アホエルフ、ソルヤ
「レオンっ!? 何で、序列戦――あうっ」
「レオン! お前、魔力中毒とやらで出られないと――うおっ」
「おみそれしました。いやはや、レオンは予想を裏切るという意味では右に出る者を許しませんね」
ロビンをマティアスが、それをさらにリアンが押しのけていた。
トーナメント表が貼り出されてから、寮に3人が押しかけてきたのだ。大方、3人で仲良くトーナメント表を見て、俺が出場することになってて仰天してきたのだろう。
「うるせーなー」
「うるさいじゃないよっ、まさか、魔技使うつもりじゃないよね?」
「これ外れねえのにできるかっつーの」
ソルヤは外せるとか豪語してたけど。
「出てくる以上、誰も手加減はしないぞ」
「それでいいよ」
「だが――痛っ!?」
「どうして出場することにしたんです?」
うるさいマティアスをリアンが、前に俺が教えてやったフェイスロックで締め上げた。軽めにやっているようだが、タップされているのにやめていない。
「……レヴェルト卿に、出ろって」
「レオンの後見人の?」
「別にさ、あいつを怖がってるとかないけど……何か言い返せねえんだよなあ」
不思議と。
自分ながら、不思議すぎるが言い返せずに従ってしまった。
「でも……大丈夫、なの?
序列戦って、その……レヴェルト卿もそうだろうけど、他にもたくさんの偉い人が来てるし、失敗っていうか、酷い戦いになると……ただでさえ、レオンは風当たりが強いのに」
「そんなの承知で出ろって言われてんだよ」
「なるほど……。ですが、勝算はあるんですか?」
やっとリアンがフェイスロックをやめると、マティアスは顔を押さえながらしゃがみ込んだ。
「勝算があっても言わねえよ。
分かったら、とっとと出てけ」
追い返すとマティアスとリアンは帰っていったが、ロビンは相部屋だからもちろん残る。
「……勝算、あるの?」
「ない」
控えめに尋ねられ、即答。
何もロビンは言わなかった。
俺も何も言わず、ロビンの尻尾へ手を伸ばした。
「大丈夫なの……?」
「勝算はなくても……やりようはある」
「やりよう……?」
「切り札も、一応は用意するしな」
尻尾がゆらりゆらりと揺れる。
これは興味がある時の動きだろう。もふっているから、よく分かる。
「切り札って、何?」
「……それは内緒」
もふりタイムを打ち切られてしまった。
「魔力中毒とは言え、それはほとんどが一時的な症状だ」
「……何度やってもダメだったけど」
オルトのところへ顔を出すと、ソルヤから何やら説明を受ける流れになった。
「どれほどの間隔を空けて試した?」
「……せいぜい1日、2日とか?」
「それでは改善が見込めるはずもない。
お前が聞いたという説明も、魔力中毒について詳しくない者が診断したらしいな」
「まあ、そうだけど……でも魔力欠乏症の研究してるんだぜ?」
「関係が一切ないとは言わないが、専門外には変わりない」
「ソルヤは専門なのか?」
「いいや、彼女は広く浅いだけだ」
「オルト、余計なことは言わないでもらいたい。わたしへの評価が落ちる」
「……まあ、いいけど……じゃあ、今なら使えるのか?」
「お前が魔技を使う度に鼻血を出していた原因は分かるか?」
「分かるはずないだろ」
「あれはお前の体が、入ってきた魔力に対して拒否反応を示していたものと思われる」
「は? それ、ソルヤは知ってたのか?」
「確実ではないから黙っていたが、魔力中毒の症状とともに鼻血が出ていたのならばかなり可能性が高い」
「んでも……拒否反応ってことは、やっぱ……魔技はダメってことだよな」
「程度の問題だ。一度、魔力中毒にまで陥った以上、また大量に魔力を取り込もうとすればすぐに中毒症状で倒れかねない。
だがやり過ぎに注意をすれば良いだけであって、全く使えないはずはない。
このガシュフォースの腕輪をつけられてからはどれくらい経った?」
「……4、5ヶ月」
「ならばもう、多少は回復しているはずだ」
マジでか。
ロビンにこれつけられなきゃ、多分、毎日のようにぶっ倒れる日々を送ってたと思うけど感謝しねえと。
「だが、ここでまた使えるようになったからと言って解決したと言える問題でもない」
腕輪が外れないもんかとさすっていたら、ソルヤに釘を刺された。
「むしろ、お前はいつ魔力中毒の症状で倒れるとも分からぬ状態に置かれながら生活しなければならなくなる。
誰かの善意でお前が穴空きと知らずに回復魔法をかけてきたら、もしくは、このことを知って悪意を持った者がお前を殺すために魔法をかけてきたら、死にかねない」
「……そんで?」
「オルトはどうにかしろと、わたしに命じた」
優雅に茶を飲んでいるオルトへ目を向ける。
ほほえみで返された。
が。
「どうにか、なるもんなのか?」
「荒療治と、見つかるかどうかも分からぬものを探し求める必要がある」
何その二択。
「……見つかるかも分からないって?」
「この世界のどこかに、ありとあらゆる病を治すものがあるらしい」
「ははーん?」
「それを使えば、魔力中毒という症状もなくなるだろう。
もしかすれば魔力欠乏症そのものが根治されるという可能性もある」
火の鳥じゃあるめえし、そんなもんが本当にあるのかね。
万能なんてものは、魔法があったって信じきれない。
「そして荒療治というのは――」
「それ、言う?」
「何故だ?」
「……いや」
やれとか言われそうだし。
荒療治なんてので治ればいいだろうが、荒い療養法だから荒療治なんて言うんだろうし、荒いってのは、アレだしな。
「そして荒療治というのは――」
「続けるのかぁ……」
「うるさい、ちゃんと聞け。
荒療治とは無理やりに魔力を流し入れて、充分に馴染ませることで中毒症状を消すというものだ」
「やらないからな?」
「……やらない、のか?」
言っておくとソルヤが困惑した。
何でそんな荒療治をやるように思い込んでたんだよ、思い込めてたんだよ、こいつ。
「ちょっとだけだ、恐らくは溶けた鉄を喉から飲ませられる程度の苦痛だ」
「どんな残虐な殺し方だっつーの、それ!」
「ではもう少しソフトな表現をしよう、脳みそをどろどろに溶かされて、それをちゅーちゅーと吸われる程度のー―」
「ヤダから! どっちもヤダから! あとその物騒で怖い例えやめろよ!」
見ていたオルトがくすくすと楽しげに笑っている。
「オルト! 俺はやらねえからな!? そんな荒療治!」
「別にわたしは強要をするつもりはないから安心しなさい」
「ソルヤ、やらねーぞ!?」
「大丈夫だ、過去に数度やったことがある。3分の1の成功率だ」
「66パー死ぬぅっ! それかなり高確率で死ぬぞっ!?」
「別に死ぬとは言っていない。失敗した者の直接的な死因は、それではない」
「死んでるじゃねえかよっ! しかも間接的ってことだろ!? なあ、そうなんだろっ!?」
「大丈夫だ、もしダメでも責任を持って苦しまないよう介錯をする」
「死因キタァー! はい、もうやですー、やりませんー、そんなの絶対ごめんですぅー」
「これもオルトのためだ」
「俺のためじゃあねえんだよな、うすうす気づいてたわ!!」
ったくこのアホエルフは。
どうして俺がツッコミ役に回らなきゃならねえんだ。
何でここまで否定してるのに歯噛みしてやがりますかい、こんちくしょうめ。
「まあまあ、ソルヤ、レオン。
楽しげなのはいいが建設的なことに目を向けるべきだ」
「あ? 建設的?」
「ソルヤ、キミならもっと他の方法も知っているんじゃないかい?」
「……だがそれは、オルト好みでは――」
「わたしの好みはいいのさ。だからレオンに教えてあげなさい」
「分かった」
「おいこら、色々言いたいぞ」
「黙って聞かないと教えないぞレオン」
「えらっそうにこいつは……」
「そういうことだ、オルト、なしで」
「ごめんなさいっ! ごめんなさいソルヤ様、俺が悪うございました、お教えくださいまし〜ははぁー」
「ソルヤ様では嫌だ」
「ソルヤ姫」
「わたしは姫ではない」
「……ソルヤちゃん」
「虫酸が走った」
「ソルヤ陛下」
「わたしはそういう立場ではない」
「めんどくせ……」
「よし――」
「ソルヤお姉様!」
「……お姉様?」
「ん? お姉様」
「……よし、それでいこう」
「いいのかよ」
こほん、とソルヤが咳払いをする。
ちらちらっと、俺へ視線を向けてくる。
「……ソルヤお姉様教えてくださいまし」
「良かろうなのだ」
「…………」
「魔力中毒になってしまうほどの魔力を取り込めないようにすればいい」
「……ふむ?」
ソルヤが説明を始めてくれる。
要するに安全装置のようなものをつけて、魔力中毒にならないように調整すれば良いという話だった。
車なんかに例えれば、魔力中毒はパンクのようなもの。
だからパンクをしないように、ある程度まで空気が入ったら勝手にある程度抜けるようにしてしまえ、という発想のようだ。本来は俺がどれだけ魔力を取り込もうとするか――というのでコントロールをしている部分なのだが、不意に来てしまうものだし、魔技の練習中や、戦っている最中にそこまで気を払えない。ので、俺の意思とは関係なしに自動調節してくれるようなものをくっつけるという話だ。
「それって、この腕輪みたいな?」
「似たようなものだ。お前の体に直接、魔法紋を刻み込んでやってもいいが――」
「痛そうだからパス」
「では他に、常に身につけているものはあるか?」
「……この指輪? つか、取れないんだけど」
じいさんにもらった、銀色の指輪を見せる。親指にずっとはめていたら、いつの間にか抜けなくなってしまった。石鹸が手に入らないから、取りようがなかったりする。
「それでいいだろう」
「外れないけどいいの?」
「外す」
「えっ――痛っだだだだだ! 痛いっつーの!!」
力ずくで取られようとしたが、抗議しまくってやめさせると魔法ですぽんと外してくれた。
最初からそうすりゃ良かったのにこのアホエルフちゃんは……。
それから指輪の内側にソルヤが細かな細工をし始め、数時間もオルトとお茶をしながら待ってから完成したのではめてみた。もう親指にはめなくてもいいほど、俺の指もそれなりに成長しているから人差し指にはめておく。
「変わった感覚は、ない……な」
「その腕輪も外してやる。それからちゃんと機能するかを試す。
もっとも、考えなしに魔技を使おうとすれば、その指輪が発動して途中で強制的に終了させられることもあるから配分は考えるように」
制限つき――か。
まあでも使えないよりかはマシだろう。
「明日からの序列戦、期待しているよ、レオン」
オルトはずっとほほえみ続けていた。