途絶えた伝説
「魔力容量が、急激に落ちてるわ。
もう、程度は5って言ってもいいはずよ」
フォーシェ先生に言われ、唖然とした。
計測し、その結果をフォーシェ先生に伝えていたロビンの尻尾が垂れ下がっている。
「何で?」
「分からないわよ……。
でも、あなたの、魔技を使おうとしたら気絶したっていうのと無関係には思えないわ。
その時のことを思い出せる? 変な感覚がしたとか、そういう」
練習中に、変な音がした――ような気がしたことを伝えた。
ブチッと鳴った、変な感じ。
「最初に、ぶっ倒れた時しか聞いちゃないけど……鳴った気はするんだよな。
普段は魔技の練習中は鼻血がだらだら出てくる程度だったけど、あれは初めての感覚だったかも」
握らされていた計測用の魔石をロビンに出してと言われ、差し出した。
それをまた、ロビンが解析にかけ、フォーシェ先生は難しい顔をする。
「そう言えば、その魔技の練習中って頭の中が熱くなる……みたいなこと言ってたわよね」
「そうだけど?」
「その変な音が鳴ったのって、頭の中だったりしたかしら?」
「……言われてみると、そうかもな」
「ふぉ、フォーシェ先生! これっ……これ、見てくださいっ!」
不意にロビンが変な声を出した。
フォーシェ先生がロビンの方へ駆け寄り、何やら2人で俺に背を向けて見ている。俺は見せられたって意味が分からないから見ようとも思わないが――不穏なこと、この上ない。
しばらく2人は何やら小声で言い合い、それから俺の方を向いた。
「レオン……」
「何? また何か変なの見つかった?」
「……ちょっと、試したいことがあるの。いいかしら?」
「いいけど?」
「もしかしたら、また気絶してしまうかも知れないわ。それでもいい?」
「……そうでもしねえと、ハッキリしたこと分からねえんだろ?
死んだり、二度と起き上がれなくなりますーってんじゃなきゃいいよ」
「一応、寝台の上でやりましょう。コルトーくん」
「はい」
大袈裟だ。
板の上へ厚めの布を張っただけのような、簡単な寝台へ寝かせられる。
「何するかくらい、噛み砕いた分かりやすい説明してもらいたいな」
「あなたが魔力中毒症状に陥ってる可能性があるわ」
「……魔力、中毒?」
「それを確かめるためにこれから、あなたに回復魔法をかけるわ。
その間も計測するから、この魔石を握っていてちょうだい」
「魔力中毒って、ようするに……言葉通りに、あれか?
魔力が俺の体に毒になっちゃって、そのせいで何かが具合悪くなって気絶しちゃった、ってことか?」
「ええ、その認識でいいわ」
「もしも、それが本当だったら……」
「魔技さえ、使えないようになるわね」
「……いやいや、ないから。
さすがに、そこまでハードモードな人生送るつもりはねえって」
「レオン、確かめるだけだから……ね?」
「お、おう……ロビン、尻尾ぎゅってさして」
「魔石握ってね」
ケチめ。
手の中に魔石を握り込ませられた。
「じゃあ、やるわね」
「やさしくな……」
ぽう、っとフォーシェ先生の手が光る。
そっと、その手が俺の首の下へ当てられた瞬間、意識が飛んだ。
「あなたは、魔力中毒よ。
あなたは魔技を使うために、他人の魔力や、周囲の魔力へ干渉して自分に取り込んできた。
そうする内に少しずつ、魔力の制御系統を司る脳の一部が弱っていったんだと思うわ。
だから体が拒否反応を起こすように、魔力容量が年々、減少し続けていった。
ここ最近になってさらに魔技の練習をして、とうとう限界を迎えて、壊れてしまったものと思われるわ」
目を覚ますとフォーシェ先生は深刻な顔で告げてきた。
「治る?」
「分からないわ。
魔力中毒者のことまでは、詳しくないのよ。
ただ……ムリして魔技を使おうとしたり、魔力を集めようとするのはやめなさい。
これ以上続けたら、その内、本当に死亡しかねないわ」
口の中に血の臭いが残っている。
もしかしたら、倒れる度に血を流していたのかも知れない。
「……魔技が、使えない」
「序列戦も参加しない方がいいわ」
「いや……だけど、それは――」
「マティアスくんには、僕からも説明するから。分かってくれるよ、きっと」
そりゃマティアスも、事情さえ分かりゃあ無理強いはしないだろうさ。
だけどそしたら、俺は負けっぱなしになるだろ。
魔技の使えない俺なんて、本物の能無しだ。
ひとりで満足に旅することもできやしないし、序列戦はオルトだって見に来ることになってる。
中毒になったから出場できなかったわ、なんて言えるかよ。
リュカを迎えに行ったところで、もうお前が憧れてくれたことは何一つできなくなったって言うのか?
もう3年もカハール・ポートに待たせてて、手紙じゃ魔纏ができるようになったとか、バリオス卿に手ほどきを受けて剣を習ってるとか書いてあって、俺に勝負しようとか綴ってあったのに、それもできないってか?
全ての支えがなくなって、体がどこか奈落へとゆっくり沈み込んでいくような感覚がした。
「……嘘だろ?」
「こんな嘘をつく必要ないわ」
ロビンを見ても、沈痛な面持ちで俯かれた。
悪い冗談だ。
もしくは悪夢だ。
「……寮に帰ろう、レオン」
どうやって帰ったかも分からなかった。
明日になったら治るだろうと思って、何も食わないで寝た。
それでも、ダメだった。
少し魔力を集めようとしただけで、異常なほどに鼻血が出てきて、魔手をやろうとしただけでまた気を失った。
それからは、つまらない毎日だった。
体を鍛えることだけは続けたが、何度やっても魔力中毒は改善されずにこっそりぶっ倒れ続けた。
見兼ねたロビンにこっぴどく叱られて、俺が寝てる間に腕輪をつけられた。ガシュフォースの魔法紋が刻み込まれていて、こいつがつけられている限りは俺の周囲の魔力が常に拡散され続ける。そのせいで、魔技を使えなくするという措置だった。ロビンが外すか、叩くなりしてぶっ壊すしかないが、金槌で思いきり叩いてもビクともしなかったし、叩きまくって、滑って俺の手首を思いきり打ちつけて悶絶した。回復魔法は効かないから、治るまでは何度も痛んだ。
授業らしい授業なんてなくなっていたから、行くこともなかった。
たまの授業も全部サボった。
魔技が使えない。
強くならないといけないのに、唯一のその手段が封じられた。
だがじいさんのように、単なる身体能力で強くなる方法は残されているはずだと思った。
だから徹底的に体を虐めて鍛えてはみたが、ロビンとのチャンバラでは勝つことができなかった。
これまで俺が曲がりなりにも戦えていたのは魔技によるものだ。
相手が弱ければ勝てるが、一定の強さ以上の相手には――それが特別に強いやつではなくても――負ける。
肉体年齢が追いついていない。
周りは俺と違って、体のできた連中ばかり。
さんざん舐め腐ってきた、同級のアホどもにも勝てないんじゃないかと思うと戦慄した。
俺が学院で6年かけて培ってきたものは、全てが魔技に支えられていた。
それが消えた今、俺はただの無力な12歳のガキに成り下がってしまっていた。
悪童レオンの伝説もまた、マティアスとの剣闘大会決勝戦を最後に終止符を打たれていた。