オルトの圧力
鬱々としたまま、時間はすぐに去ってしまった。
序列戦に選抜されたが、それを伝えてきたエジット教官には今年も辞退を伝えた。
「何故辞退する? これが集大成になるんだぞ」
「諸事情で……」
「最近は以前にも増して、あちこちでお前が訓練に精を出していることを知っている。
それは序列戦に向けたことではなかったのか?」
「悪足掻きってやつですよ……。意味なかったけど……」
エジット教官は食い下がったが、俺は辞退を撤回しなかった。
とにかく、気が重かった。
序列戦が近づくにつれ、子の活躍を観戦に来る貴族や、一足先に入学試験のために訪れる貴族が増えてスタンフィールドはいつにも増して賑わっていた。それはつまり、オルトがやって来るという前触れだ。
オルトに依存して生きていくつもりはない。
都合良く呼び出され、断れないようなことを突きつけられて従う。それでいいと思っていたし、その見返りとして俺は学院の学費だったり、生活費にしては潤沢すぎる小遣いを定期的に受け取ってきていたのだ。
だが、魔技が使えないんじゃあそれもできない。
ちょっと腕が立って、ちょっと常識知らずなことをする俺なんかオルトはいらないだろう。
オルトが思うであろう、俺の有用性はすでに失われてしまっているのだ。
こんなタイミングでそうなったことが、悪いと思う。
謝りはする。その上で俺を利用したいなら、つき合ってやろうとも思う。
けれど、やっぱ俺の気が済まないだろうと思う。
利害関係なんて言葉で片づけるつもりはないが、受けてきた恩に対して返しきれない引け目ができてしまっている。
「あー……さいっあく」
ファビオらへんに、ヘタしたら殺されそうだ。
また試されて、それで失敗したら打ち首なんてのもありそうだ。心底、鬱になりそうだ。
序列戦が近づいている。
それが終わったら、ほぼほぼすぐに卒業式。
その翌週には、また来年度のための入学試験が始まっていくんだろう。
こんな最悪の状態で終わるだなんて、毛ほどの想像もできていなかった。
「ああああああ……あーあーあーあーあーあーあー……」
寮の、自分のベッドでうなだれながら過ごす。
このまま時間が止まってしまえばいいのに、そうもいかないだろう。
うなだれていると、年上の下級生がノックして入ってくる。
「レオン、お客さんだよ」
「客って誰?」
「さあ……? けど、すっごい綺麗な、エルフの女の人」
「……オーライ、すぐ行く」
ソルヤか。
てことは、もうオルトが来たのか。
のろのろとベッドを降りて、着の身着のままで寮の共同スペースの食堂へ行くとソルヤがいた。遠巻きに寮生が眺めている。エルフってのはやっぱり珍しいからな。
「久しぶり、ソルヤ」
声をかけるとソルヤが俺を振り返って立った。
相変わらずの愛想のない顔だが、こいつはこれでポンコツなところや、食い意地の張ったところがあるボケキャラだ。
「背がまた伸びたな」
「お陰さんで。……ソルヤがいるってことは、オルトとファビオももう来てるのか?」
「ファビオはメルクロスで留守番だ」
「可哀想に」
「長いことオルトが留守にする必要がある。その間を任せられるのはファビオだ」
「ソルヤは?」
「わたしはそういうのはしない」
言いきるらへんがソルヤだな。
変わってないようで何より――だが。
「オルトにさ、詫びなきゃいけないことがあんだ。
早めに会って、詫びときたい」
「詫びる?」
「一緒に説明するから。ほんと……謝って済んだらいいけど」
「事情があるようだな。だがわたしも、お前を連れてくるためにきた。すぐ行くぞ」
「着替えるか?」
「着替えたいのなら着替えるがいい」
一応、制服に着替えてから向かった。
入学試験の時にファビオと泊まった宿屋にオルトはいた。こいつも変わったようには思えない。
「やあ、レオン。また背が伸びたようだ。
それにしても、わざわざ制服で来てくれるとはキミらしくないな」
「一応な……」
「序列戦は勝てそうかい?
キミが快進撃をしていく様を楽しみに、わざわざ来たんだ」
「それなんだけどさ、序列戦、辞退したんだ」
告げるとオルトはにこやかだった顔が、呆気に取られたようにきょとんとしたものになった。
「わたしは、キミが活躍するのを楽しみにしていると手紙を書いたはずだ」
「分かってる。悪いとも思ってる。
だけど、魔技が使えなくなったんだ」
「魔技が使えない?」
「魔力中毒ってやつで、使おうとするとぶっ倒れて気絶する。
何回やってもダメでとうとう、こんなのまでつけられた。ガシュフォースの魔法紋が刻まれてる」
腕輪を見せる。
オルトがソルヤにアイコンタクトすると、彼女は俺の腕を見た。
「確かに、そのようだ」
「なるほど。だから序列戦には出られない――と」
「ごめん、オルト。謝って済むとも思わねえけど……6年分の学費とか、もらった金は、どうにか返す」
頭を下げる。
じっと床を見ていると、嫌な気分がまたふつふつと湧いてくる。
「どうして謝る?」
そんな声がし、顔を上げた。
「魔力中毒になって、魔技が使えないという事情は分かった。
確かに穴空きのキミが魔力を用いてきたのだから、何かしらの弊害が起きても不自然なことではなかったのかも知れないだろう。
起きてしまったことについて責めるほど、わたしは理不尽ではないつもりだ」
「けど……俺はもう、ただの能無しのガキ同然だぞ」
「まさか! キミがただの子どものはずはない。それはわたしが保証しよう。
だからキミは今から、序列戦の辞退を撤回してきたまえ」
「は?」
「穴空き、魔力中毒――それで序列戦を制したとなれば、それほど愉快なことはない」
「いや……できねえって。ムリだ、ムリ。1回戦突破もできやしねえよ」
「なら、その1回戦で爪痕を残してくれればいい」
「はああ?」
「わたしは、キミの活躍を見にきたんだ。
もちろん、優勝というのを大いに期待している。
もしも頑として出ないと言うのであれば……その時に改めて謝罪してもらい、その上で6年分の学費と、キミに送ってきた金を全て返してもらおう。
それともキミは臆しているのかい?
魔技の使えないキミと学院の学生の力量差は、魔技が使えていたころのキミと竜との力量差ほど明確で莫大な開きはないというのに」
言い返す言葉が浮かんでこない。
有無を言わせない、変な圧力がある。
「キミがわたしの屋敷へ来た時の会話を覚えているだろうか?
どうして学院に推薦をしてくれるのかと、キミはわたしに尋ねたね。
それに対し、こう答えたはずだ。――人の歩むべき道筋を照らすことが、わたしの使命だからと。
あの言葉に偽りはないし、キミの豊かな才能についても魔技ひとつで失われるものではない。
だから、わたしのこのワガママにつき合って、是非とも大暴れをしてみてほしい。
信じるべきは、キミが自身に対して下している過小評価ではない。
このわたしの、キミへの期待を信じてくれ」
その1時間後に、エジット教官のところへ行った。
辞退をやはり取りやめたいと頼むと、渋面されたものの嫌味のひとつふたつで済んだ。どうやらタイミングとしてはギリギリだったらしく、その翌日に序列戦のトーナメント表が貼り出された。
今年も48人によるトーナメント。
本来なら剣闘大会準優勝の俺は第二シードのはずなのだが、一度辞退してしまった関係で、シードから外れてしまっていた。
そのせいで、初戦を勝ったら次は第一シードのマティアスと戦うことになっていた。