンチャン――
『生きていたか息子よっ!』
『パパーン!』
みたいな展開も……いや、あのパパンの感じだとあり得ねえな。
そうだ、何せ、あのパパンだ。
どうせ俺のことなんぞ忘却の彼方だ。バレねえ、バレねえ。
「よしっ」
「弱い者虐めを見るのは趣味でもないし、人に見せるものでもない」
「あ?」
「だから降参は早めにすることだ、レオン」
パパン関係について意向を固めたところで、マティアスにいきなり言われた。
「……負けねえよ」
「そうかい? なら楽しみに見せてもらうよ」
「本当に、平気……?」
マティアスもロビンもそれぞれ、第一シードと第二シードだから今日は試合がない。
だから控室にいる理由はないんだろうが――ロビンは俺がそのことを忘れて連れてきちゃったのもあるが――わざわざいるのは、俺を心配してのことなのかも知れない。
落ちぶれたもんだと我ながら思う。
「しかし、レオンのことですからちゃっかり復活しているんじゃないですか?」
「っ!?」
いきなりリアンが口を挟むと、分かりやすくロビンの尻尾がピンと伸びてしまった。その反応を見て、マティアスがいきなり俺へジト目を向けてくる。
「……ロビン?」
「な、何っ?」
「レオンは、もう平気なのか?」
「し、知らない……ヨ?」
挙動不審なのは声色と尻尾で丸分かりだ。
どうしてこんなとこからバレちまうもんかね。
「おや、これは見物ですね、レオンの初戦が。
しかも序列戦の第一試合でもありますし、誰もが注目するものですからこれは期待が膨らみます」
「……手加減はするなよ、レオン。
序列戦に出るからにはそれが礼儀というものだ」
「へいへい、分かってますーっと」
それからしばらくし、いよいよ試合が始まる。
奇しくも俺は第一試合。登場するといつもの観客席の一部が来賓用になっていて、そこへ大勢の貴族が座っていた。後ろにも人だかりがあって、それは引き連れられてきた従者達だ。
「序列戦第一回戦、第一試合を始める。
エントリーナンバー48番、レオンハルト・レヴェルト対エントリーナンバー39番、マルティン・ユリアンティロ」
呼ばれて槍を構える。
相手のマルチンくんも剣を抜いた。
5年生だろうが、もちろん、俺より背もガタイも良い。
「試合開始!!」
合図と同時、マルチンが斬りかかってくる。
槍で牽制をしたが、側面から抑え込んでくる。近づいてきたところで、槍を引きながら短く持ち直し、くるっと回転させながら柄で叩きつけた。多分、序列戦には推薦で選抜されたんだろう。印象としては強くない――が。
「ウォーターフォール!」
直上から大量の水が流れ落ちてきて右へ避けた。
すかさず槍を繰り出したが、弾かれた。すぐに軌道修正し、連続で突きを放った。剣を振りながら払いのけられまくる。
「ウォーターフォール!」
「またかよっ!」
十数回を数えた応酬の後、また水魔法を放たれて前へ出た。
魔法の発動速度が遅い。避けてくれと言わんばかりだし、すでに一度見ているから恐るるに足りない。槍を下から振り上げると、それを受け止められてしまう。半歩分前へ出られ、剣を振るってくる。
「おっとぉ!」
だが腰が引けてるから回避は難しくなかった。
舌打ちなんかしちゃって、まあ――。
「ウォーターフォール!」
飽きねえなあ。
後ろへ下がり、槍を振りかぶる。
滝のように水が流れ落ちきり、力の限りに投擲した。
まっすぐ飛んだ槍を寸でのところで弾かれるが、腰から剣を抜いて切りつける。鮮血。
「っ――」
「もう一丁ォッ!」
「アイスバーン!」
足元が凍った。
やたらに水攻めしてきた、あの水でできあがった水たまりが凍ったのだ。
こうして踏ん張りを利かなくさせる作戦――だったんだろうが、無意味。
俺の足はしっかりと、地面を掴んでいる。やった、とばかりに綻んでいた顔へ笑いかけてやると、一瞬で引きつっていた。
そんなに俺の笑顔って怖いか?
俺のスパイクブーツは凍った水たまり程度で揺らぐものじゃないんだぜ。
「何で――」
「てめえの頭で考えなぁっ!」
剣を寝かせ、思いきりマルチンの顔面をぶっ叩いてやった。
薙ぎ倒されたマルチンに剣を向け、振り下ろす――
「こ、降参っ!」
剣は地面へ突き刺さる。
尻餅をついたまま、マルチンは息を荒げている。
「勝者、レオンハルト・レヴェルト!」
剣を鞘に納め、槍を拾い上げる。
それから来賓席を見ると、オルトはにこやかに拍手をしていた。――が、他の貴族はおおむね、つまらなそうな面だった。ま、レベルは低い戦いだったろう。
思ったほど苦戦しなかったから、俺自身そう思う。
それでも、魔技を使わずに倒せてしまった。
マルチンくんのレベルが低かったのもあるし、秘策をあっさりスパイクブーツで打ち破れてしまった偶然もあった。だが、素の実力で勝つことができた。
それは確かな成果だった。