表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーリグレット!  作者: 田中一義
#2  海とじいさんと俺
10/522

この手で守るもの


「…………きみも、だまされて、つかまっちゃったの?」


 魔法で地下室を照らしている獣人は女の子だ。俺より、ちょい年上くらいに見える。それでも小さすぎる子どもだ。こんなのを平気で誘拐して奴隷にして売るとは、あいつらクソ以下の悪党だな。


「そうだよ。……さいあくだ」

「さいあく?」

「これいじょうない、わるいきぶんってこと」

「……さいあくだね」



 あっさり同意してきた。

 しかし、同年代と喋るのは地味にレオンハルトくんになってからは初めてだな。


 この女の子は、キツネっぽい、感じか?

 今はしなだれてるけど耳の形はそれっぽい。それに尻尾の毛がやたらボリューミーだ。綿あめをしゅっとさせた感じだな。


 キツネも好きだな。かわいいし。

 でも前世でも触れ合ったことはないな、写真見て満足くらいだ。かわいいんだよな、こういうもこもこのは。


「あう……?」

「よーしよしよし」


 気づくと女の子を抱え込むようにして、尻尾をさわさわ、頭をなでなでしつつ、耳をちろちろ触っていた。


 この尻尾の手触りは、何ということだ。

 ふわっふわだけど、中に芯みたいのが通ってて適度な弾力もあって、しかももこもこであったかいときた。こいつはいいぞ、かなりいいぞ。



「あ、え、あ……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 戸惑っているところ悪いが、俺はもふもふは大好きなんだ。

 この尻尾はかなりいい。でも尻尾ばっかだと変態チックだから落ち着かせると言う名目で、頭もついでに撫でておこう。いやー、いいなあ、癒されるなあ。


 なんて、勝手に癒されてたら女の子も何か俺に身を預けてきてる。

 まあいいや、堪能さしてもらおうか。俺は今ガキんちょなんだから、どこの誰にこんなところを見られたって、奴隷にされるかも知れない状況で互いに落ち着けあってるほほえましい図に見えるはず。


 よし、大義名分完了!!



 と、そんな感じでもふりつくした。

 女の子は寝落ちしていた。寝ると同時に明かりが消えて一瞬焦ったほどだ。



 ばっちり、心の栄養をとったところで今後を考える。

 あいつらは今夜で仕入れをやめる――みたいなことを言っていた。

 別のどっかへ移って、俺らを奴隷として売るつもりなんだろう。ということは、明日になったら移動のために外へ出される。


 どうにかこうにか逃げ出せればワンチャン――あるといいな。



 だけどあんまりにも難しい。ベニータもボリスも容赦がないタイプだろう。ヘタな挙動を見せて、歩けないくらいのダメージを負ったら、その時点で奴隷確定コース。一発勝負に出るしかない。



 せめて、魔法のひとつやふたつでも使えればな。

 この女の子は火を出したから、多少は使えるのかも知れない。でももう寝ちゃったし、その状況になってちゃんと動けるかも分からねえし、頼るのはよしとこう。


 見た目はこんなでも俺は大人だ。

 子どもと小動物と小さな平和は守らなくちゃならない。



 と、そこでベニータに終わりの方まで読ませた本の存在を思い出す。

 魔法の専門書だが、多くの人間が首を傾げる不思議な本。俺は別に内容を読み上げてもらっても何とも思わなかった。むしろ、細かすぎる内容なせいで半信半疑になってたんじゃないかと思うほどだ。



 魔法は魔力を使った奇跡の力である。

 しかし、それによって火を起こしたり、風を吹かせたりすることだけが魔法ではない。

 魔力を用いた技術の数々を記すことで、魔法文明の発展を願う――。


 なんて言葉が冒頭に書かれていて、あとはその「魔力を用いた技術の数々」とやらについて記されていた。



 つまりは、だ。

 教則本ってよりもテクニックについて書いておきました、とばかりの参考書みたいなもんだ。


 俺はまだ魔法なんて使えないけど、こんな目に遭うのと引き換えにベニータにこれを読ませて頭に叩き込んだ。こいつを使えば逃亡はできる――かも知れない。


 まず、魔力。こいつは生きものの中や、大気中にいっぱいあるらしい。

 おれはうんうんと唸って力を込めていれば出てくるもんかと思っていたが、リキんだって意味はないらしい。ちゃんと本には書いてあった。



 精神を統一させ、循環を感じる。

 全ての生命は海と大地から生まれ、死ねば海と大地に還っていく。その大きな流れを感じ取れ、と。



 …………意味が分からないが、まあやってみよう。


 精神を統一、ね。

 座禅みたいな要領でいいのか? 体がやらかいから余裕でできるぜ。手も組んでみる。目はつむらなくとも真っ暗闇で何も見えない状態だ。



 循環を感じる。循環、循環、循環――。

 海と大地から生まれて、死んだらそこに戻っていく。地面からぽこっと出てきたり、海でこぽこぽと形作られたりするってことか? 大元は全部同じってえことなのかもな。でもって、俺はその一部みたいなもんで、一部ではあるけど、俺みたいな一部ずつが集まってて世界はできあがっているわけで――。



 何となく、ほんのり、分かるかも知れない。

 確かにそこらへんにある。俺の中にもある。ぐわーっと込み上げてきたりするようなもんじゃなくて、ごくごく自然に溢れているわけだ。


 本の続きを思い出す。魔力は感じてる。いい感じだ。



 魔力に区別はない。全ては循環の中に置かれていて、容れ物を移ろうが魔力は魔力として保たれる。その容れ物を壊さずに魔力だけを体内へと引き込んで溜める。


 抽象的だ。

 容れ物っていうのは、何だ。人の体みたいなもんか? そこにも魔力はあって、それを引き込む、と。どうやって。魔力は何となく感じるけど引き込むって何だ。



 もふもふしたい。

 いやいや、精神統一せにゃならん。


 …………いやでも、一度もふもふして、煩悩を払えば、また精神統一がはかどるわけだし?



「なまえもしらないけど、ごめんな」



 寝てる女の子の尻尾を、そっと撫でる。こいつはやっぱすごい。

 うん、落ち着く。リラックスだ。……いっそこのまま続きをやっちまうか。要は無心になりゃあいいんだろ。じゃあいいじゃねえか。むしろ落ち着いてこっちの方が効果が高いようなもんだろう。


 えーと、魔力を、引き込むか。

 もっかいちゃんと、魔力を感じ取っていかねえと。


 俺の中にも魔力はあるけど、外に溢れてるのの方が圧倒的だな。俺のが飴玉だとすれば、外に溢れてるのはほんとにもう……大海? 大海原? そんなレベルだ。

 尻尾の手触りがいい。容れ物――俺だけじゃなくて、この女の子の中にも、魔力ってのはあるわけか。魔法使ってたしな。


 と、それとなく考えが逸れていたら女の子の中から、変なのを感じる。

 俺のが飴玉だとしたら、この子の中のは…………ジンベイザメ? あれ? これってどういうことだ? この子、もしかしてすっげえ子なんじゃねえ?


 しかもそこら中にある魔力なんかより、こう……ちょろそう。

 魔力を引き込むっていうのは、これをちょいと俺の中へ入れるってわけか。こっち来いよ、うりうりうりって呼べばくるわけでもなさそうだけど、何だろうな。何て言えばいいんだろうな、この感じは。


 息を吸い込むってほどでもないし、手を振って換気を促すって感じでもないけど、何か、もうちょっとでこっちに来るような、感じの――触れた。気がする。こいつを掴んで、引きずり込んで、溜める。


「う、おおっ……?」


 込み上げてきた。

 何だこれ、パンクするんじゃねえのってくらいに込み上げてくる。急いで続きを思い出そう。



 えーとえーと、何だっけか?

 流動的に魔力を体内で滑らせて、表出をさせていく――とかだっけ。


 滑らせて、表出で、流動的にで……。

 鼻水が垂れてきて、思わず手の甲で拭った。こんな時に鬱陶しい。表出させるって、どこにだ。手でいいのか。手でいいや。


 手に、この込み上げてきてるもんを滑らせる、と――ほのかに俺の右手が光り出した。しかも何か、変なのが俺の手の甲にある。染みみたいな、何だ? 左手の指で拭って、仄かな光にかざす。赤い? 液体っぽい。舐める。血だ。



 鼻水じゃなくて、鼻血が出てたわけだ。

 若い体だもんな、頭使ってりゃそうなりそうなもんだ、うん。鼻血に気を取られていたら、込み上げてたものが消えた。


「やり直しか……」


 また尻尾をもふらせてもらいながら精神統一し、魔力を引きずり出させてもらう。ほんとに俺って飴玉クラスだな。ほんのちょっと拝借してるだけなのに、頭がパンパンになってガンガン鼻血垂れてくる。これってもしかして、体に悪いんじゃねえ?




 どれだけ繰り返したのか、血が足りないような、空腹のような、眠気のような、思い至ることが多すぎる最悪の気分になったところでようやくできた。本に記されていた、魔力を用いた技術。魔技ってところだ。


 その、初歩中の初歩・魔手(ケイル)という技術らしい。

 言っちゃえば魔力のグローブをはめるようなものだ。ボクシング用みたいな。ボクシングのグローブは頭に衝撃をぶつけて脳みそを揺らす――だか何だか聞いたことがあるけど、ああいうのとは全く違う。

 魔力っていう不思議エネルギーで人体の性能を高めるらしい。でもって、魔手なんて名前の通り、これは手を強化するわけだから握力が跳ね上がったり、手が鉄みたいに頑丈になったり、らしい。


 ちなみに、じゃあ、これを手じゃなくて足にしたら魔足なのか、っていう素朴な疑問が沸いてきたけど、一切書かれていなかった。初歩中の初歩だけあって、この次に待ち受けてるのは魔手を全身に広げていく技術のようだ。それをしちゃえば、どこを魔力で覆っちまおうが一緒だからなんだと思われる。



 とりあえず、何度か、魔手を発動して、消してを繰り返したけど、体力の限界だった。

 胡座をかいてある足に鼻血が滴りすぎてカピカピになってる。ふらっふらする。でもここで寝たら、寝てる間にどっかへ連れて行かれそうだから寝ないように気をつけながら起きておこう。


 何はともあれ、どれくらい効果があるのかも分からないけどやることはやった。

 あとは運任せの出たとこ勝負だ。魔手さえしとけば見るからに切れ味がありそうだったベニータのナイフだって弾けそうな気がする。3歳児がそんなことすりゃビックリするのは自然なはず。その隙をついて逃げればいい。


 いつでも来やがれと身構えながら、ベニータとボリスを待つことにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ